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2007年5月26日 (土)

「啓発」と孔子

 これも昨日掲載の記事で紹介させていただいた『この一冊で中国古典がわかる!』の一節なのです・・・

  しばらく前まで使われていた「啓蒙」が相手より上に立って「教化してやる」というニュアンスが感じられるということから用いるのがひかえられるようになりました。

  代わって登場したのが「啓発」ということばですが、そのもとになっているのが、論語のことばだそうです。

 「子曰く、憤(ふん)せずんば啓(けい)せず、悱(ひ)せずんば発(はっ)せず。一隅を挙げて三隅を以て反(かえ)らざれば、即(すなわ)ち復(また)せざるなり」

 憤(ふん)・・・気持ちが盛り上がってくること

 悱(ひ)・・・ことばが口もとまで出かかっている状態

  上の文の意味は、相手の気持ちが盛り上がって来なかったら、手を貸してやらない。相手のことばが口もとから出かかっているのでなかったら、助け舟は出してやらない。一つの隅を示しただけで他の三つの隅にも鋭く類推を働かせるようでなかったら、それ以上の指導は差し控える。・・・

 「啓」「発」も、中に隠れているものを、開いて外に出してやること、だそうで、ここから啓発ということばが生まれたのだということです。

  本人のやる気、前向きに一所懸命学ぶことが教えるときの前提であるということで、あまりにも親切すぎる教え方は却って相手を受け身にし、ひよわな学び手にしてしまうことにもなります。

 うーむ・・・実際には見極めが難しいところがありますが、奥の深い構えですね。

 さて、明日は日曜日、キリスト教会にお出かけになれますように。

 これも、神様がお一人お一人の内に願いを起こさせてくださるときがあると思いつつお祈りしております。 

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