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2007年7月18日 (水)

ヨナ書 第四章

 さあ、いよいよ、ヨナ書の第四章(最終章)です。えっ、聖書の引用でブログを進め、四日間、ムーミンパパは何をしていたのかですって・・・うーむ、鋭いお尋ねですね・・・ひとあし早い夏休み、ということにさせていただきましょうか。それは、ともかく、さあ、ヨナ書のフィナーレです。

ヨナ書 第四章 (リビングバイブルによる)

4:1 この計画変更に、ヨナはひどく腹を立て、
4:2 神様に文句を言ったのです。 「神様、やっぱり、こんなふうになさったんですね。 最初からわかっていましたよ。 国でニネベへ行けと言われた時、こうなると思ったのです。 それで、タルシシュへ逃げたのです。 神様が恵み深く、あわれみに富み、なかなかお怒りにならず、思いやりのあるお方であることを知っていましたからね。 この人々を滅ぼす計画さえ、いとも簡単に取りやめてしまわれるって、わかっていたんですよ。
4:3 ああ神様、私なんか殺してください! 〔私の語ったことが嘘になったのですから〕、死んだほうがましです。」
4:4 すると、神様はお語りになりました。 「なんで腹を立てるのか。」
4:5 ヨナは町から出て行き、ふくれっ面をして、町の東のはずれに腰をおろしました。 そこに木の葉で日よけ小屋を作り、町がどうなるかを見きわめるつもりだったのです。
4:6 ところが、葉っぱが暑さで枯れてしまったので、神様は急いでつる草を生えさせ、大きな葉で日をさえぎってくださいました。 おかげで居心地がよくなり、ヨナは大喜びでした。
4:7 ところが、神様は一匹の虫をも用意しておられました。 翌朝、その虫が茎を食いちぎると、草は見る間に枯れてしまったのです。
4:8 太陽がのぼって暑くなると、神様は焼けつくような東風を吹きつけさせました。 太陽が頭にじりじり照りつけます。 ヨナはすっかりまいってしまい、死にたいと思いました。 「こんな思いをするくらいなら、死んだほうがましだ。」 とうとう、彼は叫んだのです。
4:9 神様はヨナにお語りになりました。 「この草が枯れたことを怒るのは、正しいことだろうか。」 / 「もちろんです。 死ぬほど怒って当然です。」
4:10 「おまえは、苦労してつくったのでもない日陰がなくなっただけで、そんなにも嘆いている。 あんな草はもともと、はかない命しかないものだ。
4:11 だったら、わたしが、このニネベのように大きな町を惜しむ気持ちが、どうしてわからないのか。 そこには、事の善悪をわきまえない十二万もの人々と、たくさんの家畜がいるのだ。」

    ◇  ○  □  ☆  □  ○  ◇

  四日間にわたってヨナ書を掲載させていただきました。もし、よろしければ、第一章から読み返していただけるとヨナ書全体をご理解いただけるのではないかと思います。聖書全66巻にはこういう書もあるのだなと聖書への関心を強めていただけたら、とても嬉しく思います。

  もし、このブログを読んでくださる方で、学生さんなど、夏休みに入る方がおありでしたら、ぜひ、夏休みの日課の一つに聖書通読を組み入れてくださると、たいへん嬉しいです。

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コメント

 台風・地震の被害に、遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。                                   
 車・クーラーなど、便利・快適があたりまえの様な生活している私達に、
神様が何かメッセージを下さっている様な気が、とてもします。

投稿: よこ | 2007年7月19日 (木) 01時04分

 神の御心を避けて、逃げ回るものの、結局つかまってしまうヨナ。我々不信仰なものたちも、しょちゅう行っているような失敗だと思います。信じ、従うことが基本と知りつつも、つい自分勝手にやってしまう。人間は残念ながら、本来神に逆らう性質(原罪)を持っており、私も例外なくこうした失敗を繰り返す毎日です。
 最後には、自然に生えたとうごまが枯れたことにさえ腹を立てるヨナは、そんな人間の自己中心をよく表現していると思います。ヨナには、自分の保身や預言者としての名誉しか関心が無いようですが、神様の目には、まさに失われようとしているニネベに住む、数万の民の姿が見えるわけです。霊的盲目とは、どんなことなのかを考えさせられます。
 

投稿: 小島 | 2007年7月18日 (水) 09時06分

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