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2006年9月27日 (水)

人類最初の猜疑心(さいぎしん)

 つたないブログですが、開設して昨日まで、十の文書をアップロードさせていただきました。何人もの方からお励ましをいただき、感謝申し上げます。さて、クリスチャンというと、さぞ堅苦しい人物ぞろいだろうとお思いの方にここ数回の文書は拍車をかけたように思いますので、そうばかりではないですよというお話を今回は書かせていただきます。 これはいのちのことば社からごく最近(なんと9月15日です!)発行された「世界傑作ジョーク250」という本の最初から10番目に載っているお話です。税別900円のこの本を購入した私が、紹介目的で一つだけ載せるということですので著作権のこと、どうかお許しくださいますように。

   ◇  ◇  ◇  □  ○  □  ◇  ◇  ◇

 エデンの園をアダムとエバが歩いていた。エバがアダムにたずねた。「ねえ、アダムぅ。あなた本当に私を愛してるの?」するとアダムがぶっきらぼうに答えた。「このエデンの園に、ほかにだれがいるんだ。」真夜中にエバはそっと起き上がり、アダムの骨の数を確かめた。

  ◇  ◇  ◇  □  ○  □  ◇  ◇  ◇

 この本の帯に「ふたりの牧師が苦節40年、心血注いで探し歩いた」と書いてあること自体が大いなるジョークだと私は思います! ただし、まじめなクリスチャンの方からは、どうもおしかりを受けそうですし、聖書を読んだことのない方には「どこがおもしろいのか分からない。」とご意見をいただきそうです。それで、この本からの紹介は今回限りとさせていただきます。それはともかく、上の話のもとになっている聖書の箇所をご紹介いたします。

 神は深い眠りをその人(アダム)に下されたので、彼は眠った。そして、彼のあばら骨の一つを取り、そのところの肉をふさがれた。 神は、人から取ったあばら骨をひとりの女に造り上げ、その女(エバ)を人のところに連れて来られた。

    創世記 2章21節・22節

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