« 本当に必要なのは | トップページ | すばらしいのは »

2006年9月29日 (金)

最新鋭機の誘惑

聖書とコンピュータシリーズ NO.2

 コンピュータ関係の技術の進歩は目覚ましいものです。動作する速度が速くなると、画像を取り入れたり、加工したりすることなど、いろいろなことが速くできるようになります。いくつかのソフトを立ち上げておいて、その間を行ったり来たりしながら一つの資料を手際よく仕上げていくこともできるようになります。

 けれど、実際にそういう作業が必要な人はどれくらいいるのでしょうか。自分がコンピュータを使ってしようと思うことが実現できるのであれば、高いお金を出して、それ以上の性能を追い求める必要はないわけです。
 たとえば、文章を書くことにパソコンを使う人の場合、頭に言葉が浮かぶ速度より速く文字を表示できる性能のコンピュータがあっても、文章を速く書けるようになるわけではありません。現在あるコンピュータは、間違いなくその速さはクリアーしています。

 目的に合った動作をしてくれるならば、高いお金を出して最新鋭機を買う必要はないのです。それは、ちょうど、畑で収穫した野菜を運ぶには荷車があればよく、高級車と言われるロールスロイスなどを欲しがらなくてもよいということに似ています。

 そうは言っても、最新鋭機を持っていると、「僕のコンピュータは今一番速いCPU(中枢演算装置・・・車でいうとエンジンに相当する)を積んでいるんだぞ。」と自慢することができます。ただし、今日最速を誇っているCPUが明日も最速だという保証は、どこにもありません。最新鋭機を持っているという喜びは、つかの間のものでしかないのです。それでも高いお金を出して最新鋭機を手に入れようとしている人は、実はそれを使いこなしている自分の姿に憧れながら見果てぬ夢を追いかけているのかも知れません。

 ソフトも本当に必要かどうかを考えて購入することが大切です。たとえば、外国語を翻訳してくれるソフトも大分よくなっています。けれど、ちょっと考えてみてください。自分の語学力を越えた文をソフトに翻訳させても、本当に正しく訳せているかどうかを判断することはできませんよね。「使い手自身の語学力のところまでしか翻訳ソフトは使えない。」という法則が成立するように思います。また、大きな組織でのスケジュール調整にはネットワークを組んだパソコンが威力を発揮しますが、手軽に個人のスケジュールをメモしたり確かめたりするのには、小型の手帳のほうに分があるのではないでしょうか。

 パソコンに限らず、夢中になるうちに本来の目的を見失って、手段や道具が目的化することのないように気を付けましょう。いかなる豪速球もキャッチャーのミットという的(まと)をはずすと、単なる暴投になってしまいます。私たちのかけがえのない人生も、正しい目標を見失うことのないように、的(まと)を見つめて進みたいものです。

    聖書の言葉
神の国とその義とをまず第一に求めなさい。 

  マタイによる福音書6:33

|

« 本当に必要なのは | トップページ | すばらしいのは »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 最新鋭機の誘惑:

« 本当に必要なのは | トップページ | すばらしいのは »