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2007年1月24日 (水)

ドーナッツの見方

 「ドーナッツ化現象」ということばがあるように、たいていのドーナッツには穴が開いています。このドーナッツを用いてこんな話をした人がいます。

  大きなドーナッツをもらったとき、「わあ、大きなドーナッツ、ありがとう!!」と素直に喜ぶ人と、「ありがとう。でも穴がなければ、なおいいのに・・・何て大きな穴なんでしょう。」と不平を言う人がいます。

 前者は、本体に目がいっており、後者は空白の穴の部分により多く心がとらわれているようですね。

 さて、今朝のブログで私が述べたかったことは、もう分かっていただけたことと思いますので、聖書のことばをご紹介いたします。

 神様に用いられて新約聖書のほぼ半分に当たる13巻の手紙を書いたパウロという人は、次のように書いています。

聖書のことば コリント人への手紙 第二 12章

12:9 ・・・主(神様)は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私(パウロ)は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。

12:10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

  今日の一日、ドーナッツの本体に目を向け、神様の豊かな恵みを数えつつ歩むことができますよう、お祈りいたします。

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