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2007年7月12日 (木)

真珠

 1893年(明治26年)の7月11日に御木本幸吉夫妻が初めて真珠の養殖に成功したのだそうです。『今日は何の日』四訂版PHP研究所編・1100円

 このときは、半円真珠だったそうですが、1905年に真円真珠を作り出すことに成功する道が開かれる布石となったとのことです。

 真珠は人魚の涙と呼ばれたりしますけれど、あの美しい真珠は小さな貝が文字通り、産みの苦しみを経て形成するのだそうですね。

聖書のことば ガラテヤ書 第4章  19節

  あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私(パウロ)は再びあなたがたのために産みの苦しみをしています。

  パウロという人は、その人生においてイエス・キリストと出会うまでは、クリスチャンを迫害する人でした、その彼が命懸けでイエス・キリストを述べ伝えるようになり、殉教するまでに、パウロは神様に用いられて新約聖書の約半分に当たる十三の書を書きました。その一つ、ローマ人への手紙、第5章に、パウロはこのように書いています。

「信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。
またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。
そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです」。

  わたしたちの人生にも、日々、苦しみがあります。けれど、うちひしがて下を向くのでなく、まなざしを高いところにあげて、鍛え上げられた希望をもって歩んでまいりましょう。

  その歩みによって、それぞれの人生が、それぞれかけがえのない真珠以上の光を放つことになるのです。

 このブログでも何回かご紹介させていただいている聖書のことばがあります、

  わたし(神様)の目には、あなたは高価で尊い。 / わたしはあなたを愛している。  イザヤ書第43章4節

 今日という日、上の聖書のことばに出てくる「あなた」が、まさにあなたご自身に対して語られていることを確信し、神様の愛を感じつつ歩むことができる日となりますように。

 

 

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コメント

 自分にとって、不都合なこと、望ましくないことが起こった時、人はそれを、試練とか不幸とか呼びます。
 私も、このような望ましくない出来事に見舞われつづけ、苦しんでおります。ただ、最近思いますのは、このような不幸の原因は自分自身の思考行動様式と深い関係があるのではないか?原因を自分自身で作り出し、さも運が悪いように思い込んでいるのではないか?ということです。
 そういう場合、徹底して自分の思考行動様式を反省し、矯正するか、同様な失敗を繰り返し、貴重な時間やチャンスを失っていくか、はその人の考え方や意思次第となります。
 不幸や試練の原因は、自分にあることもあり、単なる偶然のことも在るでしょうが、そういった出来事にどう反応するかが、その後の自分自身の立ち直りに大きな影響を及ぼすということを、この年になって、考えるようになりました。時すでに遅しですが、まだ人生が半分も残っているとプラスに思考するよう頑張りたいものです。

投稿: こじま | 2007年7月12日 (木) 11時41分

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