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2007年9月16日 (日)

ピアノの調律

  ピアノの調律をしていただきました。記録カードによると、何と前回から15年の歳月が過ぎておりました。

 ただ、ギターの弦などもそうですが、弦は新しい内は伸びるので調律をこまめにし、ある程度年数が経つと、弦が弦であることに気がつくのか、音の高さが安定してきますので、調律回数も少なくてよくなるようです。そうであるにしても、15年は感覚がありすぎかなと反省しました。

  調律師さんは、前回と同じ方をお願いしました。熱心に研鑽を積んでおられ、腕の確かな方なので、名前も覚えていたのです。

  その調律師さんについて二つ発見がありました。一つは、その調律師さんは、私が以前勤務したことのある学校の保護者であること、もう一つは、我が家のピアノと同年齢だということです。

  それは、ともかく、我が家のピアノは経年変化(人間でいうと老化)が比較的少なく、部品の取り替え修理などをほとんどしなくてよいことがわかり、嬉しく思いました。

  ピアノの部屋にはクーラーを付けず、夏も冬も急激な室温変化がなく、結露を防ぐことが出来たこと、家内が天気のよい日には、ピアノの上部のふたを開けるなど、心を配っていてくれたおかげだと思います。

  もし、音の高さが正常でないピアノに向かって熱心に練習していたら、練習すればするほど耳の精度が悪くなり、心も曇ってくるのではないかと思います。ピアノに限らず、物も人も最高の状態に保つことの大切さを改めて思います。

 ピアノのことで学んだ日常のメンテナンスの大切さをほかのことにも生かして、ベストコンディションを保つことを大事にしたいと思います。

 物だけでなく、体についても・・・。

 今日は日曜日 ・・・ キリスト教会で聖書に基づくメッセージを聞くことは、生き方や魂の調律の機会であると言えるかもしれません。行くことの出来る方は、礼拝に出席することをお勧めいたします。

 聖書のことば   伝道者の書 第12章 1節

  あなたの若い日に、あなたの創造者(神)を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。

 それでは、よき一日となりますように。

 

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コメント

 野球の例で申し訳ありませんが、3000本安打の張元勲氏が、ミズノのバット職人に注文した規格のバットを1ダースほど頼んだ時の話です。球場に届いたバットを1本ずつ握っては確認する張元氏が、その中の1本に違和感を感じたそうです。本人の感覚ではどうもそのバットだけ、握る部分が太い感じがして、職人に電話したそうです。職人いわく、全部ナノメーターで計ってあり、狂いは無いはず、とのこと。しかし、張元氏は違和感があるというのです。結局その1本だけ、工場に送り返して調べたところ、1ナノメーターほどの、狂いがあったそうです。職人に言わせると、やすりで数回こするくらいの違いだそうです。厳密な事柄にこだわるのが、プロフェッショナルということなのだと解釈しました。

投稿: 小島 | 2007年9月16日 (日) 02時08分

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