2019年9月22日 (日)

オールド ルーキー 

Old Rookie オールド ルーキー ・・・ 年配の新人  こういうタイトルの映画があったような なかったような ・・・

 まずは、パソコンのオールドルーキーのこと 

 Windows7のサポートを発売元のMicrosoftが終了する日は、来年2020年の1月14日だそうです。本当は、売り出して大いに利益を上げたMicrosoft社には、半永久的にサポートし続ける責任があると思うのですけれど。

 発売元のサポートが終わるということは、その後も使い続けていくとセキュリティソフト上の不安が大きくなるということです。

 私は理工科系ではないので、素人なりの理解で、比喩を交えて短くこのことについて書かせていただきます。

 今、おもちのWindows7で動いているパソコンを家に例えてみますと、来年1月14日以降もそのパソコンに入っているウイルスセキュリティソフトは、その家の玄関の頼もしい番人として、不審な外来者をシャットアウトしてくれます。

 それで、安心なようなものですが、マイクロソフト社のサポートが打ち切られるということは、番人がいる玄関以外のところから家を崩す侵入者を防げなくなる、ということだと思います。 これもたとえで申し訳ありません。 そうです。 その家の土台から食い荒らしてしまうシロアリへの対策が打ち切られてしまうということです。玄関からのウイルス侵入は防げても、そうして守っている家が土台から揺り動かされてしまうと言うことです。 OS(オーエス)という管理ソフトの隙 セキュリティホールを狙って悪意をもった浸蝕者が入ってくる対策が講じられなくなると申しましょうか。

 そうなると、社会科か理科で習った三日月湖・・・本流から外れて取り残された部分がそうなるのですね・・・Windows7パソコンは、そういう状態になるのだと思います。

 マイクロスフト社としては、シロアリに浸蝕されない新しい建物を用意したので、そちらへ引っ越してください 引っ越し期間は数年間ありますよ といえるように、Windows10を登場させ、最初の内は無料でWindows7からバージョンアップできる期間も設けました。

 ただ、ある程度古いパソコンはWindows10を快適に働かせる力がないために、無料でのバージョンアップが出来なくて、Windows7の状態で使いきってください、という状態になっています。

 我が家にも、そういう状態のWindows7 ノートパソコンがあり、とてもよく活躍してくれているのですけれど、来年1月14日からは第一線を退くことを予定しています。 インターネットにつながらない状態にしてワープロや安全を確かめた音楽データなどを活用する使い方は出来ます。

 短くといいながら、ここまでかかってしまったので、明日か。それ以降に続きを書かせていただきます。

 今日も、良い日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝へお出かけください。

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2019年9月21日 (土)

『楽毅』 第四巻 宮城谷昌光

0002_20190919171701 『楽毅』 第四巻

宮城谷昌光 著

新潮社 1999年10月30日 発行

 「中山」(ちゅうざん)という小さな国を執拗に攻めてくる強国、「趙」(ちょう)から守り抜こうと大活躍してきた楽毅でしたけれど、ついにその国は滅んでしまうことになりました。けれど、死を覚悟して王と共に城に立てこもって抗戦している「中山」の兵士たちが600人居ることを知った趙の王は、その兵士たちの真情を思って、ハラハラと落涙します。自分が死ぬときに、一緒に死んでくれる臣下は何人居るだろうか、とまで思いを走らせます。

 全員討ち死にを覚悟していた「中山」の人たちは、辺境の地へ移動して生きることを許され、城を見事に明け渡して去って行きました。

 野望の実現に一歩近づいた趙の王は、その後、自分の子に乱を起こされて、命を落とします。家臣たちは逃げ去って、一人の家来もその場には居ない悲惨な状況で亡くなるのです。 

 失意の中にも利に走らず生き延びた楽毅は、「燕」の国王に見込まれ、懇願されてその力を活かすことになり、王の世代が代わった「趙」に使者として出かけました。

 こんな思いを彼は抱きます。

 政治とはおもいやりである、と極言してもよい。政治能力のなさとはおもいやりの欠如である。自分をおもいやる、とはいわぬものである。臣下ばかりか外臣をも気づかうことのできる恵文王は、けっして国をかたむけることはあるまい。「趙」はやはり「燕」の盟友にふさわしい国である、と楽毅は確信した。

 それまで、強い兵を育てて他国を侵略することだけに邁進していた王から、民をおもいやることの出来る王に代わることで、その国だけでなく周辺の国の民も、心のありどころが一変します。

 こういう文学を世に送り出す作家の存在は貴いですね。 立派な公用車の中で漫画を読んでいて、恥ずかしい発言を重ねても恥じるところのないかたにも 読んで欲しい本です。

 こういうことを書いてしまう私の心の浅さは、楽毅に遠く及びません。

 ともかくも、読書の秋  今日も良い日となりますように。

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2019年9月20日 (金)

チャンスには 前髪しかない ・・・

 西洋に「チャンスには前髪しかない」ということわざがあるそうです。

「今がチャンス」と思った時につかまないと、逃してしまうということなのでしょうね。

インターネットで、 おわら 風の盆 の写真を見て、ああ、観に行きたいと思いましたら、9月上旬の行事なので、少なくとも今年はかないません。一足違いとか、三日遅れ という範囲からも遠くはずれています。

 そういえば、こういうふうに遅れる傾向のある人を主人公にした小品が山本周五郎さんにありました。題名はたしか、「百足ちがい」・・・むかでちがいではなく、一足違いの百倍遅いということで「百足(ひゃくあし)ちがい」と読むのだそうです。

 ご存じの方もあると思いますが、風の盆の写真を掲載させていただきます。 郡上踊りは、観光客も自由に踊りの輪に入ることが出来るので0007_20190919072501 すが、風の盆では、修練を積んだ踊り子さんたちの舞を観賞することになっています。 どちらも、それぞれの良さがありますね。三味線と胡弓の音色とともに、町ながしが行われているそうです。

 石川さゆりさんの「風の盆恋歌」、切ない歌詞ですね。

 ともかく、来年はチャンスを逃さずに、できたら行ってみたいです。 岐阜市へ踊りに来てくださる日もあるようなのですが・・・。

 今日も、良い日となりますように。何かのチャンスに出会う日かも知れません (^J^)

 

 

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2019年9月19日 (木)

揺るがない価値観を 

 時々、メールマガジンを引用・紹介させていただく関根一夫牧師さんは、「いてくれてありがとう」 「今日の聖句」 「日ごとの糧」の三つのメールマガジンを平日は発信続けておられます。日曜日は、教会の礼拝でお話しされるメッセージの概略と、動画で記録したメッセージ全体を発信。 その力強いお働きには、頭が下がります。 牧師・作詞者・カウンセラー・臨床美術 カメラ ・・・素晴らしいですね。

 今日は、「日ごとの糧」9月18日号から引用紹介させていただきます。

   ◇    □    ○    ※    ☆

【日ごとの糧】~ローズンゲンによる~
2019.09.18
どのような財宝よりもあなたの定めに従う道を
喜びとしますように。
(詩篇119編14節)
そこで、イエスは言われた。「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」
(マタイによる福音書13章52節)
+++
 財宝と思われていたものがガラクタだったり、大した値打ちもないと思われていたものが本物の宝物だったり、それを見極める鑑定士による判定を楽しむテレビの番組があります。
 私たちの見極めは案外あてになりません。
何が宝物で、何がガラクタなのか、そういう判断基準をそれぞれ心の中に持っているわけですが、本当にその基準が正しいのかどうか、時々吟味が必要ですね。
私たち自身が日々、変化しているので、価値判断も流動的なものが多くて当然なのだと思います。
問題は、自分の心に問う時間と余裕があるかどうか、なのかもしれません。
頭から決めつけてしまうことが一番危険なことのように感じます。
 
+++++++++++
◎主の平和と祝福がありますように!
関根一夫
pastor.kaz@gmail.com
https://www.kazsek.com/
   ◇    □     ○     ※     ☆
0020_20190918161601  私もテレビの「お宝鑑定団」を見ることがあり、鑑定家のつける金額と鑑定依頼者の思っていた金額とのギャップを、ゆとりをもって楽しむことがあります。 本当に、その人にとって価値のあるものであったら、番組に登場させ、鑑定を依頼することは考えないのではないかという気持ちも働きます。 そのあたりは、複雑ですね。
 ほんとうに かけがえのない 大切なもの ・・・ それを考えることを見失うことのない 確かな土台をもっていたいと思います。
今日も、良い日となりますように。
   写真は、秋の七草の一つ 葛(くず)の花です。

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2019年9月18日 (水)

稲架(はさ)のある風景

0015_20190917210501   地域にある図書館の近くで、稲架(はさ)に稲束が架けられている光景を見かけました。

 苗が植えられてからのいろいろな気象条件 ・・・ 豊かに満たされたのでしょうか。 多分 それが満たされたので収穫出来たのでしょうね。

 豊作でありますように。

 今日も、良い日となりますように。

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2019年9月17日 (火)

『楽毅』(がっき) 宮城谷昌光

0003_20190916144301 『楽毅』 全4冊

宮城谷昌光 著

新潮社 1997年9月25日 発行

 何年か前に読んだのですが、図書館で借りてきて読み始めました。

 いったい、前に読んだときには どこを見ていたのだろうと思うほど、新鮮に読み進んでおります。

 こういうことを嘆いてもいいのですけれど、むしろ、喜ぶことにいたしました。 (^J^)

 宮城谷さんの著書を読んでいると、どの本にも、胸が熱くなってくるところが私には必ず何カ所かあります。

 今回は、優秀な副将を、希望を抱くことが困難な事態の中で諭す楽器の言葉です。

 ◇   □    ○   ※   ☆

 「人知れず耐えるのはつらい。が耐えるということは、もとより人にみせびらかすものではなく、孤立無援のかたちにほかならない。・・・ひとつわかることは、こころざしが高い者は、それだけ困難が多く苦悩が深いということだ。人が戦うということは、おのれと戦うということであり、勝つということは、おのれに剋つ(かつ)ということにほかならない。なんじは、おのれに負けているよ」

  ◇   □   ○ ※  ☆

 こう諭されて、副将は気付きます。

 楽毅を見ていると自分がどうしてもおよばないことがある。一言でそれを言えば、存在の重み、ということである。その人物がそこに在るということを、表現にたよらないで、むしろ表現を棄ててあらわしている。楽毅から発する無声の声が人民を治め兵を動かしている。

 第二巻の終章、故事成語の中でもよく知られている「隗(かい)より始めよ」の章に描かれている楽毅と妻のすごす夜の場面・・・出会い、絆の崇高さが伝わってくる筆致に心うたれました。

 今日も、良い日となりますように。

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2019年9月16日 (月)

時計が好きな方  関 百年公園 岐阜県博物館 展示会

0008_20190915185901   関市の百年公園内にある岐阜県博物館での催しのご案内です。

 今は、ゼンマイ仕掛けの時計とクオーツ時計・・・水晶の周波数?、そして、無線で時報をキャッチして時計が自分で正確な時間を合わせる というような分類でしょうか。

 水時計 日時計 を常用なさっているかたは少ないでしょうね。

 からくりの仕掛けなどに興味のあるかたは、ご都合がよろしければ、どうぞ。

0009_20190915190001 9月も後半に入りましたけれど、まだ気温が高くなる日が多いですね。

 どうぞ、お身体お大切に。

 

 

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2019年9月15日 (日)

すばらしい バリトン歌手 ロシア民謡 ♪「道」

 ダークダックスの初期のレコードのロシア民謡集に「道」という曲が入っていました。

 歌詞も覚え、魅了されていたのですけれど、CダークダックスのDなどに、その曲は入っていないようです。

 シベリアの厳しい寒さの中でなくなった方が多くおられるので、そのご家族のお気持ちに配慮してレパートリーからはずされたのかも知れません。

 YouTubeをたどっていて、ロシアのオペラ歌手のロシア民謡「道」にたどり着きました。世界的なバリトン歌手として人気を博していたかたとのことです。
 
 存在感のある姿、力強い歌声に、心が震えました。 ご存じかも知れませんが、よろしければ、お聴きください。
 
 https://www.bing.com/videos/search?q=%e3%83%ad%e3%82%b7%e3%82%a2%e6%b0%91%e8%ac%a1%e3%80%80%e9%81%93&&view=detail&mid=8033AA6B5FA2F2AAA2458033AA6B5FA2F2AAA245&&FORM=VRDGAR
 
41fxt8ya58l   この歌手、お名前は、ドミトリー・フヴォロストフスキーさんです。聴衆が涙を拭う場面もあり、たくさんの人に愛される人だったのだと思います。YouTubeには
2005年に来日したときのステージのものもあります。 2017年に脳腫瘍のため55歳で天に召され、世界的損失と惜しまれたと書かれています。今も活躍しておられるなら、そのコンサートに駆けつけて歌声の中に身を浸していたいと思いました。

 今日も、よい日となりますように。

 日曜日。キリスト教会の礼拝にお出かけください。
 

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2019年9月14日 (土)

『生きるための図書館』 一人ひとりのために

0005_20190911155201 『生きるための図書館』 一人ひとりのために

竹内  

岩波書店 2019年6月20日 第1刷発行

 

 書名に惹かれて、図書館で借りてきました。「はじめに」にこんな文章があります。

    ◇   □    ○     ※     ☆

 図書館のことが、特にここ数年、あちこちで語られています。例えば2015年の8月には、一人の図書館員がふと漏らした「学校が始まるのが死ぬほどつらい子、学校を休んで図書館へいらっしゃい・・・」というつぶやきに、三万件以上もの反応があったといいます。

 今、医療関係者は、高齢者が前向きに過ごす場所としての図書館に注目しているといいます。図書館に出かけて、自分の脳の活性化を図るような本を、楽しみながら探し、考えることが認知症の予防になるのではといわれているからです。

   ◇    □     ○     ※      ☆

 上記を読んで、「おお、図書館に そういう効用があるのか」 と 学校勤めの年数が長かった私は思いました。

 不登校などの子が、保健室登校するケースが少なくないことは存じていました。この本は、いわば、図書館登校ということを世に提案し、そして、高齢の方の図書館活用という道もあるのだな、と目を開かせてくれてくれた思いがいたしました。 図書館に勤務しておられるかたが、積極的に受け入れ、迎えてくれるならば、すてきですね。

 9月11日の関根一夫牧師先生のブログにも、こんなことが書かれていました。 

【本・「答えより問いを探して」】
作家で大学教授の高橋源一郎さんが書いた本。
「答えより問いを探して 17歳の特別教室」
を読みました。
きのくに国際高等専修学校での講座をまとめて本にしたものです。
私はこの本のタイトルにとても心惹かれました。
「答えより問いを探して」というタイトル。
私たちは基本的に即座に「答え」を求める習慣がついています。ほとんど考える、とか、悩むとか、論理とか、倫理とかいうことをすっ飛ばして、それで「答えは?」と結論を求めてしまう傾向を持っているように思います。
でも、実際は「答え」が見えてこない問題が世の中には満ちているように思います。
そして、答えが「わからない」「わかりにくい」というものを認める姿勢はとても大切だと思います。
考えることをすっ飛ばして「きっとこうだ」と結論を出し、それが大多数になってくると「常識」となってきますが、必ずしも、それが人間を幸せに導くわけではありません。
自分で考えて、自分なりの結論を持つこと、そのための大切な前提は「答えより問いを探す」という作業です。
 ◇   □    ○   ※   ☆
 東日本大震災の時に、魂の避難所、 生きる力を再び取り戻すなどの働きを 図書館が担ったことも、記憶に新しいところです。
 フィンランドの子どもの学力が高いことの一因に公共の図書館の充実ぶりが挙げられていることも思い出しました。
上記のようにフィンランドのことを書きましたら、たまたまインターネットのニュースにヘルシンキの中央図書館のことが掲載されていました。
https://www.msn.com/ja-jp/travel/news/「新しい図書館で世界1位」に輝いた%ef%bc%81ヘルシンキ中央図書館ood-i%ef%bc%88オオディ%ef%bc%89を現地ルポ/ar-AAHeHM1?ocid=spartandhp#page=2
 よろしければ、どうぞ。 今日も良い日となりますように。
 明日は日曜日。キリスト教会の礼拝にどうぞ。

 

 

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2019年9月13日 (金)

 本日 二つ目の記事です。  明日 9月14日の お勧め番組   ー関根一夫牧師のメールマガジンよりー

 時々引用紹介させてていただく関根一夫牧師のメールマガジン「いてくれてありがとう」の9月13日号を引用・掲載させていただきます。

関心を覚えた方は、どうぞ、明日のこの番組をご覧ください。 私も見たいので、録画予約いたします。関根一夫先生、いつもありがとうございます。

 今日も良い日となりますように。

     ◇    □    ○   ※   ☆

【こころの時代】9月13日 メールマガジン 関根一夫牧師
 
9月8日 日曜日の朝5時から見たNHK Eテレの番組「こころの時代」とても感動しました。 ※9月14日(土)NHKで再放送されます
NHKのサイトからの引用です
++
「世界遺産登録は長崎に生きる私たちへの問いかけである」と語る古巣さん
こころの時代~宗教・人生~「長崎の祈り─水がめを運ぶ人々に導かれて─」
去年、250年にも及んだ禁教期の信仰を物語る12の資産が、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界文化遺産に登録された。カトリック長崎大司教区の司祭・古巣馨さん(64)は、五島列島・奈留島の出身。祖先は禁教期を生き抜いたキリシタンだ。激しい弾圧の下で多くの血が流された長崎で、人々はなぜ信仰を守り抜くことができたのか。この地に生きる司祭として、古巣さんは、自らに問い続けてきた。
【出演】カトリック長崎大司教区 司祭…古巣馨
+++
後半は、古巣神父の自伝的な内容で、とても心に深く語りかけられました。
特に古巣神父とお母様のやりとり。
本当に人一倍働き続け、苦労を重ねた働き者のお母様から神父になりたての頃に語られた言葉。
「お前は、神父になったのだから、人前で疲れたと言うな。それを言ったらそれを聞いた人たちはお前を避ける。
それを人前で言った時、お前はすでに報いを受けてしまっている。
疲れたらひとりで神の前に行き、そこで神に話せ。
そうすれば神が面倒をみてくださる」
私にも語りかけられている言葉のように感じました。
そして、神父がまだその役割を始めたばかりの頃にであった「薄幸の小学生」と「峰やんと呼ばれた精神を病んで病院に入院していたおじさん」の話は、心に訴えるものがありました。
私は古巣神父が、小さな子供からも、病者からも「教えられました」と表現しながら「受けた恵み」「教えられた生き方、あり方」を語っている姿にとても感銘を受けました。
そこには「いてくれてありがとう」の心があふれていました。謙遜な方だなと感じました。
いつか、会ってお話を聴きたいなと思いました。
幸い、明日(9月14日(土)午後1時~2時までEテレで再放送されます。
お時間があったら、ぜひ観てください。
心からご視聴お勧めします。

 

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