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2007年1月28日 (日)

基本と応用

  私は理科系ではなくどちらかと言えば文化系ですが、小学時代に「月世界探検」などのSF物語を読んだり、中学生の時にセットを買ってきて天体望遠鏡を作ったり、高校1年の時にアマチュア無線のライセンスをとるなど、時々理科系へのあこがれをいだいた時期があります。

 そのなごりで、ウインドウズ以外のOSで動くパソコン・・・マッキントッシュや、和製マックと言われたタウンズというパソコン、そしてこれも和製の、そして志の高いOS、トロンプロジェクトの流れを汲む動きにも関心をもっています。いえ、もっていました。

 今は、車の仕組みはあまり分からなくても安全に運転できれば一般のドライバーはそれでいいのだから、パソコンに対しても、パソコンの仕組みはともあれ、それを使ってしたいことができるようになればそれでいいという構えになってきました。整備士になるのでなく、必要に応じて車を運転できればいいのですよね。

 それはともかく、パソコンを動かしているウインドウズの基本ソフトが五年と三か月ぶりに新しくなります。基本ソフト・・・OS(オペレーティング・システム)は、カレーで言うとルーにあたり、ワードや一太郎などのアプリケーション(応用)ソフトは、肉やジャガイモなどの具にあたります。

 OSが変わると、その中で動くソフトもいろいろな変容を迫られます。けれど、パソコンを使って人がしたいことは変わらないと思います。・・・あくまでも人がパソコンに使われるのでなく、人がパソコンを使うのであることを忘れないでいましょう。

 文章を書くことを例にとると、書くための機材はいろいろあります。鉛筆、ボールペン、万年筆、ワードや一太郎などのワープロソフトを活用する場合はキーボード・・・けれど一番もとになるのはそれぞれの人が何を書くのかということではないでしょうか。

  パソコンのいろいろな機能は、ほぼ開発されて飽和状態に達しかけているように思います。けれど、「このことを書きたい」というそれぞれの人の思い、願いは尽きることがありません。というか「私はこれを書きたい」「書かずにはいられない」ということがいつもわき出てくるような一日一日を生きられたらと思います。

聖書のことば  伝道者の書 第3章

3:11 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

3:12 私は知った。人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。

3:13 また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。

 インターネットは便利です。でも、パソコンを使わなくても神様に祈りを捧げることは、いつでもどこからでもできます。そのことの大きな恵みを改めて思います。

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