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2007年8月 7日 (火)

「ノーモア」と「リメンバー」

  広島平和公園からのテレビ中継を見終わったところです。小学6年生の平和の誓い、心を打たれました。何と堂々としていたことでしょう。

 チャップリンの映画「独裁者」の最後にある演説も心に残りますが、現実に生きている子どもたちの、「過去の人は救えませんが、未来の人は救えます」ということばには、力強さがありました。

 広島市長の著に「ノーモア・ヒロシマ」と「リメンバー・パールハーバー」について述べた文章があったと思います。 悲惨な苦しみ・・・それが重く、大きいものであればあるほど、もう、このような悲しみ、苦しみを誰にも味わわせてはならないのだとの決意を強め、そのための具体的な呼びかけ、働きかけを積み重ねてきたことを真摯に受けとめ、自分自身の思い、生き方につないでいきたいと思いました。

聖書のことば   マタイによる福音書 第5章 9節

  平和をつくり出そうとしている人は幸福です。 そういう人は神の子供と呼ばれるからです。

  私の両親は飛騨の古川で終戦を迎えました。両親は広島県の出身ということもあり、私にとっても8月6日は平和への思いを強くする日となっています。

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コメント

 先日NHKのアーカイブスという番組で、被爆したアメリカ兵、の話が放送されていました。戦闘機から脱出した時、捕虜となった5人ほどの米兵が、広島市で被爆し、数日間苦しんだ後、自分が何の病気か分からず、日本兵に助けを求めつつ死んでいったそうです。皆、将来のある10代の若者でした。
 彼らの遺品や、米軍の記録から、終戦後30年ほどしてから、アメリカに住む、家族を尋ねますと、米軍からは行方不明の連絡があっただけであり、年老いた両親が事実を知り、嘆き怒り狂う場面がありました。
 家庭にはいつまでも帰ってこない息子の写真が飾られており、やさしい笑顔をたたえる青年の姿からは、戦場の殺戮や、無残な死に際は考え難いものなのですが、それが戦争の事実であり、アメリカの農村部にあるどこにもありそうな平和な家庭を襲った原爆の被害なのです。
 今現在でもイラクでは同様な悲劇が起きています。国家の権力者は自己の利害を超えた、真の意味での人間の尊重というものを考えるべきですし、偏見なしの事実による教育もなされるべきだと思います。

投稿: 小島 | 2007年8月 7日 (火) 04時10分

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