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2007年5月12日 (土)

ナイチンゲールの誕生日

 5月12日はナイチンゲール・デー・・・「赤十字の母」と呼ばれるフローレンス・ナイチンゲールが、1820年に誕生したことを記念し、赤十字社が制定・・・そして、出来事としては1898年のこの日、キュリー夫人がラジウムを発見したのだそうです。

  このことにちなんで「偉大な女性たち」と見出しをつけようかと思いましたが、「赤十字の父」アンリ・デュナン、そしてピエール・キュリーというご主人の存在も思い浮かべて、女性を強調することをひかえることにいたしました。

 これは、ことさら強調しないことでより平等に、あるいは対等にということを考えたからですが、けれど、当時の社会が女性が社会的に何かを為すことに男性と同じように道が開かれていたかどうかを考えると、敬服に値することだと思わないわけではありません。

  男性と女性は、理解し合い、敬意を払い合いつつ、よきパートナーとして家庭でも、社会でも力を合わせて歩んでいくべき存在だと思います。

聖書のことば  創世記 第2章

 地のあちこちから泉がわき出て、全地を潤していました。やがて神様が人間を造る時がきました。 まず、地のちりで体を造り上げ、それにいのちの息を吹き込んだのです。 そこで人は、生きた人格をもつ者となりました。
 それから神様は、東の方のエデンに園をつくり、そこに人を住まわせました。
  園には、あらゆる種類の美しい木が植えられています。 どれもこれも、おいしい実をつける木ばかりです。 園の中央には、「いのちの木」と、「善悪を判断する力のつく木」とがありました。
  さて、エデンの地からは一つの川が流れ出て園を潤し、それはやがて四つの流れに分かれるのでした。
  その一つピション川は、ハビラ地方全域を蛇行していました。 その地方からは、純度の高い金と美しいブドラフ(香りのよい樹脂を出す木)や、しまめのうが採れます。
  第二の川はギホンと呼ばれ、クシュの全域を流れる川です。
  第三がティグリス川で、アシュルの町の東側を流れていました。 そして第四がユーフラテス川です。
  神様は、人をエデンの園の番人にし、その管理を任せました。
ただし、一つだけきびしい注意がありました。 「園の果物はどれでも食べてかまわない。 だが『善悪を判断する力のつく木』の実だけは絶対にいけない。 それを食べると、正しいこととまちがったこと、よいことと悪いことの区別について、自分勝手な判断を下すようになるからだ。そんなことになったら、必ず死ぬ。」
 ところで、神様はこう考えました。 「どうも人が一人でいるのはよくない。 彼を助ける者がいなくては。」
  そこで、土からあらゆる種類の動物と鳥を造り、アダムのところへ連れて来て、名前をつけさせました。 それぞれみな、アダムがつけたとおりの名前をもらいましたが、アダムの助けになるようなものは見あたりません。

  そこでアダムをぐっすり眠らせ、その体から肋骨を一本取り出すことにしました。 取ったあとをきちんとふさぐと、
その骨で女を造り、彼のところへ連れて来ました。
「ああ、これならぴったりです!」 アダムは思わず叫びました。 「まさに私の半身です。 そうだ、『男』から造ったのだから、『女』と呼ぶことにしますよ(一種の語呂合わせ。ヘブル語では男をイーシュ、女をイシャーと言う)。」
人が両親のもとを離れて妻と結ばれ、二人が一体となるのは、こうした背景があるからです。

  創世記は、66の書物から成る聖書の一番最初に位置しており、天地創造から書き起こされています。

  創造論か、進化論かという課題については私にお答えする力はありませんけれど、上に紹介した聖書の記述は学術書として書かれているのではないことは確かです。

  大きな課題に対しては、性急に結論を出さないで時間をかけて取りくみ続けることが大切です。

  宇宙や生命の誕生について創造論、進化論それぞれがどう考えているのか、今、世界ではそれぞれの考え方についてどんな議論があり、いろいろな国の教科書はどうなっているのかなど、解決済みではなく、進行中といってよいかと思います。

  聖書に書かれていることは非科学的、と一笑に付すことは、それこそ科学的に公正な態度とは言えないのです。たくさんの科学者が、その学んだところを通じてクリスチャンになりました。

  クリスチャンであった人が、科学を学ぶにつれ、聖書から遠ざかった例もあるのかもしれません。

 けれど、大切なのは「こういう例があるから」ということではなく、あなた自身が、聖書を読み、科学を学んでどう結論を出すかということではないでしょうか。

  その意味からも、お近くのキリスト教会に足を運ばれることをお勧めいたします。

  ナイチンゲールから書き始めてこういう展開になろうとは、私自身思っていませんでした。こうした書き手の文章にここまで忍耐強くつきあってくださって、本当にありがとうございます。

  今日も、神様が一人一人の歩みを、光で照らして導いてくださいまうように。

  

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