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2006年9月21日 (木)

かけがえのない存在

「人生は神様からのただ一度きりの招待である」という言葉があります。
この世に生を受けるということ、自分が生きているということはそれだけで奇跡のような出来事なのです。
けれど、私たちは生きることに喜びよりも苦しみや不満を抱きがちです。たとえば、「どうせ生まれるのならもっと裕福な家がよかったな」とか、「もうちょっと美人に生まれていたら苦労せずに人生が楽しめるのに」などなど・・・・・。
 
難問に正面からぶつかって悩むことは人生を深く味わう力を養うことにもなるでしょうが、不満にはそうした前向きの力を生み出す良さは備わっていないように思われます。
では、人はどうしたら不満を抱かず、喜びながら生きていくことができるでしょうか。
それは、自分が神様に生かされている存在であることを知ること、そして自分が神様に愛されていることを知って受け入れることによって可能になるのです。
 朝、目覚めたとき「ああ、また長い一日をすごさなくてはいけないのか」と溜息をついてスタートするのと、「神様、今日もあなたにいただいた新しい一日を生きることができることを感謝します」と祈って歩み始めるのとでは、ずいぶん大きな違いがあります。
 
 この両者には、たとえば同じピアノに向かっても、習い始めたばかりの幼児は楽譜を音にすることだけで必死なのに、ピアニストは曲想を描き、魂を込めて音を送り出すことができるというほどの開きがあります。(かつて、海の曲を弾くピアニストのお手伝いをしたことがありますが、演奏にかかる前にしばらく瞑想されたピアニストの周囲に一瞬波の音が広がったように感じて驚いたことがあります。)
 歌人、石川啄木は「私は命の一瞬一瞬がいとおしい。いとおしいから詩を作り、歌を詠む」という意味のことを書いています。
 せっかく生かされている毎日・・・愛着と神様への感謝を覚えながら、より豊かな命を注ぎ続けて歩みたいものです。
 
 わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。
  【聖書 イザヤ書43章4節】

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コメント

素敵なブログですね。徳が高められます。
今日のも本当に私自身がいつも心がけたい大切なことです。当たり前のような小さなこと、でも本当はとっても大切な大きなこと。
たくさんの方に読んでいただきたいですね。

投稿: rommy | 2006年9月21日 (木) 23時21分

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