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2007年8月 4日 (土)

夏休みの大学

 夏休みに入って、岐阜大学では理科の公開講座とか、教員になって6年目、12年目のかたの研修とか、教職の上級免許取得のための認定講習などが連日行われています。

 一昨日はオープンキャンパスという催しが行われました。オープンキャンパスというのは、主として受験生を対象に岐阜大学とはどんなところかを学内の見学と、各学科で学ぶ内容などの説明会を通して知ってもらおうという企画です。

 参加者が夢や希望を書いて貼り付ける「やる木・・・」というボードも用意されていて、「岐大に入って先生になる!」とか「来年は学生としてここに来られるように勉強に励む!」とか「医学部に合格してよき医師になる!」「学問と恋愛、両方実現」などなどの願い・決意が貼られていました。

 中には「ダイエット!」というのもありました。きっと質の高い勉強を長時間持続できる体を作って合格を目指すということだろうと拡大解釈をする私に、世話係の学生が「夢」ということでしょうねと優しくフォローしておりました。

 心を打たれたのは、大学前のバス停で下りる参加者を「受付まで案内します」というプラカードを掲げた学生が先導したり、具体的な質問に答えるコーナーを設けて熱心に応対していたことです。

 ボランティアの訳語として「勤労奉仕」などが上げられますが、私が最も心をひかれ、これが最適ではないかと思っているのは「善意の意志」という訳語です。

  他者、未来の後輩のために無償の働きをする学生たちの笑顔に何だか無性に嬉しくなって帰途に着いた一昨日の私でありました。

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コメント

 大学はかつては非常に不親切なところであり、予定の変更なども掲示板に小さい紙がはってあるだけとか、慣れるまでにずいぶん苦労した覚えがあります。
 国立大学も独立法人化されて、企業努力をしないと生き残れない時代になっています。なぜこんなに授業料が高いのか?なぜ休講が多いのか?なぜ休みがこんなにあるのか?なぜ講義はこんなにつまらないか?など随分批判がありました。
 入るのは大変で、入学後はレジャーランドとも言われる日本の大学。残念ながら研究のレベルも、学生の学力も先進国では最低レベルです。社会人になって通用する人材が育っていないという点も、深刻な状態と言われています。世界に通用する視点での改革が望まれます。

投稿: 小島 | 2007年8月 5日 (日) 02時16分

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