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2007年10月11日 (木)

味覚の秋

  向田邦子さんは、ご存じのように脚本家、エッセイスト、小説家など文筆で身を立てた方です。ご本人は、おいしいものが大好きで、いろいろな店に足を運び、その味を自分で再現しようとチャレンジしたり、地方からおいしいと評判のものを取り寄せたりしたそうです。本当は板前か、せめて小料理屋のおかみになりたいとかなり本気で考えていたそうです。

 妹の向田和子さんをおかみとする「ままや」は向田邦子さんが内装、メニュー、皿小鉢、お品書きにいたるまで一緒に取り組み、「おいしくて安くて、女ひとりでも気兼ねなく入れる和食の店」として東京の赤坂に開店・・・平成10年に惜しまれながら20年の歴史を閉じたそうです。

 『向田邦子 暮らしの愉しみ』(向田邦子 向田和子 著 新潮社発行・税別1400円)には、レシピや愛用の皿小鉢、そして食べることをはじめ、向田邦子さんと九つ違いの妹である和子さんの暮しをこころ豊かに愉しむエッセイなどがおいしい料理のように盛りつけられています。

 ちなみに、最近の我が家の食卓はこの本からのメニュー・・・「鶏のしそ焼き」「トマトの青じそサラダ」「海苔弁」(写真)などが登場しています。

Photo

  味覚の秋と題しましたが、読書の秋とも結びつきましたね。

聖書のことば  詩篇   第23篇

  主は私の羊飼いですから、必要なものはみな与えてくださいます。
主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれます。 傷ついたこの身を立ち直らせ、私が最高に主の栄光を現わす仕事ができるよう、手を貸してくださいます。
たとい、死の暗い谷間を通ることがあっても、こわがったりしません。 主がすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるからです。
主は敵の面前で、私のためにおいしいごちそうを備えてくださいます。 たいせつな客としてもてなしてくださったのです。 まるで、あふれんばかりの祝福です。
生きている限り、主の恵みといつくしみが、私についてきます。やがて、私は主の家に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう。

※ 詩篇は150篇まであるのですが、それを全部暗誦している方 がおられるそうですすごいですね。

 今日もすてきな秋の日となりますように。  

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コメント

 詩篇23篇は、数年前、松原湖のキャンプに行ったときに勉強する機会がありました。今、思い出せることとして、テキストのもとになった、フリップ、ケラーという人は、その著書を書くために、本当に羊飼いになって、羊の性質や、羊飼いの苦労などを経験したということです。
 具体例として、羊は大変愚かな生き物であり、穴に足を取られて仰向けになって、そのまま起き上がれず、死んでしまうとか、悪い羊飼いの群れは、実際に管理が悪く、病気で死ぬ羊が多いなどでした。
 聖書では羊は弱く愚かな人間のたとえ、羊飼いは神のたとえです。
 残念ながら、現代社会の風潮は、人間が神となってしまっており、横柄、自分勝手に過ごしていますが、まことの神を認めて従うことの重要性はなかなか理解されていないようです。日々残忍な事件が報道されていますが、まことの神を敬い、恐れて生活していれば、ありえないことなのではないでしょうか。

投稿: 小島 | 2007年10月11日 (木) 23時03分

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