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2006年12月16日 (土)

内側から燃える思い

 クリスマスが近づいてきています。クリスマス特集シリーズもいよいよクライマックス・・・といきたいのですが、私の手持ちの材料が底をついてきましたので、「キリスト教会へのおさそい」に戻らせていただきます。

 今のシーズンこそ、お近くのキリスト教会に足を運んでいただく好機だと思いますし、教会でイエス・キリストに出会うことができたら、それこそが本当のクリスマス、神様からの最大のプレゼントを受け取ることになるからです。

内側から燃える思い

 寒い季節になると、温泉で有名な下呂で勤務していたとき、家族で銭湯に行って戻る車の中で体験したことを思い出します。
   銭湯といっても、下呂の銭湯は良質の温泉で、「石鹸がなかなか落ちないなあ」と勘違いするほどお湯がつるつるしていました。
  さて、銭湯に入りに行ったのは寒い日だったので湯ざめするのを心配していたのですが、帰りの車内では逆に体がぽかぽかとあたたまってきたのです。
「温泉ってすごいなあ」「湯ざめしないどころか、だんだんほてってくるんだものね」と家族で感心したものでした。それは、温泉に芯まであたためられて活性化した体自体のなせるわざだったのです。

 この日、まず自然の恩恵ということを思いました。燃料だけ考えてみても、自然の恩恵はたくさんあります。石油も石炭も人間がつくりだしたものではありませんし、まきを供給する木一本にしても日光や雨などを抜きにしては育たなかったはずです。
 その上、温泉となると、そうした燃料を使わなくても豊富にお湯が沸いて出てくるのですから、ますます大きな恩恵とその背後にある神の愛を感じさせてくれます。

  恩恵の他にもう一つ感じたのは「内側から燃えること」の大切さということでした。
ある宣教師が「教養とは人から与えられるものではなく、その人から奪うことのできないものである」と話されたことがあり、印象の深い言葉として心に残っています。そういう内面的な教養に根ざしていない行動は、周囲に振り回されているだけで、本物になっていないことが多いのではないでしょうか。
  せっかくかけがえのない人生を生きるのですから、他人ではなく、自分自身の内側から燃える思いを大切にして歩みたいものです。

聖書のことば

「道々お話しになっている間も、聖書 を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか」
 ルカによる福音書 第24章32節

   これはイエス・キリストと直接語り合った弟子の言葉です。イエス・キリストと共に歩むことによって内側から燃えながら真に豊かな人生を歩み続けたいと願っています。

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