« はぐくむこと、春のごとし | トップページ | 聖書を書いたのは »

2007年3月15日 (木)

祝賀

  年齢が高くなると、記憶力に代わって忘却力が強まってきます。これを嘆かないで、いいことだけを覚えておき、覚えていてもあまりよくないことは・・・たとえば「いついつのとき、あの人はこんなことばで私を傷つけた」というようなことは、せっせと忘れてしまうことにすると世の中が明るくなってくるように思います。

 このところ、宮城谷昌光さんの『子産』を読んでいるのですが、たしか、一度は読んだはずなのに、とても新鮮に読めるのです。これも忘却力のもたらすプレゼントでしょう。

 さて、その中に、「祝」「賀」はどちらもいわうことだけれど、「賀」は、今日までにいたることをいわい、「祝」はこれからのことをいわうのだと書かれていました。

 漢字の世界の奥の深さに改めて目を開かれた思いがしました。

聖書のことば  イザヤ書 第43章13節

 永遠から永遠まで、わたしは神だ。 わたしが何かをしようと身構える時、その前に立ちはだかる者は一人もいない。」

 神様は、来し方行く末にわたって永遠から永遠まで神である方です。本当の意味で「祝賀」してくださる方です。

 この方に信頼して、今日も歩んでまいりましょう。

|

« はぐくむこと、春のごとし | トップページ | 聖書を書いたのは »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 祝賀:

« はぐくむこと、春のごとし | トップページ | 聖書を書いたのは »