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2007年11月30日 (金)

ハードルを越える喜び

  寒い冬が来たからといって、ふところの中まで冷え込むことのないようにとパソコンを無線LANで使えるようにと取り組んでみました。   

  あ、いえいえ、無銭ラン・・・無銭飲食してランニングで逃げるのではなく、無線LANというのは、線を引っ張らなくてもインターネットなどにつなげるようにつなぐことです。・・・とすぐに余分なことを書いてしまうのが、私のよくない癖ですね、すみません。

 実は、今までにも何回か取り組んだのですが、どうしたものか、うまくいかなかったのですよ。

 今回は、次の点に配慮しました。

1.説明書を改めてじっくりと読み直す

2.ケーブルの接続が正しいかどうかをよく確認する

3.使用する機器にねぎらいや励ましの声をかける

 その結果は ・・・  パンパカパーン  大成功で、こたつの部屋でインターネットにつないでパソコンを使うことができるようになりました。

 上記のどれがよかったのか、あるいは関係がなかったのかは分かりません。

 3は非科学的なようですが、以前、不具合解消のお手伝いをしたとき、こんなことがありました。

 その人は、パソコンの悪口をいいながら使っていたようなので、優しく声をかけ、いたわったり励ましたりするよう、心がけるようにお話ししたのです。

 すると・・・以来、そのパソコンは調子よく働くようになったそうです。その方は、パソコンが寂しくないように、そばに可愛いぬいぐるみをおくなど、とても優しくしているのだそうですよ。

 さて、それはさておき、基本的に一つの部屋だけを暖房する時間が多くなったことは嬉しいことです。

 そして、もう一つ嬉しいのは、パソコンに詳しい人や業者にSOSを出さずに自力で課題をクリアーできたことが自信になったことです。

 まだまだ、越えなければいけないハードルはありますが、一つずつ、乗り越えていきたいと願っています。

※ こたつの仕様によっては、上にのせたパソコンに磁力や熱などでよくない影響があることもありますので、お気をつけください。

 今日も、課題がクリアーできるよい日となりますように。

聖書のことば  コリント人への手紙 第一 10章 13節

 神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

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2007年11月29日 (木)

落語

 NHKのドラマ「ちりとてちん」を楽しんでいます。落語家に弟子入りした主人公・・・いよいよ、落語のけいこをつけていただくまでに、炊事・洗濯・掃除などに早朝から夜遅くまで励むのです。

 そのことの意味が心にしっかりと根付いた頃合いを見計らって、「明日からけいこや」・・・ 師匠と弟子というのはこうしたものなのでしょうね。

 落語は、たいした話芸、芸術だと思います。

 岐阜市では落語の元祖のお坊さん・・・戦国時代に生まれ、説法の名手であった安楽庵策伝・・・さまざまな落とし噺を集めた「醒睡笑(せいすいしょう)」を著し、落語の祖と言われています・・・が居たことにちなんで、全日本学生落語選手権大会を開催しています。

 笑いは健康に好影響をもたらすことが明らかにされています。まじめでいなければならない場面はわきまえながら大切にしたいと思います。

 明日からのドラマの展開が楽しみです。

 

 

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2007年11月28日 (水)

身近な人にこそ

  笑点で大喜利の前に出た芸人が、こんなことを言いました。

  「治りにくい病気が流行しているのでご注意を ・・・ それは、夫婦病というやまいで、熱が冷めても咳(籍)が抜けないのです」

 笑いが起こるまでに間があったような気がします。意味を理解するのに時間がかかったのか、身につまされたのか ・・・

 それは、ともかく、外で、明るい笑顔を絶やさずに一日仕事をしてきた人は、その疲れからか、反動からか、身近な家族に対して、ぶっきらぼうになってしまうことがあるように思います。

 本当は、身近な人にこそ、とびっきりの笑顔で接したいはずなのに、優しい心や笑顔を外で使い果たしてしまうのでしょうか。

 たとえば、毎日の食事 ・・・ 慣れっこになってしまわないで、口に出してこんなことばを言ってみましょう。

「今日の味噌汁は、特においしいね」「こんなおいしい朝食を食べて一日を始めることの出来る家庭は、そうないと思うよ」「ありがとう」

 などなど。

  ある牧師さんが、次のような話をしてくださったことがあります。

  私たちの家族に対する役割 ・・・ それは、家族を教育することではなくて、家族を幸せにすることです。そして、愛は感情のように思われがちですが、実は、真実の愛は、意志を根としているのです。愛は意志です、と力強く聖書から語ってくださったのです。以来、実現できているとはとても申し上げられませんが、身近な人、特に家族に対して優しく、出来る限りの愛情を実行できたら、と願うようになりました。 実像はほど遠いのですが、その遠さを自覚して歩んでいく者でありたいと自らに言い聞かせております。

 今日という日、実行したいと願っている愛に少しでも近づく日とすることができますように。

 

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2007年11月27日 (火)

オンギジャンイ (陶器師)

 「オンギジャンイ」(陶器師)は1987年に、韓国のクリスチャンの青年たちが厚い信仰と祈りをもって結成した讃美宣教チームです。

 1991年の初来日以来、日本の各地で公演を積み重ね、フアンが増えています。

 11月26日の昼、中部学院大学で、オンギジャンイの野外コンサートが短時間でしたけれど開かれました。

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 チームのメンバーはたくさんいるようですが、日本での計画の日時に合わせて、そのおりおりに団を編成し、自分たちが伝道のために積み立てたお金でやってきてくれているようです。

 あたたかい陽射しの中、大学のキャンパスに美しく力強い歌声が響きました。

 歌ってくれた曲の一つの歌詞をご紹介します。

 ♪ 君は 愛されるために 生まれた

   あなたのすべて 愛されているよ

  変わらない 神の愛は 人々とのふれあいにより 実を結ぶ

 あなたが ここにいることにより 喜びが満ちあふれているよ

 君は 愛されるために 生まれた あなたのすべて 愛されているよ

  この歌詞にあるように、何かを成し遂げたから愛されているのではなく、あなたの存在自体が、既に愛されているのです。

 希望を持って、今日というかけがえのない日を歩んでまいりましょう。

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2007年11月26日 (月)

岐阜市の奥座敷

0008 岐阜市の三輪というところに真長寺というお寺があり、写真のような落ち着いた景観を味わうことが出来ます。

  住職は、教師を定年退職されてから僧職を継がれた方で、私のかつての上司です。

  この方が「このお寺を岐阜市の奥座敷として親しんでもらえるところにする」と力を入れて、名月の夜にはオカリナや津軽三味線などの演奏会を開催するなどしておられます。石庭は手入れされて周囲の借景も充実してきているように思います。

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 ゆく秋の風情を楽しみ、ナスで作られたお菓子付きのお茶を味わわせていただきました。 皆様も、ゆく秋を惜しんでおられるのではないでしょうか。0010

  朝夕の気温が下がるようになり、そろそろ冬の到来ですね。お風邪を召さぬよう、あたたかくしておすごしください。  今日もよき日となりますように。

聖書のことば  創世記 8章 22節

 地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。」

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2007年11月25日 (日)

ゆく秋

 岐阜市から車を走らせること、小一時間・・・今日25日にその土地名産のキウイの名を付けた「洞戸キウイマラソン」が行われる洞戸があります。

 道路沿いに道の駅といってよいようなお店、「ふれあいバザール」というところがあり、蕎麦がおいしいとの評判を聞いて、勤労感謝の日に出かけてきました。

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 先日から新蕎麦が食べられるとのこともあって、先客がけっこうおられました。名簿に名前を書いて、待つことしばし・・・こんにゃくや円空いも、桑の木豆、飼料からすべて自前で栽培して育てたにわとりの卵、そして鴨の肉などを物色しながら、蕎麦への期待が高まりました。

  順番が来て口にすることのできた蕎麦は、まことに美味でありました。

 この店には、高賀森水という質のよい水を汲みに来る人、「ひんここ祭り」と組み合わせて、やってきた人など、 多くのお客さんがひっきりなしに訪れておりました。けれど、そのお客さんたちをあわてずさわがず、ゆったりとおもてなしするお店の方たち・・・小さな子にあたたかい挨拶の声をかけて、返事があると同伴の親と笑顔を交わすなど、心豊かに対応しておられました。・・・ ある人から聞いたところによると、おそばの年商金額は1億2千万円とか。  蕎麦などの魅力もさることながら、お店の人のおもてなしの心に、まず客足を途絶えさせない秘訣があるように思いました。

 ゆく秋を ゆったりおいしく 惜しみけり   

 今日は、日曜日・・・お近くのキリスト教会へ、行ける方はどうぞ。

 よき日となりますように。                                           

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2007年11月24日 (土)

漬け物石

Photo   飛騨高山の身内から、画像と共にこんなメールが届きました。冬へのやわい(準備)が進んでいるようです。

 漬物石を洗っていると なんだか愛おしくなってきます。しっかり年代の染み込んだもの、花崗岩など…
「あっちこち、傷つけてきた丸い石」(最近の新聞の選)「汝、ますます丸くなり、線美しくなり…」という詩もありまし たね・・・

  改めてこうやって見ると、漬け物石は何もものをいわないけれど、大切な役目をしっかりとはたしていることが伝わってきます。

聖書のことば  マタイによる福音書  21章 42節

「聖書(旧約)にこう書いてあるのを、読んだことがないのですか。 / 『建築士たちの捨てた石が、 / 最も重要な土台石となった。 / なんとすばらしいことか。 / 主は、なんと驚くべきことをなさる方か。』

 この石は、直接にはイエス・キリストのことを指しているのです。でも、縁の下の力持ちとか、漬け物石とか、そして人の生き方とか、いろいろなことに広げて考えさせる力を内包していることばのように思います。

 今日もよき日となりますように。明日は、日曜日・・・ちなみに岐阜市の長良教会では朝、日曜礼拝、午後4時から聖歌隊の音楽会が開かれます。

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2007年11月23日 (金)

湯たんぽ

 東北では、予想以上に早く、大雪のようですね。

 「備えあれば憂いなし」とは言いますが、あまりに冬の到来が早いとなかなか準備が整わないのが人間の常であるようにも思います。

 南北に長い日本各地では、ところによって雪の経験の程度もいろいろですから、思わぬ積雪に、雪道に慣れていなくて転倒する人が続出するところでは、テレビで雪道の歩き方を急遽、指南するというようなこともありますね。

 灯油が高値になって、「湯たんぽ」・・・それもかわいいデザインのものに人気が出ているとか。そして、練炭も復活の兆しがあるようですね。

 皆様は、この冬の暖房をどのようにお考えでしょうか。どうぞ、あたたかくしておすごしください。

聖書のことば   マタイによる福音書  25章

25:1 天国は、ランプを持って花婿を迎えに出た、十人の娘〔花嫁の付き添い〕の話でも説明できます。
25:2 -4そのうちの五人は賢く、ランプの油を十分用意していましたが、残りの五人は愚かで、うっかり忘れていました。
25:5 さて、花婿の到着が遅れたので、みな横になり寝入ってしまいました。
25:6 真夜中ごろ、ようやく、『花婿のお着きーっ。 迎えに出なさーい』と叫ぶ声がします。
25:7 -8娘たちはとび起きると、めいめい自分のランプを整えました。 その時、油を用意していなかった五人の娘は、ランプが今にも消えそうなので、ほかの五人に油を分けてほしいと頼みました。
25:9 『ごめんなさい。 でも、分けてあげるほどはないの。 それよりもお店に行って、買ってきたほうがいいんじゃないかしら。』
25:10 こう言われて、あわてて買いに行っているうちに、花婿が到着しました。 用意のできていた娘たちは、花婿といっしょに披露宴に行き、戸は閉じられました。
25:11 そのあとで、例の五人が帰って来て、『ご主人様ーっ、戸を、戸を開けてくださーい』と叫びました。
25:12 ところが主人は、『さっさと行ってしまえ。 もう遅すぎる!』と冷たく答えました。
25:13 こんなことにならないために、目を覚まして、いつでもわたしを迎える準備をしていなさい。 わたしが来るその日、その時が、いつかわからないのですから……。

 これは、天に昇っていく前にイエス・キリストが話された話です。

  再び、イエス・キリストがこの世に来られるときは、最後の審判の審判者として来られることが聖書には書かれています。

  その日がいつかは書かれていません。・・・時々、自信ありげに、何月何日がその日・・・キリストの再臨の日だ と言い出す人がいますが、今までのところ、それは正しくありませんでした。

  非科学的とおっしゃる方もおられることでしょう。

  でも、パスカルの定理でも有名なパスカルは、その著書、『瞑想録(パンセ)』に、神様がおられるほうに賭けて、この世を神様の心にかなうように正しく生きる人は、神様がたとえおられなかったとしても、失うものはない。けれど、神様がいらっしゃらないほうに賭けて、自分の思いのまま、放縦な生き方をした人は、神がおられたときにはすべてを失う・・・という考え方を整然と述べています。

 今日は、休日 ・・・ お仕事の方もおられることでしょうが、人生について考えるよき時間を創り出すことができますように。

 日常のことをいつも先にして、人生の意味に関わること、永遠の命に関わることを後まわしにしていることはないでしょうか。

 

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2007年11月22日 (木)

手入れ その3

 歯医者さん、整形外科・・・ もう一つ、月に1回お世話になるのが、血圧の薬を出してくださる診療所です。

  血圧の薬を飲むと、正常範囲に上下がおさまります。冬場は血管が縮んで細くなるので、血圧が高くなりがちということで、薬が2種類に増えました。

 自主的に、あたたかくなったときに1種類だけを飲んでお医者さんに行きましたら「あれ、今日は少し高いですね」と言われ、自主的に減らしましたと正直に・・・やはり、お医者さんには正直に告白するのが大事ですね・・・申しましたら、「ちゃんと2種類飲んでください」とのことでした。

 あまり、こういうことでは、素人が主体的に判断するのはよくないのかも・・・と思い、以来、すなおに従っています。

 後は、万歩計と体脂肪率もぱっと出る体重計を、数字をおそれずに活用することだと自分では思っています。

  人に報告したり、グラフにしたりしなくてもいいから、ひんぱんに数字を確かめることで自覚が高まり、生活も体重も引き締まるのだそうです。

 あなたは、どんなことを健康維持、増進のためになさっていますか。

 自分のため、家族のために、健康によい習慣をぜひ積み重ねましょう。

 私より、少し体重が多めの友人が、最近、せっせと山登りをしています。先日、私の体重を尋ねるので答えますと・・・そのとたんに彼は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべたのです。

 私よりだいぶん多かったはずなのですが・・・どうも私は彼に代わって、この部屋のナンバーワンになったか、あるいは、彼の射程距離にとらえられたか、ということなのでと、とても残念に (^_^; 思いました。

 どう見ても、彼のほうが重そうに見えると安心していたのですけれど。

聖書のことば  マタイによる福音書 7章 3節

 あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。

 体重のことだけでなく、人間というのは、えてしてこういう間違いに陥りがちなのですね。

 今日も、自分のあるがままを正直に見つめ、誠実に歩むよき日とできますように。

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2007年11月21日 (水)

手入れ その2

 歯医者さんのことを思い出すと、自分があんぐりと口をあけて優しい小鳥に口の中を掃除してもらっているカバのようなイメージが浮かんでまいります  ・・・  こう言うと、カバが「一緒にするな」と怒るでしょうか。

 さて、その歯医者さんの近くに、比較的新しい整形外科があり、こちらも評判がいいのでメンテナンスに通い始めました。

 お勧めは、ウオーターベッド ・・・ 横たわると波が体をマッサージしてくれるのです。お風呂にこうした機能がついたものがありますが、ウオーターベッドの内部から波が起こり、これがたいへんに心地よいのです。多分、10分ほどの時間が終わるのが残念で、15分お願いします、と言いたいほどです。でも、レントゲンも撮り、医師の診断に基づく医療行為ですから、勝手にわがままをいってはいけないのですね。

 なにごとも、ひかえめがよろしいのです ・・・ と、かっぷくのよいおなかを見ながら、食欲の秋の在り方を反省する私が申し上げても、ああ、我ながら説得力がないですね。

聖書のことば  第二コリント人への手紙  12章 9節

わたしの恵みは、あなたに十分である。

 文語訳の聖書では「我が恵み、汝に足れり」となっています。

 いえ、足りません、不足しています ・・・ と神様に求める前に、神様が与えてくださっている恵みを数えてみましょう。

 それでも、やはり と求める人のためにも、聖書のことばが与えられています。「求めなさい。そうすれば与えられるであろう」

 ただし、アラジンのランプの精のように神様に働いてもらおう、と自分を神様の主人のように思い間違わないようにいたしましょうね。

 今日も、神様に喜んでいただける歩みをすることができますように。

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2007年11月20日 (火)

体の手入れ

 「口をつむらないでください」・・・とどこかで声がしました。優しく、けれどはっきりと声をかけて下さったのは、歯科衛生士さん・・・おお、そうでした。気がつくと、歯医者さんの治療台の上。

 そうなのです、私は歯科衛生士さんに歯の状態を診ていただき、クリーニングしていただきながら、うとうととまどろんでいたのでした。

 家内にそのことを話すと、「歯医者さんでそこまでくつろぐ人は珍しいんじゃないの」と感心(?!)されました。

 私も、歯医者さんに行くのは勇気ある行為だと思っていますし、歯が体の中で唯一、自然治癒の力がないところだとは知りながら、なかなか行けないところであると思っています。緊張しますよね。

 けれど、この歯医医院は歯医者さん自身をはじめ、皆さんが優しく対応して下さるので、つい、まどろんでしまったのでした。

 口の中がとてもすっきりして、次に通院するまで、ものを食べないでおこうと思ったほどでしたが、そうもいきません。何しろ次の受診日は来月になるからです (^_^;

 ところで、最初に口の中の状態を診ていただいたとき、チェックする方が「何番 ○(まる)」と記録する方に言っておられるので、(おお、良好なんだな)と喜んでいたら、何と、歯茎にちょっとふれると出血する状態を「○」と言っているのだそうで、せっかく○が多そうだと喜んでいた気持ちがしぼんでしまいました。

 幸い、次の時は「よい状態に向かっています」と言われ、○が少なくなっていたので、嬉しく思いました。

  歯そのものだけでなく、その歯を支えている歯茎に目を向けることの大切さを、頭では分かっているつもりでしたが、具体的に自分の口の中の状態を教えていただき、日頃からのメンテナンスをしっかりしようと思いました。何事も土台が大事ですから、歯と同じように歯茎を手入れしようと思います。

聖書のことば  マタイによる福音書 第7章 24節~27節

 わたし(イエス・キリスト)の教えを聞いて、そのとおり忠実に実行する人はみな、堅い岩の上に家を建てる賢い人に似ています。
 大雨が降り、大水が押し寄せ、大風が吹きつけても、その家はびくともしません。 土台がしっかりしているからです。
  反対に、わたしの教えを聞いても、それを無視する人は、砂の上に家を建てる愚かな人に似ています。大雨、大水、大風が襲いかかると、その家はあとかたもなく、こわれてしまうからです。」

 今日もしっかりした土台の上に確かな一日を築き上げることができますように。

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2007年11月19日 (月)

動きのある影絵

 18日の日曜日・・・私の所属している教会では午前中に礼拝をし、午後にコンサートを開催しました。

  コンサートの名は「天使のつばさコンサート」・・・なかなかすてきな名前でしょう。今年は、多様なプログラムとなりました。

 ハーモニカ、リコーダー、オカリナによる讃美歌などの演奏

 クミコのシャンソン、中島美嘉の「雪の華」

 ゴスペル

 絵本 「ラヴ ユウ フォーエバー」の朗読

 そして、手作りの美しい影絵 ・・・ 動きがあるのです。

 その影絵の写真を2枚、ご紹介いたしますね。Photo_2

Photo

 出演者も多様でした  牧師さん、現職の教師、元養護学校教師、子育て真っ最中の主婦、アナウンサー ・・・

 

  教会には、特別な人が集まっているのではなく、いろいろな働きをこの世でしている方々が集まっているのです。

 クリスマスに向けて、教会ではいろいろな企画、準備が進められています。でも、特別なコンサートなどがある、ないに関わらず、どうか、お近くのキリスト教会に足をお運びくださいね。神様との出会い、そしてきっとすてきな真摯にこの世を歩んでいるあたたかい方に出会えることと思います。

聖書のことば  イザヤ書  第43章 4節

 わたし(神)の目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛している。

 今日もよき日となりますように。

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2007年11月18日 (日)

原因と結果

 原因と結果の関係 ・・・ 因果関係と、ことばではいいますが、往々にしてそれを入れ違えてとらえてしまっていることがあるものですね。

 たとえば、「お年寄りは転ぶと体が急激に弱くなっていくので、転ばないように気をつけてあげましょう。」というような言い方があります。

 私も、そうなのかと思っていたのですが、ある日、専門家がラジオで次のように話しているのを聞き、あっ、そうなのかと教えられたのです。

 「実は、転んだことが、体が衰えていく原因なのではないのです。体が衰えているから転びやすくなって転ぶのです。」

 言われてみると、なるほど、そうなのですね。

 お年寄りは転ぶことが原因となって、体が衰えていくのではなく、衰えてきたから転ぶ ・・・ 

 でも、もう少し、考えてみました。

 体が衰え、それが原因となって転ぶ。そして、いったん転ぶと、運動する機会が制限を受けたり、あるいは安静にして寝ていることを余儀なくされると、体の衰えに拍車がかかる・・・そういうことではないでしょうか。

  ある現象の部分だけを見て思考をストップするのでなく、連続して見続けることで物事の本質や全体が見えてくる ・・・  そんなことを改めて思いました。

 転ばぬ先の杖とか、ふだんのトレーニングの大切さとか・・・これも体だけでなく思考の在り方においても大事かなと ・・・ そんなことを思った秋の日でした。

 今日は日曜日、よき日となりますように。

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2007年11月17日 (土)

四季のある国

  朝夕が冷え込むようになりましたね。

  木曜日の朝、新聞をとりに起きたとき、朝焼けの空とそこに輝く明けの明星のハーモニーにしばし心を奪われました。

  枕草子の冒頭には、「春は曙(あけぼの)」で始まって四季それぞれの心惹かれる時間帯が記されているのはご存じの通りです。確か、枕草子の別名を「春曙抄」(しゅんしょしょう)というのでしたね。

  春は 曙

  夏は 夜

  秋は 夕暮れ

  冬は つとめて  (早朝)

  「日本人は九十日の民である」と言った人があるとか・・・1年の日数を四季の4で割るとおよそ九十日・・・3か月ごとに衣類があらたまったり暖房、冷房器具などが登場したり、しまわれたりする、そういう暮らしをしている民族だということなのでしょう。。

  そして俳句や短歌をたしなむ、たしなまないにかかわらず、四季の移り変わりの風景、情緒、リズムなどは、日本人のものの考え方、生き方にしっかりと根付いているのですね。

  ふるさと、飛騨からのたよりによると、漬け物をつけるための準備・・・飛騨では準備することを「やわう」といいますが、そのことが進んでいるようです。

  雪に閉ざされる時代には、漬け物、魚の塩漬けなどの保存食は貴重でした。海のない岐阜県ですが、北陸から仕入れた魚の塩漬けがおいしいとかで「飛騨鰤」(ひだぶり)ということばが残っています。

 これは落語の「目黒のさんま」・・・世間知らず(世間知らされず)の殿様がたまたま目黒で口にしたさんまがおいしかったことから「さんまは目黒に限るぞ」と語るのがオチになっています・・・となんだか通うところがあるようで、私には印象的なことばになっています。

 ちなみに、私の高校時代に高山市で一番寒かった朝にはマイナス19.4℃とラジオが報じていました。そんな寒さの中、10キロメートルはなかったでしょうが、それほどの距離を自転車で登校するのはなかなか身震いのする勇ましいことで、マフラーは、月光仮面やまぼろし探偵のようにかっこよく首に巻くものではなく、耳と鼻を守るためにほおかむりのようにかぶるものでした。 ・・・ まぼろし探偵という漫画自体が、とうのむかしにまぼろしになってしまっています 

 ・・・ 例が古くてすみません。なにしろ私は高校3年生の時に東京オリンピックがあったという世代なのです。

  えっ、東京でオリンピックがあったのですかって・・・はい、あったのですよ、マラソンをはだしで走って優勝したアべべという選手がいて、裸足の王者と呼ばれたものでした・・・そして、大松監督に率いられた女子バレーチームが優勝して・・・ああ、これくらいにしておきましょう。

  どなた様も、今日という日を新鮮に歩むことができますように。

聖書  伝道者の書 第12章 1節

  あなたの若い日に、あなたの創造者(神様)を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。

 明日は、日曜日、キリスト教会へお出かけくださいますように。

  

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2007年11月16日 (金)

人生の達人

 あるホームページで、すてきな人生の達人のことばに出会いました。

※  それはあまりにすてきなホームページなので、それをご紹介すると、このブログの貴重な読者の方々が、そちらへ行ってしまって私のブログなど見向きもしなくなることが心配なので、お教えしないことにします(^_^;

 「金持ちに節制が必要でないのと同じように、節制できる人には余分なお金は必要ではない。」

 ちょっと覚え間違ったような気がしますが、何とも深みとおかしみのあることばですね。

 私も、多くお金があるにこしたことはないと思うのですが、あまりにあると、お金に使われてしまう弱さが表面に出てきてしまうことが私の場合しっかりと予想されます。

聖書のことば    マタイによる福音書16章26節

  人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。

 「起きて半畳、寝て一畳」ということばもありますね。

 志は高く、物質的には欲張らないで歩むことが、やせがまんでなく出来る日となりますように

 ・・・ と書いている私自身が、大いにあやういのです。でも、聖書に「人にはできないことが神にはできるのです」とあります。神様に信頼し、ゆだねて歩む心を神様がこの私にはぐくんでくださいますように。

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2007年11月15日 (木)

合理的な布団の干し方は

  時に、私が留守番して家内が出かけることがあります。

  そういうときの、さらに天気がよくて、めずらしく勤労意欲が湧いたとき ・・・ という条件を満たす日 となると、いったい1年に何日あるかわからないほどのごくまれなことになりますが ・・・ 前置きが長くてすみません ・・・

  要するに、あたたかい陽射しに誘われて布団を干そうかなという気になって干したのですが、そこで思ったのが、ベランダの手すりなどに二つ折りして布団を干すときには、布団の長さの半分によく陽光があたることになりますね。

 ある程度時間が経過して、残りの半分に日が当たるようにし、今度は干していた反対の面を同じように半分ずつ干すといいのだろうと思うのです ・・・   物干しの露などが渇き、気温の上がってくる10時ころから、14時か、13時半くらいまでの時間を四等分して、今までどの部分を干していたのかを間違わないで数枚の布団の両面を干す ・・・これは、なかなかにむずかしいものですね。

 家内が干すときにはどうしているのか、尋ねたこともありませんが、こうした作業に、買い物、炊事、洗濯などなどをこなしているのですから、頭が下がります。

  そういえば、家族の優しい心をどんなときに感ずるかという調査に、中学生や高校生が挙げている内容に「干してもらった布団のぬくもりを感ずるとき」というのが、上位に入っていたのを思い出しました。

 地方によっては、布団や洗濯物を乾燥させる装置を積んで巡回することで生計を立てている方がおられるようですね。

 そう考えてくると、布団をどう干すかは、なかなかの人生の重大事かも知れません。日当たりのよい部屋に布団を大きく広げて出かける、というようなことをしたこともありましたっけ。

 人生は、小さく思える一つ一つの要素が集まって構成されている

・・・ たまに  ごくごくたまに 布団を干して、そんなことを思いました。

 今日もよき日となりますように。 

 

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2007年11月14日 (水)

インターネットと孫娘

 スカイプというのをご存じの方は多いと思います。パソコンを用いたテレビ電話のようなシステムで、使い方にもよるのでしょうが、無料なのです。

 遠方の孫娘 ・・・ 2歳と4か月と1週間 ・・・ の姿がパソコン画面に映ったなと思った瞬間、ABCの歌を歌い出しました。  ええ?! 本当に ?

 最近言葉の数が飛躍的に増えて「お父さん、疲れたの? それとも 眠たいの?」などと接続詞までそれらしく用いるようになったことは耳にしていましたが、ABCの歌や、♪「手をたたきましょう・・・」という歌を動作や表情をつけて披露してくれました。

  「おじいちゃん、大好き」「おばあちゃん、大好き」とスピーカーから大きな声が流れてきて、もう、完全にノックアウトされました。

 フィナーレは「もう、眠くなった バイバーイ」でした。

 寒い地方に住んでいて、渡ってきた白鳥に「パン ポーン」と投げ与えてきたのだそうですよ。

 離れて住んでいるのは残念な点もありますが、近くにいて毎日会っていたら、他のことは何も手につかないかも知れず、これはこれでいいのかなあと自らに言い聞かせております。

 ああ、また、じじばかの記事を書いてしまいました。お許しください。

聖書のことば  ローマ人への手紙 第8章28節

そして私たちは、神様を愛し、神様のご計画どおりに歩んでいるなら、自分の身に起こることはすべて、益となることを知っているのです。

  「人間万事塞翁が馬」 というのとは似ているようでだいぶん異なることばです。

 今日もよき秋の日、よき歩みの一日となりますように。

 今日、誕生日の我が身内の人へ ・・・誕生日おめでとう!!

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2007年11月13日 (火)

くり

 猿蟹合戦のことのおこりは、柿の種でしたが、猿をこらしめるために助太刀した一員に栗がいましたね。囲炉裏のなかに隠れて、いきなりはぜて猿を狼狽させたのではなかったかと思います。

 栗を思い浮かべたのは、このところ、くりを材料としたおいしいお菓子に出会う機会が増えたからです。栗きんとんはその筆頭でしょうか。

 そこから山上憶良の歌を思い浮かべました。

食めば 子供思ほゆ 食めば まして偲はゆ 何処より 来たりしものそ 目交に もとな懸かりて 安眠し寝さぬ

(瓜はめば子どもおもほゆ栗はめばましてしのばゆいづくより来たりしものぞまなかひにもとなかかりてやすいしなさぬ) 

 旅先でしょうか、子どもと離れていると、おいしいものを口にするたびに、子どものことが浮かんでくる。かわいい子どもの姿がちらついて、おおちおち寝てもいられない ・・・ 万葉集に堂々と親心を歌い上げている歌人がいる ・・・すばらしいではありまんか。

憶良らは 今は罷らむ 泣くらむ そを負ふ母も 吾を待つらむそ

(しろがね)(こがね)も玉も何せむに 勝れる子に及かめやも

 ついつい、栗のおいしさにひかれてしまいますが、味覚の秋にひたってばかりいるのではなく、文学の世界にも目を向けていますよという言い訳になりそうな一文を書いてしまいました。

 今日も、人としての情を大切に歩む一日となりますように。

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2007年11月12日 (月)

プロの一言

  テレビの料理番組を公開で収録することがあるようですが、以前、辻嘉一という料理の名人が講師となって展開していた公開番組のときに参加者がこんな質問をしたそうです。

 「うちの子は、お肉ばかり食べていて、野菜を食べないので心配なのですが、そういう偏食を直すにはどうしたらよいでしょうか。困っております。」

 辻嘉一さんは、あわてず、さわがず、こう答えたそうです。

「あんたさんがそう育てなさったお子さんですから、あんたさんが考えてください。」

 プロの料理人が困って相談しているアマチュアに対して冷たいのではないかというご意見もありましょうね。

 でも、私は、さすが・・・本当のプロの一言だなと、胸がすかっとするものをこの言葉に感じたのです。

  これ以上は、私がよけいな解説などを加えるのでなく、読んでくださっているあなたにおゆだねさせていただきます。

 「1」並びの11月11日が終わりましたね。平成11年の11月11日などというと何かイベントがあったかもしれないという気になります。

 でも、どんな数字の組み合わせであろうとなかろうと、♪「毎日がスペシャル」・・・特別の日なのですね。

 どうぞ、今日の一日を元気にお歩みください。

聖書のことば  マタイによる福音書 第6章 34節

  明日のことを心配するのはやめなさい。 神は明日のことも心にかけてくださるのですから、一日一日を力いっぱい生き抜きなさい。

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2007年11月11日 (日)

飛騨路の秋

0002  左の2枚は、踊りで有名な郡上八幡から高山市までを結んでいる道、「せせらぎ街道」で撮った写真です。

 

0004  紅葉を撮るのによいところはたくさん見かけましたが、「ここぞ」と思った時には車が通り過ぎてしまっているので、時間的にゆとりが必要だと思いました。

 11月9日(金)の午前9時ころに撮影したものです。

 高山市の国分寺のオオイチョウを撮ろうと思ったのですが、まだ大樹の一部で黄色い葉が見かけられる程度でした。秋進行中、といったふるさと高山でしたよ。

 今日は、日曜日・・・お近くにキリスト教会がありましたら、お出かけください。

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2007年11月10日 (土)

問題 5 の解答

  さて、11月9日のブログの(問題 5)の解答です。

  まだ、問題を見ておられない方は、11月9日のブログを見てから、この11月10日戻ってきてください。

  問題を見て、お考えをお持ちの方は、「続きを読む」をクリックしてください。

 思考力を鍛えることになったかどうかは、ブログを書いている私自身、自信がありませんが、よくぞ、この数回をおつきあいくださいました。お礼申し上げます。

 では、答えです。

続きを読む "問題 5 の解答"

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2007年11月 9日 (金)

思考力 その4

(問題 その5)  です。

  たいへんに有能な弁護士がいました。

 その弁護士は離婚裁判が専門で、いつも女性の側に立って弁護し、そのおかげで、いつも妻は勝訴して多額の慰謝料を得ることが出来るとの評判を得ていました。

 この弁護士が、自分自身の離婚裁判に直面しました。このときも妻の側に立って裁判に臨んで敏腕をふるい、妻は多額の慰謝料を手にすることができました。

 裁判は上記の結果になりましたけれど、この弁護士は経済的に損害をこうむることはありませんでした。

 さて、問題です。上記のことがあり得るとすればどんな場合でしょうか。

 4回にわたってクイズを掲載してきましたが、私自身の脳を活性させるためで、それにおつきあいをいただいた方々にお礼申し上げます。今回でひとまず、クイズを終了させていただきます。

 今回の答えは、明日のブログに掲載させていただきます。

 あ、そうそう、この弁護士は、勝訴した妻から弁護料はいっさいとらなかったということを付記しておきます。 それでは、明日、お目にかかれるとうれしいです。 ・・・ もう二度と立ち寄るものか、などと思わないでくださる方は、きっとすてきな大人としての生き方をしている方だと思います。

 11月8日の(問題 その4)の答えを知りたい方は「続きを読む」をクリックしてください。

続きを読む "思考力 その4"

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2007年11月 8日 (木)

思考力 その3

(問題4)です。

 3人のお客が、宿屋に泊まりました。

 宿屋への宿泊料として、一人10円ずつ出し、女中さんに帳場へ持っていってもらいました。

 帳場では、規定よりおまけして、5円返してくれました。

 この女中さんは気だてのよい正直な人でしたが、ちょうどお金に困ることがあって、つい魔がさしたのでしょうか、2円を自分がもらってしまい、3円をお客に届けました。お客は1円ずつ受け取りました。

 さて、ここからが問題です。

 最初にあったお金は 10円 × 3 = 30 円

 そして、1円ずつ戻ってきたので、結局出したお金は

               9円  × 3 =  27 円

 ここに女中さんが持っているお金が2円ですから

               27円 + 2円 = 29円

 あれあれ、最初のお金に1円たりませんね。 この1円はどこへいってしまったのでしょう。

 さて、11月7日のブログのクイズの答えを確かめたい方は、「続きを読む」をクリックしてください。 簡単でしたか (^o^)

続きを読む "思考力 その3"

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2007年11月 7日 (水)

思考力 その2

 クイズの特集 その2です。

(問題3)

  花子さんが風邪を引いて学校を休みました。

  友だちが見舞いに行くことにしました。

  途中で、牛が鳴きました。

  しばらく行くとチョウが飛んでいました。

  ようやく花子さんの家に着きました。

  さて、花子さんの病気は、何だったでしょう。

※ さて、「続きを読む」をクリックしていただくと、11月6日の二つのクイズの答えが現れます。  まだ問題を見ていない方は、先に11月6日のブログをごらんくださいますように。

続きを読む "思考力 その2"

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2007年11月 6日 (火)

思考力 その1

 最近、ちょっと長い文が続いたので、今週は思考力を働かせる機会を提供させていただきます。

 と、何だか構えた感じですが、実はクイズを何回かにわたって掲載させていただきます。

 景品はないので、答えをメールでお寄せいただく必要は、ありません。

 解答は、クイズを掲載した翌日のブログの「続きを読む」をクリックしてくださると確かめられるようにする予定です。 ・・・ 忘れていたら、ごめんなさい。

(第一問) マッチ4本で 漢字の「田」を作ってください。

※ マッチを折ったり、略字を発明したりしてはいけません。

(第二問) 1分間で2匹になり、次の1分間で4匹になる虫がいるとします。この虫をコップに入れたら、ちょうど1時間でそのコップに一杯になるまで増殖したそうです。

 では、最初にコップに2匹を入れてスタートしたら、いったい何分間でコップは一杯になるでしょうか。

 一番、脳を働かせなくてはいけないのは、この私です。何しろ、考え事をしようとすると、さびついた歯車がきしむ音が聞こえるような気がするほど、のんびりと脳を休止させていますから。

 たかがクイズです。ムキにならないでください。せっかく涼しくなったのに、考え悩んで熱くならないようにしてください。無視していただいて、ちっともかまわないのですから。

 では、答えは、明日のブログの本文(続き)をクリックしてください。

 クイズが解けても解けなくても、よき秋の日となりますように (^o^) 

聖書のことば  伝道者の書  第1章 18節

  実に、知恵が多くなれば悩みも多くなり、 知識を増す者は悲しみを増す。

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2007年11月 5日 (月)

教育と双方向

  「教育」を教え育てる、と読むと大人の側からだけの働きかけになります。もちろん、そういう「教授」・・・教え授けるということが内容によってはあるでしょう。

 「大人が教え、子どもが育つ」と読むと、ちょっといい感じですね。教えはするが、育てることが脱けているというところからも少し前進したことになるような気がします。

 実際には双方向で「教え合い、育て合う」というのが望ましいように思います。

 先生が「子どもたちからこのことを教わりました」と素直にいうと「えっ、何と頼りない先生・・・逆ではないですか」という言い方をする人は、この教育の玄妙さが分からない人であるかも知れません。

 親子でも、実際に養っているのは親ですが、その親が子どもに力を与えられているということは、多くのかたが感じておられるのではないでしょうか。

 うーん、少し以前にも今回の内容と同じようなことを書いたように思います。お許しください。

 今日も、深まる秋に力をもらいながら歩むことができますように。

 自然の恵みは、すばらしいですね。そしてその自然を作って、人を住まわせてくださっている神様は、さらにすばらしいです。

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2007年11月 4日 (日)

♪ 先生方への応援歌

 11月2日、岐阜市のある中学校の研究発表会に参加してきました。その学校には創立期に6年間、そして、もう一度お世話になる機会があって4年間 ・・・ 通算10年半勤めさせていただきました。

 この学校が追求してきた研究テーマは「生徒が自己表現力を高める授業」です。

 以前は、「沈黙は金、雄弁は銀」でしたが、今の時代、以心伝心とばかりは言っておられず、あまりに口先ばかりでは困りますが、過不足なく自分の思いを、ひとりよがりでなく相手に分かりやすく伝える心構えと表現の仕方を習得することは、大切だと思いますから、よい研究テーマではないでしょうか。

 生徒に自己表現力を望む場合、まず、教師自身もそれを自分に課し、あるレベル以上に達しており、さらにそれを磨き続ける構えが前提として必要だと思います。そういう面から見て、まず、この学校は、校長先生をはじめとして、職員がたいへん真摯に教育実践に取り組む集団となっていると私は思っています。

 さて、1年生の国語の授業を二つ見せていただきました。

 まず、教師の声が明瞭で、教室の隅々にまで行きわたる声量だったこと、そして暗い声でなく、明るい響きだったことを嬉しく思いました。そうそう、こうこなくてはいけません。

 生徒の発言するときの声も、表情も教師を見習って、ということばかりではないでしょうが、明るく、はきはきとしていました。

 「自己表現」と対になるのは「他者理解」ではないでしょうか。その点で、どちらの学級も生徒たちが、お互いの意見をよく聴きあっていることは、たいへんよかったと思います。

 欲を言えば、「自己表現」したくてたまらなくなるほどの・・・そういう心のうずきを覚えるような、表現したいという内容を、できれば生徒全員にもたせたいと言いたいところですが、いつもそれを実現するのはむずかしいので、そういうところへつながる起爆剤、あるいは種火のような発言をまず何人かの生徒から引き出せると、すばらしいな、と思いました。

 これは、誰が授業をしてもいつもできることではないですし、教育の場合、一部の野球解説者のように「抜けていたたら、点が入りましたね」とか「ホームランが出れば逆転でしたね」のようにたらればの解説は実りがないと思います。

 「これで満点だ」という終着駅を求め、でも、「これでよーし」というところになかなか到達できないからこそ、生涯をかけて悔いのない、深みのある道なのですね。

 別の面についてですが、教室に担任教師の願い、学級の目標などが、太くて気力のみなぎった美しい毛筆で書かれていました。さすが、国語科の教師だと思いました。

 中学1年生になって8か月目に入ったばかりの時期に、たくさんの参観者の前で堂々と発言する生徒たちの姿・・・これは、小学校時代、いえ、それ以前から時間をかけて保護者、地域の方、そして教師たちが力を合わせてこの生徒たちを育ててきたからこそ生まれる姿だと思います。 

 このことに関連していえば、この中学校の研究をまとめた冊子の最初のページ、そして最後のページに、PTAの方々、地域の方々、そして力を注いで育てた卒業生を送ってくださる小学校への感謝の言葉が記されており、これも、嬉しいことの一つでした。

 未完成だけれど、とてもよい教育がこつこつと積み重ねられ、よい実りの秋を迎えている・・・そう思いながら学校を後にした私でした。

 世の中に報道される教育関係のニュースには、読む人を不安に落とし入れる色調のものが多いように思います。確かにそういう心配な側面があることは否定できません。

 けれど、あるところが土砂降りでもほとんどのところには、サンサンと輝く教育の成果が上がっていますし、事故対策にしても万一を恐れるあまり、九千九百九十九を取りやめたり萎縮させてしまっていたら、いったい何が残るのでしょうか。「真剣であれ、されど深刻になるな」というのがこうした場合の私のゆるがぬ思いでした。

 私は、我田引水にならぬようにしながら、学校で一所懸命に力を尽くしてくださっている方々への応援歌を歌いたいのです。

 いつも、とは申しませんが、そういう記事を載せたいと思います。

 どの家庭においても、どの学校においても、教育のよき実りの収穫できる秋となりますように。

 そして,今日も、希望をいだきつつ、歩むことができますように。

  

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2007年11月 3日 (土)

ピアノパラリンピック

 障害者のオリンピックとしてパラリンピックが開催されていることは知っていました。けれど、第1回ピアノパラリンピックが2005年1月に日本で開催され、第2回はカナダのバンクーバーで開かれることが予定されていることを初めて知りました。

 すべて、ボランティアで開催されるピアノパラリンピックへの理解と支援を得るためのコンサート「ピアノパラリンピック支援コンサートinサラマンカ 岐阜市」を聴きに行ってきました。

 ダウン症による知的障害のある方、四肢に障害がある方、視覚障害のある方など、15名のピアニストの演奏は、満席の聴衆の心に届きました。

 聴覚障害のある青年が自分の奏でている音が聞こえないのにリストの「ラ・カンパネラ」を演奏して聴く人を魅了する・・・このコンサートに行くまで、そういうことが可能だとは思いもしなかった私でした。

  さわやかでさっそうとした登場ぶり、弾き終わって挨拶するときのこぼれるような笑顔 ・・・ 心に美しい音楽が響いてくるすばらしい時間でした。

  この演奏者たちが、「国連障害者の日」である12月3日に国連で、さらに12月5日に、あのカーネギーホールで「ピアノパラリンピック デモンストレーション・コンサート in New York」を開催するのだそうです。

  限界を設けることなくむずかしいことに挑戦する勇気、夢を実現することのすばらしさを演奏を通して私たち聴衆に伝えてくれたピアニストたちに心から感謝と激励の拍手を送ります。

  私も、自分自身のピアノ、そして生きることそのものに情熱と時間を注ぎ、魂を表現できるように精進したいと思います。

  明日は日曜日、キリスト教会にお出かけになることができますように。

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2007年11月 2日 (金)

日本シリーズ

 ドラゴンズの日本シリーズ優勝は、昭和29年、杉下投手が魔球といわれたフォークボールを投げて頂点に立って以来のことです。

 私の父がドラゴンズのフアンでした。それにつきあってラジオを聞いていた母は、その昭和29年以来のフアンです。

  飛騨に住む母が岐阜市の我が家に泊まって、一緒に中日球場に野球観戦に行ったことが何回かありました。ナゴヤドームでのこけら落としのオープン戦、私が知らないうちに、母は直行して観戦して高山に帰っていたということもありました。 ・・・ ドラゴンズが優勝したとたん、電話がかかってきて、それは案の定、母からでした (^o^) 喜び合いました。

  落合監督は、選手をけなさず、審判に敬意を払い、有言実行を自分に課しているように思えるところがいいですね。

  選手時代の落合さんは、プレーボールの時に、深々と審判に頭を下げたそうで、落合選手のその姿が見たくて野球場に足を運んだと、新聞の「声」欄に載ったのを目にしたことがあります。

 ほかのチームを応援している方には申し訳ないので、そして、私は勝ったときだけのドラゴンズフアンという身勝手なフアンなのでこれくらいで終わりますね。

 でも、ドラゴンズの選手、ひいき目かもしれませんが、みな、いい顔をしているように思います。顔の作りのことではなく、表情のことですけれど。プロとしての修練を積んで、それに支えられた自身、誇りのようなものが、きびきびしたプレーを生んでいるように思います。

 昨年は「信じられなーい」と優勝の時にも叫んでいたヒルマン監督、今年は「信じてました」がキャッチフレーズでしたね。アメリカに帰ること、来期の日本ハムは新しい監督になることが、日本シリーズの始まるよりも前に明らかにされましたが、このあたり、もっと配慮が球団にはあるとよかったように思います。

 そういうお前はなんなのだ ・・・ と言われそうですので、ただ言ってみたかっただけ、と書かせていただいて本日の結びといたします。

 今日は金曜日、どうか、元気で、為すことの一つ一つに心を込めることができますように。

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2007年11月 1日 (木)

手作り

  宣伝文句に「手作りの味」とあるのをよく見かけます。

  とがった気分の時には「手で作るのは当たり前だ。足で作られてたまるものか」と思わないでもありませんが、機械まかせで大量生産したのではなく、一つ一つ、真心を込めてつくりましたよと言いたいのは分かっているつもりです。

0002_2  さて、シナモン入りのクッキー、手作り(!!)です。

  クッキーの中央は、キャンディが溶けてステンドグラス風になっています。牧師夫人に教えていただいて、家内が作ってみたものです。

  作るのにかかった時間の何分の1の時間で、たちまち食べられてしまうのが我が家に登場する食べ物の定めです。

 クッキーの上に見えるのは、器用な叔父のつくった「松かさ」です。作り方を習っても、そう簡単には出来ないものを見事につくってしまう叔父の手には感服の他ありません。

 いやあ、手作りって、なかなかいいものですね。

 11月の最初の日、健康で歩むことができますように。

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