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2006年10月19日 (木)

ねがい

どこを

断ち切っても

うつくしくあればいいなあ

「どこを」・・・自分の心の中のどの部分もすべて、と考えてもよいでしょうし、今日まで歩んできた人生の一瞬一瞬ととらえてもよいでしょう。

 その「どこを」とってもうつくしくあればいいなあ、というのですが、その底には、うつくしくない部分があること、あるいはほとんどが醜い部分であることを重吉は知っています。

 自分の心のうつくしくないことを自覚すればするほど、題名となっている「ねがい」はより深く、真実な叫びとなる・・・そういう詩ではないでしょうか。

聖書の言葉

旧約聖書に、次のように書いてあるとおりです。 / 「正しい人は一人もいない。 / 罪のない人は世界中に一人もいない。

  ローマ人への手紙3章10節

愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。 神はそのひとり子(イエス・キリスト)を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。

  ヨハネの手紙 第一 4章8節~10節

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