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2007年8月28日 (火)

テレビの民間放送開始日

  1953年(昭和28年)の8月28日の午前11時20分から、日本テレビが民放第一号としてテレビ放送を開始したとのこと。NHKはこの年の2月からテレビ放送を始めていたそうです。

  昭和28年といえば、私が小学校に入学した年です。電気屋さんの店先にちょっと高いテレビコーナーが設けられ、柳家金語楼などが出演していたゼスチャーや、力道山のプロレスの試合などを大人に混じって見たのはもう少し後になってからだったような気がします。

 最初のテレビコマーシャルは、時計メーカーの正午の時報だったそうですが、フィルムを裏返しにかけてしまって、3秒ほどしか放送されなかったとか。何事も初めのうちは要領が分からなくて、失敗はつきものなのですね。

 文豪ゲーテが1749年のこの日に生まれているとのことです。礼儀を重んじた彼は、そういうことに苦手な面のあったベートーベンとは、おりあいがあまりよくなかったとか。シューベルトがゲーテの詩につけた歌をゲーテが聴いて感激したのは、シューベルトが亡くなった後のことだったと読んだことがあります。同じ時代に生きてもなかなかめぐり会えない人たち、友だちになれない偉大な人たちというのはあるものですね。

  それだけに、私たちはよき人とのめぐり逢いを人生の宝物として大切にしたいものです。

聖書のことば  箴言 27章 17節

  鉄は鉄をとぐ、そのように人はその友の顔をとぐ。

  ピアノの詩人と呼ばれるショパンは、ピアノの鬼人と呼ばれることもあるリストと出会い、二人はよき友人となったようです。

 先日、滝廉太郎と土井晩翠のことを書きましたが、島崎藤村が仙台での教師時代に土井晩翠と知り合い、その後、音楽学校で滝廉太郎と出会って土井晩翠を紹介し、「荒城の月」が生まれることとなったそうです。ただし、この二人が実際に顔を合わせたのは、後にロンドンにおいてだったということのようで、不思議な気がいたしますね。

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コメント

 友達や人間関係について、最近こんなことを考えます。病気が長引いて、我ながら「自分など死んだほうが良い。」と思っていたことがありました。ただ、もし仮に自分がこの世から消えた場合、残された人たちにどのような影響を与えるか?ということをまじめに考えますと、決して自分ひとりで済むことではない訳です。葬式一つにしても、親族には多大な迷惑がかかるでしょう。
 畳の大きさくらいのパズルを見たことがありますが、一つ一つのピースは些細なものですが、いくらか足りないだけで、絵としては完成しませんし、見た目も不十分です。またそれぞれが、周りのピースとの関係で成り立っています。一人の人間の存在感と言うのは、そういうものなのか、などと考えたりしております。

投稿: 小島 | 2007年8月29日 (水) 00時00分

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