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2007年1月25日 (木)

鍋物の魅力

 料理には、鮎の塩焼きのように単品で勝負する料理もあれば、カレーのように総合力で食卓に乗る料理もあります。総合力の料理で今の季節、絶大な人気があるのは、何と言っても鍋物でしょう。

  一つ一つの素材のそれぞれがいかんなく力を発揮してかもしだす味わいは、もう言葉では表現できないものがありますね。

 ただし、そうした鍋物が完成するためには決して欠かせないものがあります。それは、何でしょうか。

 それは、熱です。熱源の種類はガス、電気、薪などありますが、いずれにしても熱が加えられなかったら、それぞれの素材はなまのままですから、総合力は生まれてきません。

 これは、人間の個と集団の関係にもいえることではないでしょうか。人の生活には、一人の個人として過ごしているときと集団の一員として存在しているときがあります。人間関係、人間集団がよい形で形成され、総合力を発揮できるためには何が必要でしょうか。

 聖書に「愛の章」と呼ばれているところがあります。

聖書のことば コリント人への手紙 第一 第13章

  13:1 たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。

13:2 また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。

13:3 また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。

  立派なことばも行いも、その動機が愛に根ざしていなければ、何の役にも立たないというのです・・・きびしいですね。でも、これに続く愛を体現しながらこの世での生涯を歩み抜かれた方がイエス・キリストなのです。

 聖書をお持ちの方は、ぜひ、これに続く箇所もお目通しください。
今日も神様の祝福をお祈りいたします。冷えた鍋に素材がむなしく並んでいるのでなく、「神様からの愛」という熱の加わった人生となりますように。

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