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2007年7月30日 (月)

ほぐされる心

 孫娘が飛び立って行ってしまいました。セントレア空港から、文字通りに・・・。

 老人が孫としばらく暮らす内に、心がほぐされて、生活にいきいきとした前向きの心で向かうようになる物語がいくつか思い浮かびます。皆様もきっとご存じですよね。

 「アルプスの少女」・・・ハイジとアルムの村のおじいさん、「小公子」ではセドリックと気むずかしい貴族の祖父・・・いずれも、かたくなで孤独な生き方をしていた祖父が、孫娘に心をほぐされるのです。

 えっ、私ですか・・・心をほぐされて、まるでマッサージをほどこされたみたいな状態かって?うーん、それなら活力が湧くのですが、何だか、それを通り越して骨抜きになったような・・・。

 そうそう、先に挙げた物語とは少し趣をことにする『サイラス・マーナー』をご紹介して私から皆様の目をそらしている内に回復を図るといたしましょう。

『サイラス・マーナー』George Eliot 1819~80 本名:メアリー・アン・エバンズ。19世紀イギリス文学を代表する作家。

あらすじ

 職工のサイラス・マーナーは信じていた親友に裏切られ、婚約者も彼に奪われて、神を疑いながら生まれ故郷を後にします。
落ち着いた先のラヴィロウでは隣人との付き合いもせず、ただ一途に仕事に打ち込み、その結果として貯まっていく金貨を毎晩眺めることだけがマーナーの喜びとなっていました。
しかし、ある晩その大事に貯めておいた金貨を根こそぎ盗まれるという事件が起きます。呆然と座り込んだままのマーナーの元によちよち歩いて現れたのは、金貨が姿を変えたような金髪の巻き毛をもつ幼い子供でした。
母親を失ったその女の子エピーを神からの授かりものとし、自分の手で育てることを決心したマーナーの生活は、それまでと一変します。
信仰や人との関わりを捨てていたマーナーが、幼い娘エピーを得ることによって再び人間らしい生活を取り戻していくというストーリィ。

これだけ気持ち良く読め、そして感動に浸れる作品は、そうあるものではありません。余計な装飾や無駄なストーリィを置かず、人間社会のありのままの姿を描いているからでしょう。そうした意味でとても完成度の高い作品。
地主の
カス家の人間たち、村の居酒屋に集う村人たち、本書における役割の軽重はあっても、どの登場人物も等距離で現実そのままに描き出した点で見事なものです。それは、主人公であるサイラス・マーナー、一方の重要人物であるゴドフリー・カスにしてもそれは変わりません。
圧巻は、ゴドフリー・カスとナンシー夫妻がエピーを引き取ろうとマーナーの家を訪れた場面。エピーを含めての4者の対峙は、単に綺麗ごとに終わらず、かといって一方を悪玉と作為的に語ることもありません。サイラスとエピーとの間に結ばれた愛情の強さ、いたわりと思いやり、上流階級の人間である故のゴドフリーの身勝手さ、その間に立つナンシーの気遣いと、4人の人物ありのままの姿を映し出したものとして、これ以上の場面はありません。
ひとりの女性作家が、このような小説世界を展開せしめたこと、それも近代小説初期の段階であることに、驚嘆の念を抱かずにはいられません。
気持ちよく感動できる名作、お薦めしたい一冊です。

http://www.asahi-net.or.jp/~WF3R-SG/nt2eliot.html

 上記のURLから転載させていただきました。なお、この作家はジョージ・エリオットというペンネームを用いて長年、女性であることを隠した謎の存在だったのだそうです。

 それでは、さびしさから立ち直って、またお目にかかりまーす (^_^)

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コメント

朝 出勤前にブログを読むのを楽しみにしています。今朝メッセージがなかったのでお疲れに成られゆっくりお休みと思っていましたが天使の去ったあとがかくもお淋しいことなのかを知りました。毎日孫達と過ごしている私にはわかりませんが1人暮らしをしていた私の母が晩年お盆に子や孫が集まり楽しく賑やかに過ごし帰ったあとのなんともやりきれない気持ちを訴えてきて私を困らせたことをおもいだしました。それから1年もしないうちに我が家へ引き取りアルツファイマーも手伝い晩年はそれが理解できない娘(私)のもとですごしました。この件も今思い出せば反省ばかりです。     やさしい奥様と一層仲良くお過ごしくださいませ。

投稿: 美登子 | 2007年7月30日 (月) 19時45分

 なんとも痛々しい文面で、かける言葉がありませんが、喪失体験豊富な私の存在が、何かの励ましになるでしょうか?
 「人間は裸で生まれてきて、裸でかしこに帰っていく。(何も所有することはできない)」という聖書の言葉を引用しても、「それでも寂しいものは寂しい。」という答えが返ってきそうです。
 多分そのうちに普通の生活に戻ると思いますけど、気持ちがふさいだり、何もやる気が起きなかったり、食欲が無くなり眠れなくなりますと病気ですので、早めに治療しなければなりません。
 まあ、そんなことは無いと思いますけど、一応健康第一ということで。

投稿: 小島 | 2007年7月30日 (月) 16時13分

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