2012年5月22日 (火)

『孟嘗君』2

昨日のブログに付記させていただきます。

 宮城谷昌光さんの『孟嘗君』において、波乱に富んだ歩みをしている主人公と奇跡のように結ばれた妻、洛芭(らくは)は、孟嘗君が宰相に登用されたとき、静かに、深く喜びます。それは、夫の出世を喜ぶのでなく、民の幸せを願って政治をする夫が高い位につくことによって、多くの人が人間らしい豊かな暮らしをする国が形成されることを確信しての大きな喜びでした。 

 その洛芭の美しい笑顔について、昔から彼女を知る公孫戌という人物は、次のような感慨を抱きます。 

 ◇   □    ○   ☆   ※   ☆  ○   □   ◇

 人格の高まりは、人格をくるんでいるものを内から照らし、いわば美しさを超えた美しさを現出させるものらしい。 ・・・ 洛芭は夭(わか)いころの美貌をぬけたところにきている。ほかのことばでいえば、天与の美貌というものは、それにこだわるほど醜さを産むもので、洛芭はそういう美貌を惜しげもなく棄てて、自分の美貌を独力でつくりあげた。そこからここへくるまで、洛芭の過去の闇に沈んでいるものは、公孫戌の目にとどかなかったものである。だが、庶人ではかかわりのない苦悩の所在は、おぼろげながらみえる。苦しまぬ人は美しくない、といってよいかもしれない。

    ◇   □    ○   ☆   ※   ☆  ○   □   ◇

 私が,宮城谷昌光さんの作品に惹かれるのは、上記のような文章を通してそれぞれの人物が何を美しいとし、何を人生の目的として生きているかが壮大な歴史が展開するにつれてはっきりと現れてくるからではないかと思います。 

 今日も、すてきな人生の一日となすことができますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月21日 (月)

『孟嘗君』 宮城谷昌光

Photo
 『孟嘗君』 全5巻  宮城谷 昌光 著

講談社 発行  第5巻は 1995年11月30日 第一刷発行 

 中日新聞など6新聞に1993年3月1日から1995年8月31日まで連載された作品を単行本にしたものだそうです。 

 長編ですが、孟嘗君の誕生と成長、その人格、中国の歴史に造詣の深い宮城谷昌光さんが独自の味付けをして展開する世界のおもしろさに惹かれて、ダダダダダーッと読みました。この作者の筆力というものでしょうか。

 以前に読んだはずなのですがほとんど覚えていなくて新鮮に読める・・・うーん、値打ちに本を読める年齢に達したのだと思って(深くは考えず)喜ぶことにいたします。

 第5巻から少し引用させていただきます。 孟嘗君の育ての親は白圭という人物ですが、この白圭は、私財をつぎ込んで人々の生活を守る巨大な堤防を築きます。その仕事に従事する人たちも長年にわたって収入と生きがいを得ることができ、さらに安心して生活を営むことができる環境を手にするわけです。

    ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □  ◇

「一応の竣工はみましたが、完成ということではないのです。人のおこなうことに、完成などないのです。」と白圭はさりげなくいった。理想にむかって人は努力を積み重ねてゆく。理想が完全に具現化することはないとわかっていても、その努力が尊いことはいうをまたない。人の一生もそうであろう。完成などなく、死んで熄(や)むばかりである。しかしながら、白圭のつつみは、各国が築いている長城と、なんとちがうことか。

 白圭のつつみからは人々の歓声がきこえてくるのに、長城からは人々の怨嗟がきこえてくる。 各国の史官は長城の築造については記録するであろうが、白圭のつつみについては無視するであろう。が、民衆はどうか。長城を誇らず、白圭のつつみを誇り、語りつたえてゆくにちがいない。

   ◇  □  ○  ☆  ※  ☆  ○  □  ◇

 今日もよき歴史を刻む日となりますように。金環食の起こる日なのですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月20日 (日)

カレーな世界

0003  ホセ・カレーラスというオペラ歌手がいますが、これはカレーライス ・・・

  幼いときから誕生日にはカレーライスをメニューにしてもらったカレー好きの私に送られてきたバースデイプレゼントです。 カレーと相性のよいナンを焼けるセットや付け合わせも数種類 ・・・  しばらく、 このカレーな世界に暮らせる幸せを感じております。

 ありがとうございます。

 誕生月の5月 ・・・ なんだか、日の過ぎるのが速いような ・・・ いえ、そんなことはないのでしょうね。 

 今日もよい日となりますように。 今日は、日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月19日 (土)

睡蓮とカモ

Photo_2 私の通うキリスト教会のそばの池に、今年も睡蓮が花開きました。五月になっても気温の上がらない日が あるためでしょうか、カモと睡蓮の花が一緒に撮影できるのはめずらしい気もいたします。

  この写真を撮ったのが母の日・・・五月の第二日曜日です。そして水曜日には、睡蓮の花が大きく咲きました。

 

 季節の進行を感じます。

0009  画家のモネも絵筆を動かすのではないでしょうか。

 

 今日も、よい日となりますように。

明日は、日曜日。キリスト教会へお出かけください。

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年5月18日 (金)

漫画 「こげぱん」

Photo_3こげぱん ・・・ 図書館でこの本を見かけ、どこかで聞いた名前だな、と思って手に取りました。

 うーむ、あっ、、メールアドレスに「こげぱん」を用いている身内がいるのでした。

 パンが登場する漫画と言えば、あの「アンパンマン」(やなせたかし作) ・・・スーパーヒーローで、確か、テーマパークもできているのですよね。

 このこげぱんは、その黒さ、かたさなどのゆえに買い手がつかず ・・・ トーストだって、うまく焼けたのとこげたのでは、やはり前者を選ぶのが人情というものです・・・ それゆえにこのこげぱんは「やさぐれ」て、なぜか、ミルクで酔ってしまうのです。 (これは、特別なミルクで成分に責任があるのかもしれません) 運動会のパン食い競走でぶらさがっていても、敬遠されてしまうようです。

 うーん、誰か「食べてみる」?

 けれど、こげぱんのマウスパッドなどのグッズもできているようですし、世の中、スーパーマン、ヒーロー、ヒロインばかりではないということで、ある程度の親近感、人気があるのでしょうね。 負けるな こげぱん  めげるな こげぱん

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月17日 (木)

コゴミ・ワラビ

Photo 初夏は山菜の勢いが増す季節でもあります。

  先日の母の日の贈り物の中に、山菜があり、レシピも添えられていたので、母の日の夕方に家内と料理をこさえました。 

・・・ 「母の日だから、手伝ってね。一緒に作ると楽しいから。」 ・・・ 「うーん、母は母であって、妻ではないと思うんだけど」

 「えっ、何か言った? よく聞こえなかったけど」 「あ、いえ、別に・・・ モゴモゴ」

↑ あくまでも 仮の会話ですけれど、これに似た場面を経験されているかたは、ありませんか。

 それは、ともかく、コゴミの白和えとワラビの一本漬けができあがり、たいへんおいしくいただきました。 新鮮でおいしい山菜をすばやく送っていただき、ありがとうございます。

レシピ「わらびの一本漬け」  以下は http://cookpad.com/recipe/568352 を参照・引用させていただきました。 ありがとうございました。

1・わらびをあく抜きする。

 ・しょうがをすりおろす。

2 大きめのタッパーに、あく抜きしたわらびとしょうがのすりおろし入れ、上からドボドボとワラビが浸るくらいに麺つゆを入れる。

 

3 そのまま冷蔵庫で一晩おいて出来上がり!

 

4 ☆追記☆
しょっぱくなったら、少し水を足して薄めるか、つゆをすてて水を入れて塩分を抜いてください

コツ・ポイント
 麺つゆはわらびが半分つかるくらいにして、つかるまで何回かタッパーをふって全体にしょうが汁がかかるようにします。ジップロックの袋でもオッケーです。
 私的には、味がなじむ2日目以降が一番食べごろです。長いままポリポリ食べるのが美味しいんです☆   

 今日も、新鮮な空気、食べ物を味わって、よい日となりますように。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年5月16日 (水)

田中澄江さん その3

 余談です。 ・・・ とくにお断りしなくても、私のブログはいつも余談のような・・・

  この『山は いのちをのばす』という本を通して、田中澄江さんがクリスチャンであることを知り、親近感がわきました。 そして、それから幾日も経たないうちに、あるキリスト教文学全集にはさまれていたリーフレットに、田中澄江さんと評論家の佐古純一郎さんの対談が記されているのに出会って、その巡り会いのタイミングに驚きました。

 以下は、そのリーフレットからの抜粋です。

 ご主人である田中千禾夫(ちかお)さんが、「(ペテロのように「われに従え」というキリストの)お声がかかったら、女房・子どもをほっぽり出しても修道院へ行く」と生前語っていたと聞いた田中澄江さんは、こうおっしゃっています。

 「ひとりで修道院にはいってしまうより女房子どもを回りにおいて、現実の中で信仰に生き、なおかつ仕事をする・・・そういう形の中に、真のキリスト者の生活を見いだしたいと思うんです。」 

 この対談の中から、私が教えられたことばをもう一つ引用して、田中澄江さん関係の3回シリーズ、結びとさせていただきます。 

 文学と信仰というのは、自分の中では一つのものなんですね。信仰は自分の生き方を決めることだし、文学はそれを書くことなんですね。生き方が定まらないのに、何が書けるのかと思いますよ。 

 うーん、89歳で山登りを続ける体力・気力を維持している田中澄江さんには、劇作家として生きることはクリスチャンとして生きることという一本の柱がしっかりと通っているのだということ ・・・ 教えられました。 

 今日も、旗幟を鮮明にした生き方を、柔らかな中にもにじませることができますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月15日 (火)

田中澄江さん その2

  昨日の続きです。 ← この田中澄江さんの本に刺激を受けて、久しぶりに岐阜市の最高峰、百々ケ峰(どどがみね)に登りかけたのですが、帰り道のための体力が気になって、ちょっとした四阿(あずまや)で、持参したお湯でコーヒーを淹れて一休みし、引き返す勇気を発揮した私でありました。 うーむ、しばらく登らないと、体も心もなまってしまいますね。

さて、イタリア、ドイツ、オーストラリアなど、第二次大戦の敗戦国を戦後10年経って視察した田中澄江さんは、これらの国について次のように書いています。

◇   □  ○  ※   ☆   ※  ○  □   ◇

 戦災孤児や、戦争によって子どもを失った老人たちに対して、先にいい施設をつくって、戦争の犠牲者として遇している。だから、老人たちはホームの中でビリヤードをやったりウイーンなどではホームに馬車が横づけになって、老婦人たちが、ロングドレスを着てオペラを観に行く。老人に老後の憂いがない。これに対して日本では、それぞれが生きがいをもち、たのしめる公的な老人ホームは、まず圧倒的に足りない。・・・これは国家の責任ではないかと私などは思う。

   ◇   □  ○  ※   ☆   ※  ○  □   ◇

 こう語る田中さんは、山登りによって、高齢になったときも自力で動ける体力を培おうと思っておられたようです。仲間とつくった山の会は、結成以来、無事故だそうで、これはふだんから鍛えておくのと、初めてのコースでは観光課などを通じて、ガイドさんを必ず有料で雇って、綿密な計画、準備をして出かけているからだそうです。山は死ぬところでなく、生きて帰る場所 ・・・ 苦しさに耐え、乗り越えたときには自信がつく、そういう自己鍛錬のところと考え、50代で二度の大腿骨骨折をされた身ですが、そのあとも数百の山を登っておられます。 こんな効用も書いておられますよ。

 ◇   □  ○  ※   ☆   ※  ○  □   ◇ 

 不倫などに憧れて、恋愛小説を耽読する。やせる努力に身をやつす ・・・人間のいのちの使い方はいろいろあるでしょうけれど・・・やせるには山が一番手っ取り早いんですよ。私たちの山の会の仲間は。恋だ愛だというような話が嫌い。精神が軟弱になる。山は柔らかい頭では歩けない。一歩山に入ったときから下りき るまで、緊張の連続ですから、無駄なことを考える暇はない。

 おもしろいことに、みんなよく言いますよ。山へ行くようになって家庭が円満になりましたって。山へ行くためには、日頃から家庭の中を円満にしておかなければならない。よろこんで家のものが山へ行かしてくれるためには、それなりの家庭サービスもする。

 ◇   □  ○  ※   ☆   ※  ○  □   ◇

  人生観も豊かに、そして率直に記されていますし、実際に山に登るときにどんな準備をしていくか、なども詳しく書かれています。よろしかったら、どうぞ。 

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月14日 (月)

『山は いのちをのばす』 田中澄江

0006 『山は いのちをのばす』

ー 老いを迎え討つかしこい山の歩き方ー 

 田中澄江 著

 青春出版社 1997年6月5日

 第一刷 

 驚きました。執筆当時、89歳・・・その田中澄江さんが山登りを続けていらっしゃったからです。

 前書きにこうあります。

 人間の一生にくらべたら、大自然のいのちは悠久です。山路に一歩入るだけで、私は89歳でありながら、14歳の昔と、ちっとも変わらない自分を見出すことができるのです。

 そして、最初の章、「癒しは山にあり」には、こんな文章がみられます。

 民謡踊りもよいけれど、走るのでなく、あるくリレーや羽根つきでもやったらよいのにと思うのです。紙風船をつくってふくらませているより、ホームのガラス窓を拭いたほうが運動になりませんか。私の夫、夫の母、私の母は、山には行かなかったが、家の中にいてよく働く人たちでした。

 これは、戦後、10年ほど経った頃、イタリア、ドイツ、オーストリアという、敗戦国の老人施設を視察した田中さんが、その頃の日本の老人ホームが消極的な集団生活を余儀なくされている面があるように見て書かれた文です。

 もちろん、当時の日本にも、積極的にスポーツや作業を取り入れていたところもあったことと思われますが、田中さんがおっしゃっているのは先に挙げた国の構えにつながっていることです。

 この続きは、明日、掲載させていただきます。

  今日も、よい日となりますように

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月13日 (日)

『生き方の演習 ー若者たちへー』 塩野七生

0005『生き方の演習 ー若者たちへー』

塩野七生 (しおの ななみ) 著

朝日出版社 2010年10月1日

 初版第一刷発行

 塩野七生さんは、大作『ローマ人の物語』(全15巻)や『十字軍物語』などで知られる方です。

  大作が多い中、この本は、ちょっと大きめの文字で92ページ ・・・ とりつきやすさにひかれて、若者ではない私が横入りして読んでみました。

 塩野さんは、十六歳の頃、ある本によって地中海世界にはまり、その年にギリシア語とラテン語を ・・・ 教えてくれる人がなかったので、まず、独学で学んだそうです。

 そして、1970年からはイタリアに住んでおられるそうですから、一貫して地中海世界に魅せられ続け、生涯のテーマをそこにおいておられると申し上げてよいかと思います。

  内容は、ご子息に論理的に話す力を大切にせよと教えておられる方ですから、明快、それも痛快なまでに明快です。

 見出しをいくつかご紹介します。     

 「母国語がきちんと話せることが大切」・「外国語は道具として勉強するほうがよい」・「多くの人間は、見たいと欲する現実しか見ていない」・「疑いを持たない秀才はいらない」・「選択肢を多くもてない日本人!」・「教養を身につけると、いろいろな見方ができる」・「時々は傷ついたほうが大きく成長する」 などなど。 

 どの章も歯切れよく書かれていますが、「母と読書と好奇心」の章の中から引用します。

 ◇  □  ○  ※  ☆  ※  ○  □  ◇

 私は私独自の世界観や歴史観を示したくて書いているわけではありません。わかりたいことを素人に徹して書いているだけですが、ただ、私は大学で哲学を学びました。哲学が求める重要なことは二つだと言ってよいでしょう。ひとつは曇らない目で観察する。二つ目は考える。そのために私は勉強します。

 もし、これから哲学を学ぼうとおっしゃるのなら、一番いいもの、また読みやすく面白いものとして、私はプラトンの全集をすすめます。田中美知太郎先生が素晴らしい日本語に訳していらっしゃいます。くれぐれも哲学とは何か、なんて本はお読みにならないほうがよくて、それを読むと、かえって哲学から離れてしまいます。

    ◇  □  ○  ※  ☆  ※  ○  □  ◇

 1937年のお生まれだとのこと・・・気力に満ちてお若い方ですね。 私も、若者の思いで、学ぼうと思います。 

 今日は、日曜日。 キリスト教会の礼拝にお出かけください。神様が喜んでくださいます。

聖書の言葉 

 わたし(神様)の目には、あなたは高価で貴い。わたしはあなたを愛している。

 今日も、よい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«ある校長先生の労作