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2006年10月 9日 (月)

楽観的向上論

 今日は「芸術の秋」に関する内容です。学生時代、交響楽団でトランペットを吹いていました。あまり上手ではない、というよりはっきり言って下手だった私がロングトーンの練習をしていると先輩が現れてこんな話をしてくれました。
 「あのなあ、自分が下手だ、下手だ、駄目だ、駄目だと思いながら練習していたら、上達はおぼつかない。そりゃあ、はっきり言って今は下手だけど、まず、こう思いなさい」・・・と、話してくださったのは、およそこういうことでした。

 「まず、今の自分の音はなかなかのものだ、と思うこと。だけど、本当は下手なのに上手だと思い込んでいてはどうしようもないから、正しい練習をきちんと積み重ねれば、ますます自分はすばらしいトランペッターになれると希望をもって練習に励むこと。」

 「ロングトーンは、どの音も30秒以上安定して続くようになれば一人前だけど、今は10秒しか続かなかったら、それであきらめないで、11秒目に向かって息だけでも出しなさい。それを続けていたら、11秒続くようになる。そしたら、12秒目に向かって息だけでも出しなさい。」

 「トランペットは口にあてる。だからといって、口と周囲の筋肉だけに気を取られていてはいけない。体全体を鍛えて、初めて安定した音が出るようになるんだよ。もっと言うと、生き方がしっかりしていないと、ふらついた音しか出せないと思いなさい。」

 この先輩は、私に語ったことを自ら実行している人でした。日本の大きなコンクールで外国に留学する権利の得られる上位の成績を収め、プロの交響楽団で活躍され、大学の先生になり、青少年を熱心に育成しながら、ご自分の修練を続けてリサイタルを開いておられます。

 えっ、私ですか・・・その後、めきめきとトランペットが上達・・・とは本人も周囲の誰も思いようがないのですけれど、このときの先輩の教え・・・「今も悪くはない。でも正しい方向に修練を積み重ねればもっともっと自分は高まり、すばらしくなる。」・・・を「楽観的向上論」と名付けて、楽しみながらいろいろなことに挑戦して自分を育て続け、今日にいたっております。どれだけ向上しているかはともかく、停滞しないで前進することを願いながら。

聖書の言葉
(私たちは)患難さえも喜んでいます。それは、
患難が忍耐を生み出し、
忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。

          ローマ人への手紙 5章3節4節

同じ箇所がリビングバイブルでは、次のように書かれています。
 私たちは、さまざまの問題や困難に直面した時も喜ぶことができます。 それは忍耐を学ぶのに役立つからです。 忍耐によって、私たちの人格は筋金入りにされ、ひいては神様への信頼を深められるのです。 こうしてついに、私たちの希望と信仰は、強く、何ものにも動じなくなるのです。

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