2019年3月22日 (金)

ハーモニカ ・・・ 90歳のかたの音楽タイムに参加して

 3月21日 我が家から数分歩けば行ける公民館で、90歳の男性が講師になって歌う会が開かれるとのことで、参加させていただきました。うーむ・・・ たくさんのことを体験させていただきました。
1.達者なハーモニカでスピード感のある伴奏 ・・・ 二本のハーモニカを同時に演奏するシーンもありました。懐かしのメロディの前奏・間奏もしっかりと頭に入っていて軽快に演奏されました。
2.ビー紙に書いた歌詞を掲示する工夫・・・上辺を二枚の薄い板ではさんで紐とじにし、その板の両端をカーテンレールなどにフックでかける
3.指示棒を主催者の一人に渡し、歌詞の進行状況を明示してもらう
4.テンポと歯切れのよいトーク・ユーモア ・・・  「子は 自立 女房 はつらつ わしゃ 孤立」 「赤い糸 留守の間に そっと切る」
などの川柳を織り込んで 楽しく展開 男は 久しぶりに会っても「元気か」 「まあまあ あんたは?」「見た通りや」 くらいで話が終わってしまう。 その点、女性は どんだけでも しゃべっとる じょうずや という具合。 「わしゃ 独り暮らしやで きのうは 何も しゃべらなかった」 「うちは 二人で 一日過ごしたが おんなじや 何にもしゃべらなかった」「スマホは あかん 隣の部屋からメールが来たりする かなわん」  などなど。
5.「来年も来てくれ と言われるのは ありがたいが 約束は ようしません」・・・ 何しろ この年齢やで と話して笑いをとる ・・・この明るさ が 会場の全員に伝わる 前向きのエネルギー
 ぜひ、これからの ムーミンパパとママの音楽タイムに 活かして 励みたいと エネルギーをいただきました。 ありがとうございました。
 良い日となりますように。

| | コメント (1)

2019年3月21日 (木)

リニューアルされた「ココログ」にまだ不慣れで・・・

 変化への対応に戸惑っていて、3月21日には二つの記事が掲載されるかもしれません。そうでなくて、二つ目は明日出るかも知れません。どうぞよろしくお願いいたします。
 私の脳の活性化のためには、こういう戸惑いもよいのではないか、と(喜んで)取り組んでいますので、長い目、大きな心で見守ってくださいますようにお願いいたします。
 今日も良い日となりますように。

| | コメント (0)

『小説 星守る犬』 原田マハ

『小説 星守る犬』
原田マハ 著
双葉社 2011年6月5日 第1刷発行
 題名に「小説」と付いているのは、村上たかしさん 原作のコミック『星守る犬』を書店で見かけたとき、不思議な光を放っていると感じ、「ほとんど運命的に、吸い寄せられるように買ってしまった」原田マハさんが、このコミックをぜひとも小説化したいとの願いを抱き、書き上げたのがこの作品だからだそうです。
 原作を読んだとき、「そんなことはいままで一度もなかったのだが、本を胸に抱きしめて」原田マハさんは泣いたとのこと。 原田さんは、かつて11年をともに暮らした犬がいて、その犬は「私が作家となって世の中に出ていくのを見届けると、安心したように逝ってしまった。愛犬を失うのと作家デビューの両方をいっぺんに体験した私は、以来、人間に一途に寄り添う犬という生きものを、物語の中で生かしてやりたい、と強く思うようになった。」とあとがきに記しておられます。
 この本をご紹介するに当たって、迷いました。登場する犬の一途さに胸がうたれてとても悲しいのです。 でも・・・でも、とても美しいのです。 それで、ブログにこの本のことを書かせていただくことにいたしました。 よろしければ、どうぞ。
 昨日書いたような事情で、表紙の美しい本なのですが、表紙の画像が出ないかも知れません。近日中には画像も出せるように努めます。
 今日も、良い日となりますように。

| | コメント (1)

2019年3月20日 (水)

明るいほうへ   水仙

 花の話題が続きます。 我が家の水仙が 開花し、晴れた朝でしたので、一斉に朝日のほうを向いています。
 向日性というのは、ひまわりの花だけではないのですね。
0013 金子みすゞさんの詩を思い出しました。

明るい方へ

   金子みすゞ

 

明るい方へ 明るい方へ

一つの葉でも           陽のもるとこへ 

        やぶかげの草は。

 

明るい方へ           明るい方へ
          はねはこげよと           灯のあるとこへ
          夜とぶ虫は。

 

明るい方へ           明るい方へ
          一分もひろく           日のさすとこへ
          都会(まち)に住む子らは。

  今日も、良い日となりますように。

※ 3月19日、このブログがお世話になっているココログが、編集画面などをリニューアルなさいました。いろいろな面で新しくなったので、21日以降の記事を何回か書くことに挑戦しているのですが、今のところ、私の進歩が追いつかず、明日から数日ブログが更新できないかも知れません。 努力はいたしますので、もし、しばらく更新できなくても、ご心配なさらないでください。 よろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月19日 (火)

アンズの花

0007  教会の庭のアンズが開花しました。
  昨年はある程度の量のアンズを収穫出来て、牧師夫人がジャムを作ってくださいました。
  風雨で実が落ちたり、、鳥がついばんだりして、あまりたくさんは穫れないのです。
  アンズの花の蜜に引き寄せられて、ヒヨドリが訪れていました。
  花が咲くのを喜ぶのは、人間だけではないのですね。
0010  人間の為す努力も、全てが実を結ぶわけではありません。
  けれど、全てが無駄になるわけでもありません。
  こつこつと、根気よく、取り組み続けることそのことが花を咲かせ、実を結ぶことにつながるのだと思います。
  今日も、良い日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月18日 (月)

開花した 緋寒(ひかん)桜

  近くの墓地公園に沖縄からやってきた緋寒桜(ひかんざくら)が美しく開花しました。
撮影者はムーミンママです。 テレビのワンポイントアドバイスを念頭に置いて撮ったそうです。 先週は、雪が積もったところもありましたが、この桜から近いところで、ウグイスの声を初めて耳にしました。
  緋寒桜は、彼岸桜と間違われやすいため、寒緋(かんひ)桜という呼び名もあるそうです。
  今日も、良い日となりますように。
0003

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2019年3月17日 (日)

芽キャベツ・水仙

0007 先週の日曜日 私の通うキリスト教会の庭では、このように水仙が美しく迎えてくれました。

 3月17日には、きっとアンズの花が迎えてくれることでしょう。蕾が元気にふくらんでいましたから。

 そして、3月生まれの方たちへのプレゼントをと、心優しいクリスチャン女性が芽キャベツを持参くださいました。

 わぁ、芽キャベツってこういうふうにみのるのですね。初めてこういう光景を見ました。 キリンさんもびっくり (^J^)

 今日も、日曜日。 どうぞ、キリスト教会の礼拝においでください。

 良い日となりますように。


0002


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月16日 (土)

アリが妨害にもめげず巣に戻る力 『完訳 ファーブル昆虫記』から

0004 今日の内容は『完訳 ファーブル昆虫記』 第2巻上 からです。

2. アカサムライアリがクロヤマアリを狩りに出かけるときに往路も復路も必ず 同じ道を通る・・・それを可能にしているのは何だろう。

 これについては、アリも大迷惑に思うほど、ファーブルさんはいろいろな実験を仕掛けています。

・箒で掃いたり、水を流したりして往路の匂いを遮断する ・・・迷わない

※丈夫な箒で往路の道を 1メートルぐらいの幅で横にはいた。しかも、そうしたところを四箇所設ける、という念の入れ方です。

・ハッカを撒く ・・・ 別の匂いにも混乱しない

・新聞紙を置いたり黄色い砂を撒いたりしてみる ・・・ 障害物は問題ではない

上記の場合、アカサムライアリは困惑しながらも、しばらく動き回って 往路を見つけ出し、巣に帰って行ったそうです。

 この根気のよい実験には、ファーブルさんの孫娘、幼いけれど時間に余裕のあるリュシーさん6歳が、「科学」という高貴なもののために役割を果たすことに誇りを感じて見張ってくれ、「赤が黒の家に入ったわ。早く来て。」と教えに来てくれました。

  こうした協力者を得て根気よく実験した結果、ファーブルさんの出した結論は、アカサムライアリは非常に近眼だけれども、ファーブルさんによって景色の一変した地帯を何度も何度も行き来して、ついにはるかかなたに見なれた場所を見出すことによって巣に帰る・・・視覚と記憶がそれを成し遂げさせるというものでした。

   ◇    □    ○   ※   ☆

 その後の研究によって、現在ではアリの帰巣は、ファーブルの時代には分かっていなかった匂いの道標物質フェロモンが、微量だけれども強力で、水を流したり、箒ではいても道標の匂いを消し切れないことが明らかになったそうです。

 そのフェロモンの強力さは、0.33グラムで地球を一周するアリの道しるべができるといわれるほどだとのこと。

 ファーブルさんは、そうした学問の成果を見聞することが出来たら、自分の実験とそこから導き出した結論に落胆するでしょうか。

 いえいえ、決してそうではないと思います。昆虫の世界の真実がより明らかにされていることを喜び、そしてなお、自分が追究したい課題をたくさん持って新しい科学の知見も活かしながらその課題の解決に元気に邁進なさることでしょう。

 今日も、良い日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月15日 (金)

ファーブルさんの飽くなき追究心 『完訳 ファーブル昆虫記』から

0002  『完訳 ファーブル昆虫記』をつまみ読みして、私が子どもの時に読んで記憶に残っていたファーブルさんの実験のいくつかと出会うことが出来ました。今日の内容は、第五巻下からです。

1. セミが人が近づいたときに逃げるのは、音が聞こえるからか、姿が見えるからか・・・。

 【実験】

  大砲で空砲を放つ。 村役場から砲手も来てくれて、2門の小さな臼型の大砲を撃ってもらった。聴衆は6人。セミが歌っているプラタナスの木の根元で、まさに雷のような音で。 しかし、セミの歌のリズムも音量も何も変わらなかったというのが6人の一致した証言だった。

 このことから、セミは耳が聞こえないという結論を出す人もいるかも知れないが、私はあえてそこまでは言わないでおこう。・・・少なくとも、セミは耳が遠いということ、そしてあの「耳が遠い人は声が大きい」という有名な言い回しをセミにあてはめることができる、とは言えると思う。

 ・・・セミはとても鋭い目をもっていて、その大きな複眼は、自分の左右で起きることをちゃんと見ている。三つの単眼は、ルビーでできた望遠鏡のように、額の上のほうの空間をじっとにらんでいる。人が近寄るのを見ると、たちまちセミは歌を止め、飛び立ってしまう。

  ◇    □    ○    ※   ☆

 大砲の他に、ファーブルさんはセミが歌っている枝の背後に隠れ、話をしたり、口笛を吹いたり、手を叩いたり、二つの小石を打ち鳴らしたりしています。詳しくは書かれていませんが、いずれの場合もセミは逃げなかったようです。

  ただし、訳者の奥本大三郎さんは次のように訳注に記しておられます。

 ・・・ファーブルは結論を保留しつつも、耳が聞こえないのではないかと推測している。ファーブルは大きな音を鳴らすために大砲を持ち出したのであろうが、残念ながらこれは勘違いであって、セミが聞いている音域と大砲の音域がかけはなれているため、セミが反応しなかっただけのことなのである。

 ・・・現在のセミの研究では、種ごとの声をソノグラフ(音響記録図)で記録し、雄同士の競い鳴き、雌を呼ぶ鳴き声、他人の鳴き声を妨害する声から、地域ごとの〝方言〟の存在まで、細かな分析が行われている。

 ファーブルさんは1823年生まれ。苦学しながら師範学校に進み、教師になってからも独学で数学・物理学・博物学を学んで学士号を取得。1915年に91歳で亡くなられた方で、当時として可能な実験、観察手段を駆使しながら昆虫の行動観察を30年にわたって記録し、『昆虫記』全10巻を書き上げられました。

 ダーウインと親しく手紙のやりとりをしたことも、この『完訳 ファーブル昆虫記』に記されています。

    ◇    □    ○    ※   ☆

 今日も、良い日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年3月14日 (木)

「ユーモアのセンス」 関根一夫先生のメールマガジンから

 時々、引用紹介させていただく関根一夫牧師さんのメールマガジン「いてくれてありがとう」の3月6日号を引用させていただきます。ありがとうございます。

 今日も、良い日となりますように。

  ◇   □   ○   ※   ☆

【ユーモアのセンス】

「のぞみはもうありません」
と面と向かって言われ、私は絶句した。
ところがその人が言った。
「のぞみはありませんが、光はあります」
なんと素晴らしい言葉だと私は感激した。
このように言ってくださったのは
もちろん、新幹線の切符売り場の駅員さんである」

(京都大学名誉教授 河合隼雄)
+++
いかにも河合先生らしいユーモラスなお話。先日フェイスブックに紹介されていました。
河合先生とは、何度か一緒に仕事をさせていただき、臨床美術の仕事を始めた時金子先生たちと京都のオフィスにも伺って一日お話を聞いたことがありました。
同じ河合先生の言葉を紹介します。
***
冗談による笑いは、世界を開き、
これまでと異なる見方を
一瞬に導入するような効果をもつことがある。
八方ふさがりと思えるとき、
笑いが思いがけぬ方向に
突破口を開いてくれる。

   ***
自立ということは、
依存を排除することではなく、
必要な存在を受けいれ、
自分がどれほど依存しているかを自覚し、
感謝していることではなかろうか。
依存を排して自立を急ぐ人は、
自立ではなく孤立になってしまう。

   ***
「まじめに、真剣に」
ということにとらわれると
視野が狭くなります。
これは一番怖いこと。
視野を広げるために一番大事なものは、
「道草、ゆとり、遊び」

***
お会いしてお話をしていた時、「いてくれてありがとう」の発想をとて高く評価してくださいました。
楽しい話をしながら、とても真剣で深刻な話も聞かせてくださった
河合先生、いてくれてありがとう。そのユーモアのセンス、忘れません。
すでに先生はこの世にいませんが「心の処方箋」という本をはじめ、
心のほっとする本を残してくださいました。
いてくれてありがとう!

+++++++++++

◎主の平和と祝福がありますように!

関根一夫
pastor.kaz@gmail.com
https://www.kazsek.com/

| | コメント (1) | トラックバック (0)

«『たゆたえども沈まず』