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2007年1月 9日 (火)

とんち

  今日、1月9日は語呂合わせで一休さんの日なのだそうです。ご存じのように、一休さんはとんちを働かせる名人でした。あざやかなとんちには、深刻さやちょっとした対立を吹き飛ばすユーモアがあっていいものですね。

 ある議会での話です。コミュニティバスというのでしょうか、走るコースに公共施設を上手にとりいれて組み、北回り、南回りというように時間的な配慮もされて町民の足として工夫されたバスについて審議されていたときのことです。「子どもも大人も一回100円という料金案だけれど、子どもは半額に出来ないのか?」という質問に町長さんは次のように答えたそうです。

「子どもが大人の料金で乗るのではない。大人が子どもの料金で乗れるようにサービスして、同一料金にしているのだ。」

 一瞬静まった議場にやがて笑顔が広がり、料金案は可決されたそうです。

  さて、聖書にはソロモンという王様が神様に知恵をいただいてとても賢明な人であったことが書かれています。こういう場合はとんちというより叡智というのでしょうけれど。

 しかし、大いに栄えたそのソロモンも神様が創られた一つの花に及ばないと書かれているところをご紹介いたしましょう。

聖書のことば マタイによる福音書 第6章

6:24 だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。
6:25 だから、わたしはあなたがたに言います。自分のいのちのことで、何を食べようか、何を飲もうかと心配したり、また、からだのことで、何を着ようかと心配したりしてはいけません。いのちは食べ物よりたいせつなもの、からだは着物よりたいせつなものではありませんか。
6:26 空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。
6:27 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。
6:28 なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。
6:29 しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。
6:30 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。
6:31 そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。
6:32 こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。
6:33 だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。
6:34 だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。

  これは、明日以降の計画を立てるな、ということではありません。今日という日、その日を神様に信頼して精一杯に生きるということでいかがでしょうか。神様のお力添えがありますように心からお祈りいたします。

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