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2006年11月23日 (木)

デジタルハイビジョン

 デジタルハイビジョンの画面は、確かに綺麗です。肉眼で見る月は美しいけれど、望遠鏡で見る月はごつごつに見えるという現象がテレビ画面に映る人物の顔についても起こってしまうのではないかと心配するほどに・・・・・・。でも、だからと言って、現在のテレビを買い換えないと数年後にはデジタルハイビジョンでしかテレビ放送は見られなくなりますよと国が言ってよいものでしょうか。このことに納得がいくまで、我が家ではデジタルハイビジョンを購入することはないでしょう。そもそも、買い換えてまで見るに値するテレビ番組がどれほどあるのでしょうか。テレビと別れを告げて静かに本を読む生活に入るのも賢明かな、おお、ひょっとすると国民をそうした方向へ進ませるための高等政策かも知れない、などと思いをめぐらす私です。こんなことを考えるきっかけになったのが、今日の聖書のことばです。デジタルハイビジョンの放送は、デジタルハイビジョンを持たないと受けることができない。神様が発信している愛は、愛という受信回路がないとわからない。受信機があるから放送局ができたのではなく、電波を送り出す放送局がまずあって、それを受信するための受信機が作られる。そんなふうにお話を展開しようとしたのですが、よく考えてみると、神様の愛とデジタルハイビジョンとは、メッセージの内容も在り方も比較にならないのです。テレビは見なくてもより心豊かに生活することができそうですが、神様の愛から意図的に離れることは魂に何をもたらすでしょうか。そんなわけで、これ以上、私は書き続けることができなくなりました。♪「アメージング・グレース」の詩を書いたジョン・ニュートンのように、神様の愛に驚くばかりです。(「アメージング・グレース」については、9月26日の「目からうろこが落ちるとき」をご参照ください。)

聖書のことば

  愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のためになだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
ヨハネの手紙 第一 4章8、10節
"Whoever does not love does not know God,because God is love,This is love : not that we loved God,but that he loved us and sent his Son as an atoning sacrifice for our sins."
"1 John 4:8

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