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2007年1月26日 (金)

プレッシャーの功罪

  いろいろな場面にプレッシャーはつきものです。でも、そんな中でも大きいプレッシャーがかかる例を考えてみたのですが、いかがでしょう。

 えっ、ただでさえプレッシャーがかかっているのに、ブログでまで、そんな記事、読みたくないよ、ですって・・・でも、まあ、おつきあいください。(

強引)

  まず、思い浮かべたのは、食中毒で入院している患者さんに食事を出す病院給食の担当者です。もし、そこで食中毒を出したら、何を言われるかわからないですよね。でも、私はそうした実例を聞いたことがないので、さすが、プロフェッショナルのわざだなあ、と敬服しています。

 それから、大音楽家、ピアニストを親や親類に持つ娘のピアノ教師として雇われた人・・・しかも、高名なその人たちがレッスンに立ち会ったようですから、よほどの自信がなくては務まりませんね。

 これは、仮の話ではなく、確かワーグナーの関係者をめぐって実際にあった状況なのです。

 でも、日本ではこうした場合「がんばれ」と声をかけるのですが、外国だとこういうそうです。「リラックス」・・・いい言葉です。

 昔の蒸気機関車は、車輪の空転を防ぐため、車体を重く作ってレールにしっかりと動力が伝わるようにしたのでそうです。プレッシャーも、地面に足がめり込むほどしっかりと地に着いた歩みをするのに役立つ面もあるかも知れませんね。

 聖書のことば サムエル記  第一 第17章

17:48 そのペリシテ人は、立ち上がり、ダビデを迎え撃とうと近づいて来た。ダビデもすばやく戦場を走って行き、ペリシテ人に立ち向かった。

17:49 ダビデは袋の中に手を差し入れ、石を一つ取り、石投げでそれを放ち、ペリシテ人の額を打った。石は額に食い込み、彼はうつぶせに倒れた。

17:50 こうしてダビデは、石投げと一つの石で、このペリシテ人に勝った。ダビデの手には、一振りの剣もなかったが、このペリシテ人を打ち殺してしまった。

 「ロッキー」というボクサーの映画の第何作かにロッキーの対戦相手がとても強大なので「ロッキーはまるで巨人ゴリヤテに立ち向かう少年ダビデのようです」とアナウンサーが放送する場面があります。その元になっているのがこの聖書の箇所です。

 神様がついておられるのですから、プレッシャーに負けず、安心して今日も前進しましょう。祈りはすぐには状況を変えないかも知れません。けれど、神様はその状況に立ち向かう私たちの構えを変えてくださいます。

 今日も神様に祈り、雄々しく歩む力を与えていただくことができますように。

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