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2007年3月 3日 (土)

給食

School_lunch_33  左の写真は、3月初めのある日の学校給食です。おいしそうでしょう。(写真をクリックしていただくと大きい画像で見ていただけます。)

 まんなかの絵のついた容器はデザートのゼリーです。ひし餅の形のゼリーは三段になっていて、三色・・・緑は大地、白は雪、ピンクは桃の花を表すのだそうです。

  学校給食に郷愁を感じる方もいて、学校の机と給食風のメニューを用意してお客に喜ばれているレストランもところによってはあるそうです。

  「きゅうしょく」の歴史の変遷を、「窮食」・「救食」・「求食」・「究食」などの漢字をあてて語る人もいますが、食料のとぼしい時代に給食が始まってからの移り変わりをよく表しているかもしれません。

聖書のことば  ルカによる福音書 第15章 放蕩息子のたとえ話をリビングバイブルという分かりやすく意訳した訳で掲載させていただきます。

15:11 イエスはもっとよく説明しようと、また別のたとえ話もなさいました。
「ある人に息子が二人いました。

15:12 ある日、弟のほうが出し抜けに、『お父さん。 あなたが亡くなってからじゃなく、今すぐ財産の分け前がほしいんだけどな。 だめですか』と言いだしたのです。 それで父親は、二人にそれぞれ財産を分けてやりました。

15:13 もらう物をもらうと、何日もたたないうちに、弟は荷物をまとめ、そそくさと遠い国に旅立ちました。 そこで放蕩に明け暮れ、全財産を使い果たしてしまいました。

15:14 一文なしになった時、その国に大ききんが起こり、食べる物にも事欠く有様でした。

15:15 それで、その地方のある農夫に頼み込み、畑で豚を飼う仕事をもらいました。

15:16 あまりのひもじさに、豚のえさのいなご豆さえ食べたいほどでしたが、だれも食べる物をくれません。

15:17 こんな毎日を送るうち、彼もやっと目が覚めました。 『あーあ、家なら雇い人にだって、あり余るほど食べ物があるだろうな……。 なのにおれときたら、なんてみじめなんだ。 こんなとこで飢え死にしかけてる。

15:18 そうだ。 家に帰ろう。 帰って、お父さんに頼もう。 「お父さん。 すみませんでした。 神様にも、お父さんにも、罪を犯してしまって……。

15:19 もう息子と呼ばれる資格はありません。 どうか、雇い人として使ってください。」』

15:20 決心がつくと、彼は父親のもとに帰って行きました。 ところが、家までは、まだ遠く離れていたというのに、父親は息子の姿を、いち早く見つけたのです。 『あれが帰って来た。 かわいそうに、あんな、みすぼらしいなりで……。』こう思うと、じっと待ってなどいられません。 走り寄ってぎゅっと抱きしめ、口づけしました。

15:21 『お父さん。 ごめんなさいっ! ぼくは神様にも、お父さんにも、取り返しのつかないことをしでかしました。 もう息子と呼ばれる資格はありません……。』

15:22 ところが父親は、使用人たちにこう言いつけたのです。 『さあさあ、何をぼやぼやしている。 一番よい服を出して、これに着せてやれ! 宝石のついた指輪も、くつもだ。

15:23 あっ、それから、肥えた子牛を料理して、盛大な祝宴の用意も忘れんようにな。

15:24 死んだものとあきらめていた息子が生き返り、行方の知れなかった息子が帰って来たのだから。』こうして、祝宴が始まりました。

15:25 ところで、兄のほうはどうでしょう。 その日も畑で働いていました。 家に戻ってみると、何やら楽しげな踊りの音楽が聞こえます。

15:26 いったい何事かと、使用人の一人に尋ねると、

15:27 『弟さんが帰られたのでございますよ。 だんな様は、たいへんなお喜びで、肥えた子牛を料理し、ご無事を祝う宴会を開いておられるのです』と言うではありませんか。

15:28 事情を聞くと、無性に腹が立ってきました。 中に入るのさえしゃくにさわります。 父親が出て来て、いろいろとなだめてみました。

15:29 それでも気持ちはおさまりません。 『私はこれまで、お父さんのために汗水流して働いてきたんですよ。 言いつけにだって、ただの一度もそむいたことはありません。 なのに、友達と宴会を開けと言って、子やぎ一匹くれたことがありますか。

15:30 ところが、女にうつつを抜かし、あなたのお金を使い果たした弟のやつには、最上の子牛を料理して、お祭り騒ぎをするんですか』と、食ってかかりました。

15:31 すると父親は言いました。 『いいか、よく聞きなさい。 おまえはいつだって、私のそばにいたじゃないか。 私のものは全部おまえのものだ。

15:32 だがな、考えてもみな。 あれはおまえの弟なんだよ。 死んだと思ってあきらめていたのに、無事に帰って来たんじゃないか。 いなくなっていたのが見つかったんだから、お祝いするのはあたりまえじゃないか。』」

 このたとえ話の父親は、神様のことです。さて、あなたは、この話に出てくる弟のようでしょうか、兄のようでしょうか。 このたとえ話の説き明かしはなかなか興味深いので、キリスト教会の牧師さんのところを訪れてお話をうかがうことをお勧めいたします。

 

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コメント

おお!
給食おいしそうじゃないですか!
うちの上司があの近辺で
「大衆的な定食の食べれる店」を探しています。

もし、400円~500円(本音は380円がいいのですが)で給食を一般のものに提供していただけるサービスをはじめたら、とっても繁盛しそうですね。

投稿: 有加 | 2007年3月 4日 (日) 00時07分

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