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2006年11月12日 (日)

マザーテレサ

「私たちのしていることは、大海の中のほんのひとしずくかもしれません。けれど、一つ一つのしずくがなかったら、大海もまた存在しないのです。」・・・マザーテレサの生涯はドキュメントで紹介され、ドラマとなってジェラルディーン・チャップリン(チャールズ・チャップリンの娘)やオリビア・ハッセィなどが主演し、大きな感銘を与えました。路上で看取る人もなく寂しく死んでいく人をせめて最後の数時間でもあたたかく世話をし、神様の愛でつつんであげたい・・・・・・彼女の生涯のテーマはこれだったと思います。来日したときも、早朝から彼女が出かけていったのは、よるべのない人々が生活している地域でした。物質的には豊かに見える日本の霊的な貧しさが象徴的に現れているところを彼女は知っていたのです。神様へのゆるぎない信仰をもって志を果たすために行動している彼女のもとには、多くの物資、巨額のお金が寄せられました。そして、彼女はそれを決して自分自身のために用いることなく、この世での生涯を終えました。死に瀕している貧しい人々のために用いるためにしかマザー・テレサは建物や物資やお金を願わなかったのです。

  マザー・テレサが生涯を通じて語り、実行したメッセージはあまりにも有名で、ここで改めて言及することにためらいを覚えますが、一つのことを記して、今日の聖書のことばにバトンタッチさせていただくことにいたしましょう。それは、水力発電のダムについてです。

 ダムは、たくさんの水を集める湖です。では、何のために水を集めるのでしょうか。そうです、放水するときのエネルギーによってタービンを回して発電するためです。ため込むことそのものが目的ではないのです。(大量の雨が一度に下流に流れ込まないようする治水の役割も果たしていますけれど。)私たち自身の生活に、あるいは日本社会のどこかに、「ためる」ことが手段ではなく、目的化してしまっているところがないでしょうか。ただ水をためこむだけのダムで終わったら、はちきれて壊れるしかなく、害をもたらすことはあっても世の中を益することはないのです。「癌」(がん)という漢字をここで思い浮かべます。この漢字をパーツに分けてみますと「品物が有効に使われることなく山と積まれて病んでいる状態」と解釈できませんか。身体的な癌もうれしくありませんけれど、魂が霊的な癌にならない生き方を、と願うものです。

聖書のことば

神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。
コリント人への手紙 第二 9章8節
"God is able to make all grace abound to you,so that in all things at all times,having all that you need,you will abound in every good work."
2 Corinthians 9:8

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