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2006年11月25日 (土)

セメント袋と高層建築

  『インターネットは空っぽの洞窟』という本の中に、どんなにセメント袋を高く積み上げても、人はそれを高層建築とは呼ばない、という一節があります。インターネットの世界には情報があふれていますが、その全体を責任をもって筋道立てて監修している人はいないので、倉庫に種々雑多な物品がてんでんばらばらに積まれているような状態で、しかも中には信頼の置けない情報もたくさんあるというのがインターネットの世界なのですね。そうした情報があふれる中から自分にとって必要なものを選び取り、体系的に組み立てていくには、明確なビジョンとそれに基づく視点を欠かすことはできません。碁盤に石を並べることはむずかしくない作業ですが、囲碁の対戦となると、名人が意図をもって置く石は、素人の並べたたくさんの石を無駄のかたまりにあっという間に変えてしまいます。今日の聖書のことばから、そのようなことを思いました。  私たちがこの世に生きる日々、「生きていてよかった」と思えるのは、願いの実現に向けてその日まで積み上げてきた一日一日が意味のあるものになったと感じられるときではないでしょうか。神様は、愛してくださっている一人一人が神様を信じて歩む一日一日を、決して空しい時間のかたまりになさらない方です。それとは逆に神様に背を向けて無為に過ごす千日は、あっという間にセメント袋の山に・・・いえ、それ以上に無価値なものの集まりになってしまうおそれをいつも秘めています。

1:1 幸いなことよ。
 悪者のはかりごとに歩まず、
 罪人の道に立たず、
 あざける者の座に着かなかった、その人。
1:2 まことに、その人は【主】のおしえを喜びとし、
 昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
1:3 その人は、
 水路のそばに植わった木のようだ。
 時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
 その人は、何をしても栄える。

1:4 悪者は、それとは違い、
 まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。
1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、
 罪人は、正しい者のつどいに立てない。
1:6 まことに、【主】は、正しい者の道を知っておられる。
 しかし、悪者の道は滅びうせる。
    詩篇第一篇

 世間の目がどうあれ、風に吹き飛ばされるもみがらのようでなく、神様の愛を呼吸してよい実を実らせる水路のほとりの木のような成長の歩みを日々新たな思いで積み重ねられたら、と願うものです。

聖書のことば
まことに、あなたの大庭にいる一日は、千日にまさります。私は悪の天幕に住むよりは、むしろ神の宮の門口に立ちたいのです。
詩篇84篇10節
Better is one day in your courts than a thousand elsewhere ; I would rather be a doorkeeper in the house of my God than dwell in the tents of the wicked.
Psalm 84:10

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