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2007年9月17日 (月)

同じ列車の旅人たち

 自分が中学生の時の同窓会が、前回好評だったので、数か月というほども日を置かず、開催されました。

 同じ中学校で生活したのに、それぞれだけが知っている情報というのがあるもので、それが数時間、語り合っていると「えっ、そんなことがあったのか。」という話として出てくることがあるのです。

 そうですね、万年雪に覆われていた落とし物が雪解けで突然現れてくるような感じといったらよいでしょうか。 

 親を介護して、看取った話、自分の大病、仕事で苦労したこと、子や孫の話などが、座を暗くしない配慮をもって語られ、尽きるところがありません。

 総じて、よき同窓生と一度きりの中学時代をすごしたのだということが改めて感じられる時間でした。・・・前回の例でいうと、まだ続行している人たちがいるので、現在進行形で言わなければいけないかもしれませんが。

聖書のことば  箴言 第17章 17節

  友はどんなときにも愛するものだ。 / 兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。

 芥川龍之介の『杜子春』には、お金を持っていて気前よくふるまうときだけの見せかけの友が描かれていますし、兄弟であるがゆえに、他人よりも壮絶な争いをする場合が往々にしてあることを私たちは新聞などで耳にします。

 人は、弱い存在です。けれど、神様に一人一人がつながっている歩みをするなら、きっと上の聖書のことばのように、真の友、よき兄弟で在り続けることができます。

 今日もよき日となりますように。

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