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2006年9月22日 (金)

ムーミンパパの子はムーミン?

 私の子育てをお話しするとき、いつも欠かせないのがこのムーミンの話です。今は二児の親となっている長男が小学校に上がる前のことですから、三十年近く前のことです。

 その日、私と長男はテレビでムーミンを見ていました。ご存じの方も多いと思いますが平和なムーミン谷に住んでいるムーミンたちのおだやかな生活が展開するアニメ番組です。その日はめずらしく悪人が登場し、主人公ムーミンのガールフレンドが連れ去られてしまいました。怖い相手ですが、ムーミンは必死に勇気を奮い立たせて救出に向かいます。その姿を見ていて、私は長男に語りかけました。「おまえがムーミンのようになってくれたらいいな。」

 かたわらに居た長男が息を呑みました。テレビの画面から目を長男に移すと涙を浮かべているようです。たまの父親の一言はこんなにも感動を与えるものなのか・・・と思いましたが、それにしてはどうも様子が変です。どうしたのかと尋ねると、長男はこう答えました。「父さん、ぼく、あんな顔になりたくない。いつまでも人間の子でいたい。」

 ・・・私は、その日のムーミンのように、ふだんはおっとりしているけれども、勇気をだしてけなげに悪と立ち向かう子になってほしいと語ったつもりでしたが、幼い長男は、画面に映るムーミンの顔かたちのようになれと言われたと思い込んでショックを受けていたのです。

 寝ころんでテレビを見ながら、「アニメの主人公のようになれ。」と語りかけ、子どもが「うん、ぼく、がんばる!」と張り切って育つとしたら、こんなに楽な子育てはありません。まず親自らが現実の世界で必死に生きている姿を見せ、有言無言の内に「我が子よ、このように生きよ。」と示すことが子育ての基本であることを強く思い、反省した出来事でした。

 ところで、身をもって生き方を示すというとき、クリスチャンには聖書というゆるぎのない拠り所があり、そしてイエス・キリストに倣(なら)うことができる大きな幸いがあります。パーフェクトな生き方をすることは人間誰にもできませんが、神様に希望をおいて、「さずかりもの」ではなく「あずかりもの」である子どもを育てていこうではありませんか。

若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。箴言22章6節

 箴言・・・広辞苑には次のように書かれています。

(1)いましめとなる短い句。格言。

(2)旧約聖書中の一書。格言・教訓・道徳訓を多く含む。

    ソロモンの 箴言。

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