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2006年9月26日 (火)

目からうろこが落ちるとき

 「神様からの手紙」とも呼ばれる聖書には、聖書にふれる機会がほとんどなかった方もよく耳にされる表現があります。
「狭き門」、「迷える小羊」「汝の敵を愛せ」、「人はパンのみにて生くるにあらず」などの言葉は文学の世界だけでなく、多くの場面で引用されて います。
 「目からうろこが落ちる」も、聖書を源としている表現の一つです。
  イエス・キリストを救い主として受け入れて生きる人々をクリスチャンといいますが、そのクリスチャンを迫害し、死に至らせることを生き甲斐とする人物が いました。2千年近い昔のことです。
  その彼が新しい獲物を求めて、殺害の息をはずませながらある町へ向かっているとき、イエス・キリストが彼に現れたのです。
 
 それまでの彼は闇の中に居たのですが、「目からうろこが落ち」、イエス・キリストの愛を述べ伝えながら光の中に生きるクリスチャンとなりました。この人の名はパウロといいます。
 
 聖書は66巻から成る書物ですが、その中には神様がこのパウロを用いて書かれた13巻が含まれています。    
 
 ところで、「アメージング・グレース」という曲をご存じの方も多いと思います。 多くの歌手が歌い、コマーシャルにもよく登場しています。 
 「アメージング・グレース」・・・直訳すれば、びっくり仰天するような恵みという意味です。
 この曲の作詞者ジョン・ニュートンは、少年期から生活をくずし、ついには奴隷船の船長になってしまった人でした。
 
 その彼がアフリカからイギリスへ戻る途中で大きな嵐に遭い、すんでのところで命を失う経験をしたことがきっかけとなって神様を信ずる人に変えられたのです。
 
 やがて、彼は牧師となりましたが、82歳で天に召されるまで、彼の生涯を変えた劇的な神様の恵みにびっくり仰天するのをやめなかったということです。まさに「目からうろこが落ちた」生き方ですね。
 歌詞をご紹介いたします。 (聖歌 229番 いのちのことば社 刊)
1 驚くばかりの恵みなりき この身の汚れを知れる我に
2 恵みは我が身の恐れを消し まかする心を起こさせたり
3 危険をもわなをも避け得たるは 恵みのみわざと言うほかなし
4 御国に着く朝いよよ高く 恵みの御神をたたえまつらん
 イエス・キリストに出会い、神様の愛にふれるとき、どの人にも新しい人生が開けてきます。ぜひキリスト教会にお出かけください。
 
 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたし(イエス・キリスト)のところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。   【聖書マタイによる福音書11章28節】
 

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