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2007年5月30日 (水)

野菜作り

  家庭菜園と呼べるほどのものではありませんが、我が家の一角に野菜が生長しています。

 すでに実を供給してくれているのがイチゴ・・・朝の収穫は、小柄な数粒でもとても豊かな思いにしてくれます。

 このほか、シシトウ、そして苗をくださった方がいて、ナスとミニトマトが加わりました。ナスは花を咲かせたら必ず実を結ぶということでしょうか、「親の教えと茄子びの花は千に一つのはずれなし」ということばを教えていただきました。「万に一つのはずれなし」とおっしゃるかたもあります。

 「菊のこやしは主(ぬし)の足音」とも、「菊には、お米という字が入っている。やはり八十八回といわずに、とにかく足繁く世話をすることが大切」とも耳にします。

 土に馴染んで根気よく作物の声を聴きながら世話をする・・・その内に養い、育てられているのは野菜ではなく、実は自分のほうだったと気がつくことになるのかもしれません。

 児童の権利条約の根幹の精神は「すべての大人は子どもに最善のものを贈る義務を負う」ということばだそうです。

 学校に限らず、家庭・地域において、すべての大人が子どもたちをいつくしんで育てるとき、実は、育てられ、支えられているのは自分たち大人のほうだったということが実感できるようになるのではないか・・・そんなことも思います。

聖書のことば   ガラテヤ人への手紙 第6章 9節

  正しい行ないをすることに疲れ果ててしまわないようにしましょう。 失望せず、あきらめずにいれば、やがて祝福を刈り取る日が来るからです。

 聖書には、人は蒔いた種にしたがって、その実を刈り取ることになるとも書かれています。

 今日という日、神様と自分の心に恥じない種を蒔くことができますように。

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