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2006年10月23日 (月)

母をおもう・虫

「母をおもう」

けしきが

あかるくなってきた

母をつれて

てくてくあるきたくなった

母はきっと

重吉よ重吉よといくどでもはなしかけるだろう

「虫」

虫が鳴いてる

いま ないておかなければ

もう駄目だというふうに鳴いてる

しぜんと涙をさそわれる

 八木重吉にとって詩とはなんだったのでしょうか。

 最初の詩集『秋の瞳』の序文に、八木重吉は次のように書いています。

 「私は、友が無くては、耐えられぬのです。しかし、私にはありません。この貧しい詩を、これを読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください。」

 この世での命の終わりの近い時期の「病床無題」に、

 わが詩いよいよ拙くあれ キリストの栄 日ごとに大きくあれ とあります。

同じ時期の詩に

桃子と陽二

私はお前達を見ずにいるのが辛い

私はお前達の父であったことが

誰れの父であったよりも嬉しい

と書かれています。

 明日、二つの詩をご紹介して八木重吉の詩シリーズを閉じたいと思います。

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