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2006年11月16日 (木)

孫悟空

  孫悟空は雲に乗って世界の果てと思われるところまで行って、印をつけてお釈迦さんのところへ戻ってきました。「どんなもんだい!」と得意がる悟空に、お釈迦さんが手を見せると・・・・・・何とそこには悟空が先ほど記した印がついていたのです。今日の聖書のことばから、私はその話を連想しました。

  ただし、神様が人間を指人形のようにあつかって、人間の思うこと、なすことすべてを神様が操っておられるわけではありません。自由に生き、行動することのできる存在として私たちを創ってくださり、そして招いてくださっているところがすごいのです。大きなレストランが和食・洋食・中華などの分野にわたってたくさんのメニューを提示し、さらに特別なオーダーもどうぞ、と言ってくれているような・・・・・・・というのは、食べることの好きな私が今日の聖書のことばからイメージすることですが、「それとはちょっと違うのではないですか」との指摘を受けそうに思います。さて、あなたは、今日の聖書のことばをどうお受け止めになりますか。

聖書のことば

私たちは神様の中に生き、動き、存在しているのです。

使徒の働き 17章28節

For in him we live and move and have our being,

Act 17:28

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コメント

ドラゴンボールはある意味予言者だといえるであろう。拝金主義の日本になんとか活を入れたかったのかもしれない。最初は東洋思想に始まり、ピッコロはアメリカや西洋思想の力タイプ。サイや人は今までの人間を越える領域の人物の誕生を願っていたものだと思われる。スーパーサイや陣のなりかけの時はぶっちという効果音でした。私も昔はそうでした。そう、あれは脳の進化を表現していたのです。怒ったときに思わず、人間強くなりますよね。子供のころ泣いたらいきなり強くなる奴、まぁ火事場のくそ力って奴ですよ。。。それがスーパーサイや陣の二段階になると自然体が強いとトランクス君は気づきますね。。。無理に力を入れすぎると脳が高速回転している場合は体力の消耗が激しく一時的にはスーパーマンになれますが、なくなったら急に眠くなります。参考文献は、オメガとライブですね

投稿: | 2006年11月16日 (木) 14時04分

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