« そろばんとコンピュータ | トップページ | 帽子と心臓 »

2007年8月 9日 (木)

創造・継続のエネルギー

  かつて同じ学校に勤めた先輩から美術展の案内をいただきました。他にも毎年個展を開き、案内をくださる方がおられます。

  懸命に仕事をしながら、時間を生み出して作品を創出し続ける方のエネルギーには脱帽の他ありません。これは、時間があるから出来るということではなく、作品に向かわずにはいられない強い生命力と意志が脈々とその方たちの人生に流れていることのあらわれ(表れ・現れ)だと思います。

  俳句や短歌の会を主宰したり、そうした会に所属して十年を超える歳月、毎月、句作・短歌作りを重ねておられる方もおられます。近所には、身を削るようにして作品を仕上げておられる書家もおられます。

  私は、何か一つのことに骨身を削るということに自分をおこうとしない性質の持ち主のようです。(体重は削りたいけれど、食事を抜こうとは思いません・・・)

  ご近所の書家に習字を習いに通っている数学科の先生がおられますが、私は、もし習いに行くと「こんな字で、よくぞ国語の教師を務められましたね」とお叱りを受けそうで、そのお家のそばは、早足で通ることにしているほどです。(ちょっと誇張がありますけれど。)

 ゴルフの中島プロ(クリスチャンです)は、ダンプカー数台分のゴルフボールを打つと、ある程度、つかめてくるものがある、と語っておられます。

  質の高まりは、まずは理屈ぬきでその世界に浸るところから生まれてくるようです。

  とにかく、何かに夢中になれるということ自体がすばらしいですね。このブログを読んでくださっているあなたは、いかがでしょうか。

 うーむ、そういえば、私にも一日に何時間も卓球に打ち込んだ中学・高校時代がありましたし、今でも興の乗った本は、かなりの時間読み続けます。このところ、ピアノに一時間以上向かう日が続いてもいます。

  絵画や彫刻、俳句や短歌のような作品には仕上がらなくても何か、時間を忘れて打ち込めるものを大切にしたいと思う今日の私です。

 今日、8月9日さん・・・花火を買おうとして鵜飼い見物の舟から落ちたり、わんこそばのそばは、2メートルほど離れている障子の隙間から投げ込まれるのだと思いこんでいたり、海に沈む夕日を友だちと眺め、感激のおももちで「明日の朝、あの海から昇る朝日を一緒に見ましょうね」と呼びかけて、周囲が沈黙・・・「あのね、徹子さん、太陽は沈んだところからは昇らないのよ」と諭されても納得できなかったりする、黒柳徹子さんの誕生日だそうです。

  若々しさ、好奇心の旺盛さ、そして国連の働きもなさっている前向きの行動力を見習いたく思います。(生活年齢としては、私のほうがしっかりと若いのですけれど・・・)  

|

« そろばんとコンピュータ | トップページ | 帽子と心臓 »

コメント

 人間をある行動に駆り立てるエネルギーは、情熱や怒りと言った感情的な力がもとになっていると聞いたことがあります。スポーツ選手であれば、勝ちたいとか、トップの成績を維持したいとか。芸術家であれば、自分の作品が最高のレベルでありたいとか、そういうもののようです。 
 そうしますと、ある種現状に満足してしまいますと、これ以上いいものを創ろう、一層高いレベルを目指そうということは無くなってしまいます。
 ホイットニーとかいう詩人が、「冬の寒さに凍えたものしか、春の暖かさは分からない。」ということを言いましたが、不思議とどん底の後に次の目標が現れるようです。

投稿: 小島 | 2007年8月 9日 (木) 08時34分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 創造・継続のエネルギー:

« そろばんとコンピュータ | トップページ | 帽子と心臓 »