2019年7月22日 (月)

ホセ・ムヒカさんのことば

 ウルグアイの元大統領 ホセ・ムヒカさんは、日本を訪れたとき、いろいろなことをお話しされました。その一部を記させていただきます。

   ◇   □   ○   ※   ☆

-戦争のない世界というお話がありました。日本には憲法を変えていく動きがありますが、どうお考えですか

 「憲法の解釈を変えるというのは、日本が大きな過ちを犯しているように私には思えます。問題は世界的なものです。一方で武装放棄をする国があって、他方では武装を拡張する国がある。経済的な観点から見ても非常に深刻なことです。世界では、毎分200万ドルの軍事費が費やされています。軍事費を半分に抑えることができたら、そのお金でサハラ砂漠に居住地を作ることだってできるでしょう。人類は素晴らしい事業を行うための資源をたくさん持っているにもかかわらず、それを無駄遣いしている。はっきり言えば、和平というのは素晴らしいビジネスなのです」

--和平はビジネスですか

 「軍事費として無駄に使われているお金を、貧しい人や水、環境といったさまざまな問題をケアするために使うことができるということです」

--日本国内にも政治不信の声がある。国民と政治家の関係はどうあるべきか

 「世界全体で政治的な問題が起きています。それは人類が世界的レベルでの決断を下す段階に来ているからです。一国で解決できない問題がたくさんある。ですが、世界全体の合意というものは存在しません。たとえば気候変動の問題ですが、私たちの小さな国ウルグアイでは環境を汚染しないために火力発電所は作らないようにしています。でも中国のような大国が2カ月にひとつ火力発電所をオープンしているようでは、私たちの努力は何の意味もありません。あるいは、日本が環境を汚さないために電気自動車の使用を始めたとしても、インドで化石燃料を使った自動車が使われているようでは何も解決しません」

  ◇   □   ○   ※  ☆

 ホセ・ムヒカさんは、世界で一番貧しい大統領と言われたことがありますが、それは、給料のほとんどを寄附していたからです。政治の在り方についてはとても豊かな考えを堂々と語られました。

 政治について信頼を裏切る行為をする政治家は、「だれがやっても同じで世の中はよくならない」という政治不信の思いを若い世代に抱かせてしまうことがとても大きな問題だという意味のことを述べておられます。

 さて、昨日は参議院選挙でした。盛り上がりにくい要素はたくさんありますが、政治に期待しなくなることで政治をよくすることはできないということは、はっきりとしているのではないでしょうか。 投票権を獲得するまでの先人の方々の悲願・ご努力をたいせつにしたいと思います。

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 今日も、良い日となりますように。

 

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2019年7月21日 (日)

人は何のために生きるか   映画「男はつらいよ」 から

 秋吉久美子さんがヒロインの「男はつらいよ」 第39話 ・・・ 「人は何のために生きているの?」 と甥から問われて、寅さんは「そうさなぁ・・・ 生きていてよかったなぁ とほっとするときが人生に何回か あるだろう お前も今にそういうときに出会うと思うけどな そのために生きているんだと 思うな」 というふうなことを語ります。

 トルストイの民話に、「人は何で生きるか」という題のお話もあります。

 答える人ごとに  そして同じ人でも、答えるときの状況によって、答えは異なるかもしれません。

 今日は、日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 良い日となりますように。

 聖書の言葉

  わたし(神)の目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している

 

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2019年7月20日 (土)

大きな働き ミニトマト

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   家庭菜園主任として勤勉とはいえないムーミンパパですが、ミニトマトがたくさん実を付けてくれていますので、朝食前に喜んで収穫しています。

 名前はミニでも、大きな存在です。

 このところ、日照時間が少ない傾向の地域のことが報道されています。

 子どもたちが夏休みにはいるところも多いことでしょう。

 梅雨ももうすぐ明けて 農作物がよく生育する 夏となりますように。

 あまりにも高気温にならず、降水も多すぎず、少なすぎず 日照時間は満たされて 熱中症にかかる方もない ・・・ そういう夏をと願っております。

 昨日、長文になりましたので、今日は短くさせていただきます。

0005_20190718210901 ミニトマトは、たとえばこんな感じで食卓を飾ってくれます。

ここに ゆで卵が加わります。 あとは、トーストと珈琲です。

今日も、良い日となりますように。

 明日は日曜日。 キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 短いトマトの話でしたが戸惑(トマド)わないで読んでくださってありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

  

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2019年7月19日 (金)

誰がために鐘は鳴る  ジョン・ダンの詩

 映画「誰がために鐘は鳴る」の冒頭にこの詩がスクリーンに映し出されます。

なんぴとも一島嶼(いっとうしょ 孤島の意味)にてはあらず、
なんぴともみずからにして全きはなし、
人はみな 大陸 (くが) の 一塊 (ひとくれ) 、
本土のひとひら
そのひとひらの 土塊( つちくれ) を、波のきたりて洗いゆけば、
洗われしだけ欧州の土の失せるは、さながらに岬の失せるなり、
汝が友どちや 汝 なれ みずからの 荘園 (その) の失せるなり、
なんぴとのみまかりゆくもこれに似て、
みずからを 殺 (そ) ぐにひとし、
そはわれもまた人類の一部なれば、
ゆえに問うなかれ、
誰がために鐘は鳴るやと、
そは汝がために鳴るなれば
(ジョン・ダン)

 映画のフィナーレに、教会の鐘が鳴り響きます。 弔いの鐘です。

  少し飛躍しますが、谷間に教会の鐘が響くことを歌っている外国の歌があります。その村の一人ひとりの人生に三回、教会の鐘が鳴るのです。

 1度目は、誕生の時。 2回目は結婚式の日に。 3回目は弔いの日に。

 ◇   □   ○  ※   ☆

 さて、上記のことを書いてきたのは、今の社会に、 一人一人は大陸を形成している存在であって、孤島ではないのだという意識がとても薄れてきている・・・それも、そのことを感じないほどに急速に進んでいるのではないかと危惧するからです。

 友人やいろいろな方との人間関係が、以前よりひ弱になってきていること、お感じになったことはないでしょうか。プライバシーの尊重 個人情報の保護 という考え方のもとに それは急速に広がっているように思います。

 電話帳に電話番号を載せない人 電話は留守電にしておき、相手を確かめることができるまで出ないようにする 連絡網を作ることに必要以上に反対する風潮が強くなってきました。 登下校の際に 知っている人以外とは口を利かないこと あいさつの声をかけた人を不信感の目で見る なまじの親切心で何かをしてあげようとすると不審者扱いされる・・・

 考えすぎでしょうか。それならばよいのですけれど。

 時々、引用紹介させていただく関根一夫牧師のメールマガジン「いてくれてありがとう」から、7月16日、7月18日の記事を並列させていただきます。 長くなりますけれど、この一回の記事に収めたいと思いました。

 ◇    □    ○   ※   ☆

【当事者意識を持っているか】 7月16日 関根一夫牧師 メールマガジン 「いてくれてありがとう」より

人の悩みを聞き、その人の立場を理解し、法律や文化による壁を知り、どこかに希望はないものかと探し歩き、
声にし、仲間を見つけ、協力者を得る努力は、実に大切な役割だと思います。
私は、以前、フィリピンの方々のビザの問題や技能実習生という名前で日本にやってきた方々の就労についての深刻な状況を知り、何人かの方々と一緒に入国管理局に出かけたり、労働基準局に行ったり、それらの方々が住んでいる市の福祉課を訪ねたりしました。結果は必ずしも満足できるものばかりではありませんでしたが、言葉にできない、相談できない悩みを抱えて人から逃れるような気持ちで生きている人たちがたくさん存在していることに驚き、またそういう出来事に関する日本人の無関心さと心の温かさを両方感じ、当事者意識の低さを感じました。
つまり、「ひとごと」であることには無関心、しかし情報がきちんと届けば同情をしないわけではないのです。

これは困っている人に関することばかりでなく、社会一般、法律や政治一般に関しても同じかもしれません。
かくいう私もまったく人のことなど言える立場ではありません。
でも、それは危険だなぁと最近思います。
こんな詩を以前紹介したことがありましたが、今回また上げておきます。
いろいろな場面での「当事者」意識を育てたいものだと思います。いてくれてありがとうの心を添えながら・・・。

 ++++
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、
私は声を上げなかった。
私は共産主義者ではなかったから。
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、
私は声を上げなかった。
私は社会民主主義者ではなかったから。
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、
私は声を上げなかった。
私は労働組合員ではなかったから。
彼らがユダヤ人を連れて行ったとき、
私は声を上げなかった。
私はユダヤ人などではなかったから。
そして、彼らが私を攻撃したとき、
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。

マルティン・ニーメラー

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 ◇    ○    ※   ☆

 順番から申しますと マルティン・ニーメラーの詩を見て ジョン・ダンの詩と 並べてみよう 考えました。

  そこまでしたとき、7月18日の「いてくれてありがとう」が配信され、その記事が 人と人の心のつながりを見事に表現なさっているのではないかと 明るい気持ちになりました。

 希望を持ち続けて歩みたいと思います。 関根一夫先生、ありがとうございます。

   ◇   □   ○  ※  ☆

【小学3年生からの いてくれてありがとう】 7月18日 関根一夫牧師 メールマガジン 「いてくれてありがとう」から。

 昨日は都内のある区立小学校で、その学校の三年生全体180人が集まる音楽の時間にお招きをいただきました。
そこで音楽を指導している友人の小浜まりさんが子どもたちに、私と岩渕まことさんで作った「リジョイス」と「ぶどうの木」を教え、それが子どもたちに大人気になったので作詞者に是非来て聴いてほしいということだったのです。

 小浜さんが学校と交渉し、作詞家として音楽の授業に招かれたわけです。
公立の小学校ということで、ちょっとだけ歌詞を変えて紹介したのですが、子どもたちが本当に嬉しそうに歌っていました。この歌を作った人が一緒にウクレレを弾きながら歌っているということに子どもたちはなんとも言えない幸福感を味わっているように見えました。

 45分間、子どもたちは歌い続けました。
私はウクレレを持っていって子どもたちの歌に伴奏しました。
授業が終わる時間が近づいた時、男の子が立ち上がり
「今日、来てくれたカズオ先生のために歌を贈りたいと思います。贈る歌は「いてくれてありがとう」です。」
この歌をみんなで一緒に歌ってくれました。
しかも、180人が体育館いっぱいに広がり、手を繋いで輪になって・・・。
「嬉しいなぁ」本当に感動しました。
180人全員が、私に「カズオ先生が作った歌、楽しんでますよ」と伝えてくれているような時間でした。

 本当に嬉しそうに、大きな声で歌い上げている子どもたちを見ながら、こういう心を失って欲しくないなと思いました。
そして、歌の持っている魅力や共感性、そして楽しさ、結びつける力は、決して過小評価してはいけないなと思いました。

「いてくれてありがとう」を歌い終わり、授業が終わり、子どもたちが体育館から出ていく前に私は出口のところに走り、子どもたちひとりひとりとハイタッチ!
それぞれが嬉しそうに「どうもありがとうございました」
「来てくれてありがとうございました。」
「僕もウクレレやりたいと思います」「楽しかったです」
「僕は握手がいいです」「また来てください」などなど子どもたちに声をかけてもらいました。
反応のすぐれた子どもたちでした。
この子どもたちのために歌が書けたら良いなと思いました。
嬉しそうな子どもたちに祝福があるように心から祈りました。
「いてくれてありがとう」を子どもたちにも伝えました。

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◎主の平和と祝福がありますように!

関根一夫
pastor.kaz@gmail.com
https://www.kazsek.com/

◎このメルマガに返信すると発行者さんにメッセージを届けられます
※発行者さんに届く内容は、メッセージ、メールアドレスです

 

 ムーミンパパより  長くなりましたのに お読みいただいてありがとうございます。

 7月14日の礼拝の会堂を見守ってくれた花たちの写真です。一輪の花もそれぞれすてきですね。グループになると、また味わいがあるように思います。 良い日となりますように。

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2019年7月18日 (木)

『命をみつめて』 その2

 『命をみつめて』の「こころを読む」の章に細川宏という44歳で胃がんのためになくなったお医者さんの詩が紹介されています。細川医師は、日野原医師と共にアメリカのアトランタ市に留学し、40歳で東大の解剖学の教授になった方だとのこと。

 『詩集 病者・花』現代社1977年発行 からの引用紹介です。

 俺はもうすぐ死ぬんだぞと

 会う人ごとに言ったとしてみてごらんなさい

 当人の気持は無理からぬとしても

 返答に窮して困惑するのは

 そういうのっぴきならぬことを告げられた人達

 つまり僕の親しい周囲の人々に他ならないでしょう

 ◇   □   ○  ※  ☆

 上記の詩を挙げて、日野原医師は、患者とは英語でpatient・・・耐える人 だと語り、春が来るのを、あるいは来ないかも知れない春を毎日待って耐えているそのような人にどのように対応したらよいかと書いておられます。そういう方のこころが分かる人になるために細川医師の遺したこの詩集を読むことを勧めておられるのです。

 苦痛のはげしい時こそ

 しなやかな心を失うまい

 やわらかにしなう心である

 ふりつむ雪の重さを静かに受けとり

 軟らかく身を撓(たわ)めつつ

 春を待つ細い竹のしなやかさを思い浮かべて

 じっと苦しみに耐えてみよう

 ◇   □   ○   ※   ☆

  日野原医師は、この本のほかのところでこう書いておられます。

  私たちはなんといっても弱い人間です。誰かの支えを必要とします。私たちのからだには限界があるというそのときに私たちのからだを支えること以上に、私たちの心を支えるものがあればいい。何が私たちのこころを支えるかということは、言い換えると、私たちがどのようなベクトルをもって生きるかということではないかと思います。 ・・・なにがしか人さまのために使った時間とまわりのみなさんが差し出した時間とを比較して、他人からいただくものが多かったか、自分の方から差し上げるものが多かったか・・・いままではあまりにも私的な寿命を求めてきました。これからは私たちはもっと垂直に、深く生きることを求めて生涯を送りたいものです。・・・長さではなく、深さです。

人間とは

 ・ソクラテス   「理性をもって行動するもの」

 ・アリストテレス 「社会生活をする動物である」

 ・パスカル    「人間は考える葦である」

 ・カッシーラ   「人間とは言葉を扱う動物である」

 ・ホイジンガ-   「人間というのは、遊ぶ生き物である」

 ・日野原医師   「人間は感性をもった生き物である」

           こう述べる前に小林秀雄さんの次の言葉を引用しておられます

「人間はいくら知識があっても、学問があっても、優しい心がなければ立派な人間とは言えない。優しい心とは感じることである」

  優しい感性を育て、磨くために大切なこととして、日野原医師は、人と出会うことを挙げています。

   日野原医師の尊敬するオスラー医師は好きだった詩人テニソンの、「現在の自分は、これまで出会ったものすべての贈り物」ということばを医学生に語っていたとのこと。よい出会いを糧として成長することを大事に、と感じました。

  ◇   □   ○   ※  ☆

 長くなってしまいました。

  ムーミンパパなりに 書いてみます。

  人が生きるのは 人生という音楽を 出会った方と一緒に 奏でている ということかもしれません。

 それぞれの人が 自分の持ち味を 最高の音色で奏でることにベストを尽くし合うとき そのオーケストラは 最高のハーモニーを響かせることになる ・・・ 音楽は苦手 というかたは、一枚の名画の中のどこかに描かれている何かにご自分を例えてみてください。

 あるいは、名作と言われる映画の中の登場人物 (余談ですが、町の中を歩いている 一瞬しか登場しない人物の役を 仲代達矢さんは 黒澤明監督にダメ出しを続けられながら終日 演じさせられたことが 後日につながったそうです) 風景  部屋の中にレイアウトされた 何か ・・・ その作品の全体をお互いをたいせつにし合う優しさが 包んでいる ・・・ そんな世界を思い浮かべてみました。

 昨日と今日、105歳で2017年の今日天に召された日野原医師を偲んでみました。 10月4日生まれだった日野原医師は、その日を104と並べて「天使の日」と読んでおられたようです。 (恐れ多いことですが、私と日野原先生の共通点が一つ ・・・それは牧師の家庭の次男として生まれたことです どさくさにすみません。 音楽が好きなことも入れていただけますか)

 下記の『命をみつめて』の結びに日野原先生の医師として大切にされた生き方が凝集されているように思います。

 私は、医師としての歳月を重ねるにつれ、私の先生は患者さんだ、なんと患者さんから教えられることが多いのだろうと感じてきましたが、実際、自分が入院してみて、また今回もそれらに実感をつけ加えることができました。

 病気をもっている患者さんの語ってくれる病気の話こそ臨床医学の神髄なのに、私たち医師はその声に耳を傾けようとしないし、訴えるものを見ようともしないことが多い。ここにこそ医療者と病む人との間に大きなギャップがあることが痛感されました。

 今日も、良い日となりますように。

 

 

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2019年7月17日 (水)

『命をみつめて』

0001_20190716083801  『命をみつめて』

 日野原重明 著

 岩波書店2001年5月16日 第1刷発行

 原本は1991年2月に岩波書店から発行され、2001年に文庫本となりました。日野原医師は1911年生まれですから、この本が出版されたのは80歳のときということになりましょうか。

 日野原医師は、2017年7月18日に105歳で天に召されました。それから2年が経とうとしているのですね。

 ユーモアのある方でした。腹八分目が健康によいことをこんなふうに表現されました。

 「バイキング形式のレストランで三千円払って、四千円分食べる人は、長生きできません」

 こんな茶目っ気もありました。

 若者がエスカレーターに乗るのと同時にその横の階段を二段ずつ上がり、エスカレーターより早く上の階に着いてエスカレーター上の若者を振り返り、にこり(にやり)とすることを楽しみの一つとする。 二段ずつ上がることが難しくなったときも、最後の一歩は二段上がるという前向き精神を大事にされました。

 音楽療法の草分け的存在でした。闘病生活をしているときにピアノを習いはじめ、たとえばショパンの「英雄」などもレパートリーのひとつでした。医学ではなく、音楽の道に進もうとしたこともあります。耳がよかったことが心臓の音をよく聞いて的確に診断できるだろうからと教授に勧められて、心臓医療の道に進まれたそうです。

 先見の明がありました。1995年の地下鉄サリン事件の時に聖路加病院は640人を受け入れることができました。いざというときの備えがしてあったことが生きました。大きなコンサートが開催できる広いスペースには、たくさんのベッドを置いて医療装置がセットできる配電・配管などが二年ほど前の建築のときに作られていたのです。

 「成人病」という言葉を「生活習慣病」に10年がかりで改めさせました。一人一人が健康の維持増進を意識して取り組むきっかけを作るためです。

 患者さんに寄り添い、謙虚に患者さんから学ぶ方でした。

 「このごろ動悸が激しい」と訴えに来た老婦人を手術無しでその日に治しました。心臓ではなく、いろいろな物を詰め込んで重くなっていたハンドバッグの中身を整理してあげることで解決したのです。 これを可能にしたのはその方の生活全体を見てとる観察力・・・その基底にあるのはやはり愛ではないでしょうか。 患者さんの退院審査で日野原先生が主治医に尋ねたのは、心臓手術を終えて病院内では元気に生活している患者さんが帰宅する住環境のことでした。誰も答えられなかったので、患者さんに聞きに行くと、古いアパートの三階でエレベーターはないことが分かりました。退院を考えていた医師はそのことが分かって、意見を改めました。

 こういうこともあって、若いドクターたちに日野原医師がよく語ったのは「患者さんの気持ちが分かるようにあなたたちも死なない程度の重病を経験しなさい」という言葉でした。 医学書には、その病気を体験した患者さんの立場からのページを設けてこそ意義深いものになるということも書いておられます。

 明日、もう少し、この本から書かせていただきますね。 今日も、良い日となりますように。

 

 

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2019年7月16日 (火)

目に留まった話

 岐阜新聞 7月13日(土)朝刊にこんな記事がありました。Photo_20190714165001 Photo_20190714165002

 1940年代に見つけられなかった財布が2019年に改修工事の建物から見つかり、持ち主の手に戻ったとのこと。現在89歳の持ち主にとってかけがえのない写真が中にあったということ ・・・すごいと思いました。

 いったい、こういうことが実際に起こる確率ってどれくらいなのでしょう。

 奇跡 ということばが 頭に浮かびます。

 今日も、良い日となりますように。

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2019年7月15日 (月)

すてきな合唱を聴かせていただきました

0001_20190713211301 D   7月12日、岐阜市のサラマンカホールで女声合唱 「うた・ふぐるま」の演奏会がありました。 最初に指揮者が話されました。

 「プログラムに 煌めく 若き 才能たち」 と 題しましたが、団員は全員が昭和世代、平均年齢が70歳を越えています。 煌めく 若き 才能たち というのは、今日のプログラムは若い作曲者たちの作品を選んであるからです。 ・・・というお話でした。

 演奏が始まってみると、合唱団員の方々の 煌めく若さが あふれんばかりに伝わってまいりました。

 声が澄んで美しく 歌う表情が若々しく 素晴らしい指揮と一体になって ほんとうに 清らかで 表現豊かな コンサート 至福の時間を すごさせていただきました。

 プログラムに印刷された団員のお一人のお名前に天使のつばさのしるしがありました。

 この7月のコンサートに向けて、入院された病室で楽譜を広げて練習されていた方が五月に天に召されたとのことでした。 後半のステージには、その方のお写真と花がセットされ、一緒にステージに立って歌っておられるように感じました。

 メンバー全員がそれぞれ最高の力を発揮されて、本当にすてきでした。

 ありがとうございました。改めて 音楽・・・合唱の素晴らしさを 心身で感じさせていただきました。  今日も、良い日となりますように。

A

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CD

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2019年7月14日 (日)

岐阜新聞 「分水嶺」から

 岐阜新聞朝刊の第一面の記事「分水嶺」から、7月8日と7月10日、そして7月13日の記事を引用紹介させていただきます。画像の上でクリックしていただくと読みやすくなると思います。

0003_20190711093301 7月8日の記事には宇宙に2度飛び出した人、向井千秋さんとジョン・グレンさん のことが書かれています。たまたま、NHKのBS放送で、アポロ計画など宇宙への挑戦に関する番組が再放送されていました。

 スタートは大国の威信をかけてのプロジェクトだったけれども、宇宙の壮大さに包まれて「宇宙船地球号」に乗っている人類という大きな視野へと導かれて、国境を越えての協力が育まれていったこと、また、およそ、4百年前のガリレイの「宇宙は我々の前に開かれている巨大な書物である」という言葉が実感を伴ってクローズアップされてきたこと などを感じさせられました。

0001_20190711093401 7月10日の記事、日本の将来についての記事は、年金問題、少子化と人口減少 について書かれています。その中の「少子化政策に成功したフランスは100年にわたり国を挙げて真剣に取り組んできた。多く産むほど手当てや年金が増える施策を積み重ね、〝社会〟が支えるメッセージを伝え続けた」という一文にはショックを受けました。

 宇宙を探索しているボイジャーは5億年先までを見越して旅を続けているそうです。

 少子化の問題を百年、それ以上の見通しを持って政策を立て、実行し、成果を上げている国があること・・・素晴らしいですね。まだまだ人類の歴史の幕はおりていません。 よりよき未来のために今できること、為すべきことを希望を持って進めてまいりましょう。

7月13日の記事は高校野球選手権の県大会が全国でスタートする時期、球児たちに県を越えて温かい支援の手が差し伸べられたことが書かれています。こころあt心温まる思いがいたしました。

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 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

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2019年7月13日 (土)

手羽元と長芋のオーブン焼き

Photo_20190710170401 夏には夏痩せしたい  味覚の秋に 思いっきり食べるために ・・・ 毎年、そういう願望を抱きながら 動機が純粋すぎるためか、夏痩せすることに成功した試しがありません。 味覚の秋に 美味しいものを食べることは実現していますけれど。

 それはともかく、「手羽元と長芋のオーブン焼き」・・・ご覧のように、オーブンに手羽元・長芋・セロリを配置して、600ワットであたためること30分 黒胡椒を振りかけて食べます。

  詳しくは分かりませんが手羽先と長芋は事前に一晩マリネしてあります。

(こういう準備、下ごしらえが目に入っていないのが 今までのムーミンパパでした。反省。)

 ローズマリーがあれば、それもあたためる仲間に加えると香草焼きということになります。

 シンプルな作り方の割に何だか豪勢な気分の食卓になります。よろしければ、どうぞ。

 今日も、良い日となりますように。

 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。

 

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