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2006年10月15日 (日)

果物・雲・幼い日

「果  物」

秋になると
果物はなにもかも忘れてしまって
うっとりと実のってゆくらしい

「雲」

    くものある日
    くもは かなしい

    くものない日
    そらは さびしい

「幼い日」

  幼い日は

  水が もの言う日

  木が そだてば

  そだつひびきが きこゆる日

 八木重吉の詩について、高村光太郎の序文には次のように書かれています。旧仮名遣いのまま、引用させていただきます。
「詩人八木重吉の詩は不朽である。このきよい、心のしたたりのやうな詩はいかなる世代の中にあっても死なない。詩の技法がいかように変化する時が来ても生きて読む人の心をうつに違ひない・・・(中略)・・・感じてゐながら言葉でそれを捉える事のむつかしさを詩を書くほどのものは皆知ってゐる。よほど素直な心と、微を見る感覚とのすぐれているものでなければ此の境にまでは到り得ない。・・・(中略)・・・これらの詩はまことに彼独自のものであり、唯一不二の妙果であり、人はこれらの静かな詩をよんで却て烈しく動かされ、これらのやさしい詩をよんで却て湧き出づる力を与へられ、これらの淡々たる言葉から無限のあたたかさに光被せられる思をする。」

聖書の言葉

心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。

マタイによる福音書5章8節

分かりやすく訳したリビングバイブルでは、同じ箇所が次のようになっています。

心のきよい人は幸福です。 そういう人は親しく神とお会いできるからです。

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