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2006年10月 4日 (水)

完璧ではないけれど   

聖書とコンピュータシリーズ NO.7

 しばらく前に有名になったマーフィの法則に、確かこういうのがあったと思います。
「待っている電話は席をはずしたときにかかってくる。」「パンをうっかり落としたとき、そのパンのバターを塗った面が下向きに落ちる確率は、下に敷かれている絨毯(じゅうたん)の価格に正比例する。」・・・ マーフィの法則は、経験から導き出された法則なので、科学的に証明できるかどうかは別にして、笑い、それもたいていは苦笑いとともに受け入れられる法則ですね。    

 上の二つの例をもとに、コンピュータにおけるマーフィの法則を作ることはそんなに難しくないと思います。二つ、三つ、作ってみましょうか。

・一生懸命に作成したデータが保存できなくなる事故は、そのデータがほとんど完成したときに起こる。
・あるデータがバックアップ(予備に保存しておくこと)してある確率は、
そのデータの必要性・重要性に反比例する。
・新製品は、それが出るのを待ちかねて従来の製品を購入した直後に発売される。しかも、それまでの製品よりも安い値段で。

 まだまだ出来そうですが、あまり精神衛生上よろしくないので、やめることにします。

 ところで、ソフトのプログラムのミスや不備のことをバグ(虫)といいます。大切な作業をしたいときほど、このバグは困った方向へ悪さをします。高価なコンピュータが「あれっ」と思うような単純な計算を間違えることが分かってプログラムを修正されたという報道がされたのを覚えておいでの方もおられることでしょう。
 バグが多いソフトは困りものですし、バグはないにこしたことはありません。けれど、それはそれとして下に記すような考え方も出来ないでしょうか。

 コンピュータよりも格段に優秀な人間でも、判断ミスをすることがある。プログラムを作る人間が完璧ではないのだから、まして、その人間の作ったまだ歴史も浅く、発展途上にあるコンピュータが思い通りに動かなくても、何の不思議もないではないか。・・・ちょっと寛大すぎるかも知れませんが、これくらいに構えているほうが、過大に期待して裏切られるよりも人間としての器が大きくなるような気がいたします。

    聖書の言葉
 なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の
中の梁には気がつかないのですか。 兄弟に向かって、『あなたの
目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。 
            
     
   マタイによる福音書  7:3~4   

 ※  有名な山上の垂訓の一部です

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