« 死海の話 | トップページ | 子どもに最善のものを贈る »

2007年1月 5日 (金)

奪うことができないもの

 尊敬するある宣教師さんが、次のように語ったことがあります。「教養とは、ある人に外から与えられるものではなく、その人から奪うことが出来ないものです。」

 確かにそうだと思いました。見せかけの教養は、人にひけらかしたり、知ったかぶりをするために用いられますが、難破して沈んでいく船にあって自分より弱い人のために救命ボートや救命道具を心静かにゆずることができるには、真に内面に根ざしているものがなくてはなりません。

 教養、志、信仰、そして奪うのではなくて自分を与えることができる愛・・・周囲の状況に左右されないで、困難なときにこそ静かに発揮される「外から奪うことができないもの」を自分の中に築く毎日でありたいと思います。

 聖書のことば 

いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。

マタイによる福音書 第16章25節

  一時的な楽しみ、自分だけを喜ばすことに時間を用いないで、静かに聖書を読み、神様に祈り、キリスト教会に足を運ぶ時間を人生の堅固な土台として据えたいと思います。

|

« 死海の話 | トップページ | 子どもに最善のものを贈る »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 奪うことができないもの:

« 死海の話 | トップページ | 子どもに最善のものを贈る »