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2006年10月16日 (月)

金魚・桃子よ・陽二よ

「金魚」

桃子は

金魚のことを

「ちんとん」という

ほんものの金魚より

もっと金魚らしくいう

◇ ◇ ○ □ ○ □ ◇ ◇

「桃子よ」

ももこよ

おまえがぐずってしかたないとき

わたしはおまえに げんこつをくれる

だが 桃子

お父さんの命が要るときがあったら

いつでもおまえにあげる

◇ ◇ ○ □ ○ □ ◇ ◇

「陽二よ」

なんという いたずらっ児だ

陽二 おまえは 豚のようなやつだ

ときどき うっちゃりたくなる

でも陽二よ

お父さんはおまえのためにいつでも命をなげだすよ

 桃子は、八木重吉が26歳のときに生まれた長女、陽二は重吉が28歳のときに生まれた長男です。(いずれも数え年)この詩のように重吉と妻のとみ子に愛されて育ちました。重吉が30歳で天に召されて11年後、桃子は15歳で昇天、その3年後、陽二は16歳で昇天します。

 命のはかなさを感じずにはいられません。けれど、子を愛した親と親に愛された子・・・というか、夫婦、親子が愛し合ってこの世で生きた日々は、死によって無意味になるのではないと思います。

「人生は、神様からのたった一度きりのこの世への招待である」という言葉があります。限りある命だからこそ、かけがえのないこの人生を前向きに歩んでまいりたいと思います。

聖書の言葉

「心の貧しさを知る謙そんな人は幸福です。 天国はそういう人に与えられるからです。

マタイによる福音書 5章3節 (上の訳は、リビングバイブルからです。)

 山上の垂訓の一番始めにある言葉です。八木重吉の詩集の一つは『貧しき信徒』と名付けられていますが、ここからとられたものと思われます。

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