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2008年1月31日 (木)

事前審査  その3

 今日の午後には、とりあえず、第一次審査の合否が分かるのですが、それが分かる前に、またまた問題を思い出したので、それを記しておきます。

 「裁判員」と答える問題、それから音楽関係で「アリア」と答える問題がありました。

 などと、何か参考にしていただけることがあれば、と3回にわたって書かせていただきましたが、小出しになってしまって、どうもすみません。

 弾き語りの練習、まだ始めていませんが、音楽の専門家である身内の一人に尋ねますと、「まず、歌ありき」 ・・・ 無伴奏でも歌えるところまでしっかりと歌い込むべしとのことでした。曲にもよりますが、ドラマティックに表現するよう、自分を解放すること、そして聞き手への過剰にならないサービス精神ということも要素のようです。

 内気な(時もある)私には及ばないところがありそうですが、まずはチャレンジしてみます。  実は、かつてはカラオケで結構、「ブランデーグラス」「雨に咲く花」などを悦に入って歌い、周囲に気を遣わせたこともある私でありました。 レパートリーから察していただけるかと思いますが、ずいぶん昔のことですね。

 それでは、今日もよき日となりますように。

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2008年1月30日 (水)

事前調査 その2

 岐阜県音楽療法士認定研修講座の受講者を決めるための事前調査  その第一次を受けて、昨日は、その問題の一部を紹介させていただきました。

 そのとき、思い出せなかった問題が少しよみがえってきましたので、追記させていただきます。

 楽譜を見て、曲名を記す問題のもう一曲は、「赤とんぼ」でした。

 それから、社会一般の問題として、「セカンドオピニオン」を答える問題、読み仮名では「戻入」を読む問題がありました。これは、以前の仕事の中で読みにふれる機会があったので書けましたが、そうでなかったら書けなかっただろうなと思います。

 心残りは書き取りで「むぼう」を「無暴」と書いたことです。「無謀」と書くべきところだったと気がついたのは、「むぼう」をパソコンで変換しようとしたら「無帽」と「無謀」しか出てこなかったので、あれっと思い、そしてやっと気がついた次第です。漢字の意味からいっても、「無暴」ならば、おとなしくて、問題はありませんよね。うーん、恥ずかしい (^_^;)

 結果発表は、明日の午後 ・・・ その結果も包み隠さずにお伝えしようと思いますので、お楽しみに。

 今日もよき日となりますように。

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2008年1月29日 (火)

受講するための試験

 音楽療法 ・・・ 90歳を超える日野原重明医師は、日本における音楽療法の草分けの役割を果たした方でもあります。

 岐阜県の音楽療法研究所は日本の中でも先進的な存在であることを、関係の本を読んでいて知りました。

 岐阜県の広報に「岐阜県音楽療法士認定研修講座 事前審査」の知らせが出ていたので、それに申し込んでいました。

 資格が取れるところまでいけるかどうかは分かりませんが、研修を積む機会があれば、それに挑戦することは大事にしたいなと思っていたからです。

 実は、28日、その事前審査があり、臨みました。

 試験は10問あったと思います。「臨床」「更迭」などの漢字の読み、「介護」などの書き取りの問題がそれぞれ5問ずつ、後、幅広い知識をいろいろなことによって問う問題がありました。私が不正解でなければ「グループホーム」「学習障害」「C型肝炎」などと答える問題。音楽の問題としては、「4分休符」「ヘ音記号」図を見て「トロンボーン」と答える問題、「カンタータを日本語では?」とか、「オンブラマイフ」の作曲者を答える問題、楽譜が印刷してあって曲名を書く問題 ・・・ 「神田川」「シルクロード」 ・・・ うーん、3曲あったのですが、おそるべし、忘却力の強さ (^_^;)

 どんな音楽療法士になりたいかを100字以内で記して、試験は終わりました。

 受験者は60人ほどだったでしょうか。

 そうそう、上述したのは第一次事前審査で、これに合格すると、二次審査は、スマップの「世界に一つだけの花」か森山直太朗の「さくら」のいずれかを審査当日指定されて、何かを演奏しながら歌うという課題に臨むことになります。

 第二次審査に進めるかどうかは分かりませんが、またご報告させていただきますね。

 なお、いつか書かせていただいたように思いますが、「音楽療法士」というより「音楽時間演出士」とか「音楽時間創出士」というようなスタンスが実情に合うような気がしています。

「悩みの霊に苦しめられる時には、竪琴の音色が一番です。 うまい者を捜してまいりましょう。 美しい調べが心を静めてくれます。きっと晴れ晴れとしたご気分におなりでしょう。」
「よかろう。 さっそく弾き手を見つけてまいれ。」
その時、家来の一人が申し出ました。 「ベツレヘムにいい若者がおります。 エッサイという者の息子ですが、竪琴を弾かせたら、そりゃあもう天下一品です。 りっぱな若者で、勇敢ですし、ちゃんと分別もございます。 その上すばらしいことに、その子には神様がついておられるのです。」
サウルは乗り気になり、使いをエッサイのもとへ送って、「おまえの息子で、羊飼いをしておるとかいうダビデをよこしてくれ」と頼みました。
エッサイは要請に応じ、ダビデばかりか、子やぎ一頭と、パンやぶどう酒を積んだろば一頭とを献上しました。
16:21 ダビデをひと目見たとたん、サウルは感嘆の声をもらし、たいそう気に入った様子でした。 こうしてダビデは、サウルのそば近くに取り立てられたのです。
16:22 サウルはエッサイあてに、ダビデが気に入ったので、手もとに置きたい旨を書き送りました。
16:23 神様からの悩みの霊がサウルを責めさいなむ時、ダビデが竪琴を弾くと、霊は離れ、サウルも気分がよくなるのでした。

聖書のことば    サムエル記  第一  16章  16節 ~ 23節

 聖書に記されている音楽療法の記事とも言われている箇所です。

 今日も、よき日となりますように。

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2008年1月28日 (月)

「男はつらいよ」・・・

 山田洋次監督の「母べえ」(かあべえ)が封切られ、テレビでも宣伝されていますね。

 その関係からでしょう、27日夜はマドンナ役が吉永小百合の「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ」が放映されていました。

 山田監督のテレビでの対談の内容を紡ぐと、「武士の一分」の撮影に入る前に、山田監督は直接、「母べえ」への出演依頼を手紙をしたためて依頼し、それを受けてもらって、「武士の一分」を撮り始めたのだとか ・・・ 

 バレリーナやフィギュアスケートの選手がくるくる回って倒れないのは、先を先を見つめているからだとか ・・・ 山田監督には先見性と人間への深い洞察、愛が感じられますね。

 寅さんの優しさにも、吉永小百合さんのひたむきさにも、そして山田監督の瞳の確かさや大きな器にも心が揺り動かされ、感動を覚えております。

 そういう私は、先週、親知らずを抜いて、その日のうちにちょっとした距離を歩き回ったのが体にこたえて、何回かの食事を抜き、「恋やつれ」ならぬ、体重「やつれ」をしました。

 この体重を基準の数値にしないよう、家内を説得したところです。

 ささやかな体験を通して、一つ、ことばが生まれました。

  「奥歯を抜いたら奥ゆかしく」

 えっ、常識ではないかって  ・・・  おっしゃるとおりのようですね。 ・・・

 今は、体調も戻り、そして ・・・ 残念なことに、体重も実に速やかに戻りつつあります。ご安心ください。

 よき週となりますように。

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2008年1月27日 (日)

心温まる会

 鍋物での会食だったから、温かくなるのは必然 ・・・ かもしれませんが、すてきな親睦会に出させていただきました。

  岐阜市の長良にある「ひまわり」という自立支援施設 ・・・ その社員・保護者・スタッフ役員などが一堂に会して、食事、自己紹介、抱負の語り合い、クイズ、歌などのプログラムで楽しみました。

  社員の方たちの今年の抱負は、「しっかりと折り目をおる」とか「あいさつをしっかりする」「車に気をつけて散歩する」などなど分かりやすく、そして大切な基本であるものでした。

 宿泊訓練の時のボランティアの方など、お世話をしてくださる方のまなざしも優しく、多くの方の力が支えとなっていることを感じました。

 火曜日から土曜日までの喫茶部は、シャルマンという洋菓子と喫茶店を開いておられたクリスチャン夫婦が腕をふるい、サンドイッチ、前もって予約しておくと特製のランチが値打ちで食べられます。クッキーやケーキなどもあり、バースデーケーキなどの予約もできます。

 土曜日は、そばとうどんもメニューに加わります。日曜日・祭日・月曜日はお休みです。

 よろしければ、一度おいしいコーヒーも200円とお値打ちな「ひまわり」へお出かけください。

 電話058-295-4026「ひまわり」へお問い合わせください。

 さて、今日は日曜日 ・・・ キリスト教会の日曜礼拝へどうぞ。

 よき日となりますように。

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2008年1月26日 (土)

リンカーンとキルト

 東京ドームで開かれている東京国際キルトフェスティバル ・・・ その一角にアメリカのログキャビンキルトのコーナーがあることが報道されていました。

 そこに、リンカーンと関わりのあるキルトが展示されているそうです。

 リンカーンが大統領選挙に臨んだときのキャッチフレーズは「ログキャビンからホワイトハウスへ」だったとのこと。リンカーンが生まれ育ったのは、ログキャビン・・丸太小屋だったそうで、志を抱いて学べば、丸太小屋に住んでいた者も大統領になれる、それがアメリカという国なんだというメッセージだそうです。

 南北戦争後、大統領に就任して5年目のこと、暗殺されたリンカーンの葬儀場などに使われた黒い布が、彼の死を悼む人々に分け与えられ、以来、たくさんの人がログキャビンキルトを作るようになったとのことです。

 NHKテレビを録画したものから、写真を紹介させていただきます。

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写真は左から「リンカーンの育ったログキャビン」

「葬儀の様子」「追悼キルトの一部」「追悼キルト全体」です。

  【クリックしていただくくと写真が少し大きくなります。】

 ついでに、南北戦争の原因となった、というより、奴隷解放運動の原動力となったと言われる『アンクル・トムの小屋』の作者ストウ夫人のお姉さんだったか、親類の方がダイニング・キッチンあるいはリビング・キッチンの考案者だとラジオで聞いたことがあります。ちょっと記憶が曖昧で申し訳ありません。

 こうしたことを聞くと、いろいろな方が身近になるような気がしますね。

 明日は日曜日、よろしければキリスト教会の日曜礼拝にお出かけください。

 今日もよき日となりますように。

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2008年1月25日 (金)

リンカーン大統領

 アメリカの大統領選挙 ・・・オバマかおばさまか、くらいで傍観しているのですが・・・もちろん、よその国のことですので、傍観するしかないのですけれど世界一の大国のトップの座を占める人によって、世界全体に影響がある時代ですので、気にはかかります。

 あのリンカーン大統領のような品格を備えた人が候補だと嬉しいのですけれど。

 おつりを少なく渡してしまったことに気がつき、遠い道を歩いてその日のうちに返しに行ったこと、車のセールスをしていて、商談成立直前に、相手が「もし、君だったら、この車をこの値段で買いますか?」と問われて正直に「いいえ」と言ったこと、大統領になっても、靴を自分で磨き、「いやしい仕事はない。いやしいとしてしまう人がいるだけだ」と言ったとか、眠そうになっている見張りの兵隊に、しばらくその任務を代わって大統領室で休ませてやったとか ・・・

 このうちのいくつかは、作られた美談かもしれませんが、そういう美談が後に生まれるような人には、「そうだろうな」と周囲の人に思わせる風格、品格が備わっているのだと思う今日の私です。

自分で自分をほめるより、人からほめられるようにしなさい。

聖書のことば 箴言 27章 2節

 今日も、よき日となりますように。

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2008年1月24日 (木)

手際のよい歯医者さん

 覚悟を決めて、歯医者さんに行きました。親知らずを抜く日だったのです。

 前回の説明で納得していたものの、抜く必然をもう一度確認しました ・・・ 覚悟していたと言いながら未練がましいのでは、ですって  ・・・ そのとおりです。(^_^;)

抜く理由

1.狭い敷地に無理矢理家を建てたような状態で、隣の歯を圧迫している

2.その親知らずの歯とかみ合うべき歯がない 

3.その親知らずは、背が高く、隣の歯のかみ合わせに影響を与えている

4.隣の歯が磨きにくい状態になっている

5.その親知らずの歯自体、形状的に磨きにくい部分があり、虫歯になっている

などを丁寧に説明してくださいました。

 麻酔をかけるとき、♪「星に願いを」(ディズニー映画「ピノキオ」のテーマ曲)が流れる仕組みになっていました。緊張を少しでもやわらげるためだそうです。

 麻酔が効くまで、しばし待ち、「耳に近いところなので、ミシミシっときしむ音がすると思いますが、それが普通ですから。でも、痛かったり、変だなと思ったら、手を挙げてください」との説明を受けて、いよいよ、抜歯 ・・・

 さあ、覚悟を、と思っていましたら ・・・  ミシミシっ  「はい、抜きました」  えっ  所要時間 30秒はかかっていなかったと思います。

  分かりやすく説明し、手際よく進める  ・・・ よい歯医者さんだと思いました。

 痛み押さえのとんぷくと化膿止めの薬をいただいて、終了。そうそう、二日後に、抜いた後の様子を見せに来てくださいとのことでした。

 あまり、うれしい話題ではなかったと思いますけれど、つきあっていただいて、ありがとうございます。

 お礼に二つ、とんちのクイズを ・・・ お礼にならないかもしれませんけれど

1. 「ママが好き」の反対の意味を持つ果物の名前をお答えください。

2.フランスで祝われる「せんべいのカーニバル」って、何のこと?

答えは、「続きを読む」をクリックしてください。 ※ でも、少しは考えてくださいね (^。^)

続きを読む "手際のよい歯医者さん"

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2008年1月23日 (水)

一歩一歩

 各務原市の尾崎団地 ・・・ そこにある三峰山に、昨年の暮れに続いてもう一度登ってきました。

 頂上にある標識というか、世界のいろいろな都市をさして、そこまでの距離を表示してあるのが、なかなかに楽しく、今回は、それがしっかり見えるように写真を撮ってまいりました。(クリックしていただくと写真が少し大きくなります。)

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 順不同ですが、ごらんになっていかがですか? 大阪がとても身近に感じられるのと、今から歩き始めれば、北京オリンピックが始まるまでには余裕を持って北京にたどり着けるような ・・・  そんな気持ちになりました。 

 つい、このブログ始まって以来の枚数を一度に掲載してしまいました。気が大きくなっているのでしょうか。

 ふと、お店で値札を工夫して並べると、ふだんは大きく感じられる金額が「おお、これなら買えるぞ」という金額に見えるというマジックをTVで紹介していたのを思い出しました。

 それはそれとして、山に登るときも、平地を歩くときも、しっかりと地に足をつけて一歩一歩進んでいきたいと思います。

 イエスは彼らに言われた。「まだしばらくの間、光はあなたがたの間にあります。やみがあなたがたを襲うことのないように、あなたがたは、光がある間に歩きなさい。やみの中を歩く者は、自分がどこに行くのかわかりません。

聖書のことば   ヨハネによる福音書  12章 35節

 今日は、もう水曜日 ・・・ 寒めの日が続いているように感じられますが、立春まであと半月ほどになりました。 「冬来たりなば 春遠からじ」と詩の一節にありますね。

 ♪「北風の中に 聞こうよ 春を ・・・」  よき日となりますように。 そうそう、昨日のブログでご紹介した、教え子からの問題

 「鏡に向かうと左右は逆になるのに、上下は逆にならない。どうしてか。」

の答えを今日は発表させていただくのでした。「続きを読む」をクリックしてください。

続きを読む "一歩一歩"

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2008年1月22日 (火)

「ノー」と言わない脳

 先日、脳のすごさを改めて実感する記事を見かけました。およそ、こんな内容です。

 柱など、まっすぐの物を視野に入れておいて自分の体を傾けてみる ・・・ 見る角度は変わっているのに、柱はちゃんとまっすぐに立っていて、脳に画像を描き直していることさえ感じさせない。

 おお、なるほど、と思いました。パソコンの中で、写真を90度、あるいは180度向きを変えるとき少し時間がかかるのを体感された方もおられると思います。脳のほうは瞬時にもっと広い範囲を描画し直して平気な顔をしているのですね。

 えらいものだと思いました。

 生きている限り、成長を続けるのが脳だとも別の本で読みました。

 そういう脳に、できるだけ上質の感動を供給しつつ歩んでいこうと思いました。

 世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。

聖書のことば   ローマ人への手紙  1章 20節

 そうそう、ある教え子が、メールでこんな問題を送ってくれました。

 「鏡に向かうと左右は逆になるのに、上下は逆にならない。どうしてか。」というのです。

 なかなか、奥の深い問題だということに後で気がつきました。よろしかったら、挑戦してみてください。 答えは、明日のこのブログで ・・・ 

 今日もよい日となりますように。 

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2008年1月21日 (月)

アンサンブル

 ダークダックスは、最初、慶応大学の同級生三人でトリオを結成し、もう一人、できればルックスのよい後輩を加えて、カルテットにしようということになり、それが実現したと聞いたことがあります。

 愛称では四人をいえるのですよ ・・・ パクさん、マンガさん、ゲタさん、ゾウさん

 軍歌と演歌は歌わないことに決め、ロシア民謡については、何回か本場へ行って公演し、磨きをかけたとか。

 グループ結成25周年には、四人合わせて一世紀というコンサートを開いたように思います。

 ロシア民謡以外に「雪山讃歌」・「銀色の道」「アンジェリータ」「花のメルヘン」でしたか、ダークダックスはほんとうにすてきなコーラスグループとして、心に残っています。

 コーラスは、それぞれの持ち味が一つになって生かし合うコラボレーション ・・・ 家庭も人生もそれぞれの家族の力を寄せ合って、すてきなアンサンブルが奏でられるのが理想的ですね。 

 これが、なかなかむずかしいことではありますが、それゆえに奥深い味わいが生まれるのが人生ということかもしれませぬ。

 キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。 

聖書のことば コロサイ人への手紙  3章 16節

 「汚れなき悪戯」という映画に、主人公マルセリーノの一日はまるで歌のようだ・・・とナレーターが語り、主題歌が歌われる場面があります。私たちの今日という日、歌も、為すことも神さまに喜ばれるように歩めますように。

 今日は、私の身内の一人の誕生日です。おめでとうございます。(^。^)

 

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2008年1月20日 (日)

ダークダックス

0003   一日遅れですが、せせらぎ街道の雪の白樺の眺めです。

 私の場合、ロシア民謡と、ダークダックスの歌声とは強く結びついているのですが、「トロイカ」のほかに♪「すずらん」「ともしび」「黒い瞳」「道」「コサックの子守歌」「カチューシャ」などを愛唱していました。

 岐阜にダークダックスが来たとき、子どもたちと聴きに行き、思い切って終演後にサインをいただきにいきました。すると、なんと、低音の魅力の遠山さんは、愛称である「ゾウさん」の絵をこまめに描いてくださったので、感激しました。

  さて、今日は日曜日、キリスト教会で、聖書のメッセージを聴き、美しいハーモニーまでいくかどうか分かりませんが、神さまをたたえて讃美歌を歌ってきたいと思います。

 よき日となりますように。

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2008年1月19日 (土)

雪のしらかば・・・

 郡上踊りで有名な郡上から高山市までを結ぶ「せせらぎ街道」という道があります。時間的には、東海北陸自動車道というのが速いのですが、私は、このせせらぎ街道を車で走るのが好きです。

 所用があって、せせらぎ街道を来たのですが、除雪作業がなされていて、雪に道が覆われていたのは、日光があたらないほんの少しの部分でした。

 街道沿いに、あのロシア民謡♪「トロイカ」の歌詞を連想する風景がありました。

 「雪の白樺並木 夕日が映える 走れトロイカ 軽やかに 粉雪蹴って」

 この歌はダークダックスのコーラスによって、ずいぶんたくさんの人に親しまれるようになったようです。私の小学6年生のころのことです。

 ご存知の方も多いと思いますが、歌詞は、「軽やかに 粉雪蹴って」「走れトロイカ 今宵は楽しい うたげ」 などとあるのに、メロディは下降しているのですね。

 原詩にあたったわけではないのですが、もともとのこの歌は、金持ちに恋人をとられて嘆いている若者の思いが込められているのだそうです。

 そう、教えてくださる方があって、歌詞とメロディの動きの違和感が解消した思いになったことがありました。

 でも・・・失恋した若者は、その後、どんな人生を歩んだのでしょうね。

 あの、ベスセラー ・・・ 品格の本を書いた藤原正彦さんは新聞の身の上相談を担当していて、「失恋を重ねて私はこんな立派な人間になりました。挫折を成長の糧にいたしましょう。」という論旨の回答を書いておられます。

 そうです、何事も成長の糧といたしましょう。 えっ、そういう私ですか ・・・ 武士の情け、 聞かないでください。

 あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

聖書のことば   コリント人への手紙  第一  10章 13節 

 明日は、日曜日、キリスト教会では礼拝で聖書のメッセージが語られ、讃美歌が歌われます。  よろしかったら、お出かけください。 

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2008年1月18日 (金)

存在すること自体の尊さ

 阪神・淡路大震災 ・・・ 13年、経過したのですね。

 震災からおよそ1年後に、神戸の学校の教育活動を復興する働きの中心の役割を担った方のお話を伺ったことがあります。

 語られたお話で特に心に残ったのは、次のことばでした。

「こんなに大きな災害から立ち上がるには、子どもたちの明るい声、明るい顔が不可欠だと思いました。ですから、子どもたちのためにも、大人のためにも一日も早く学校を再開したかったのです。」

 保護されるだけでなく、大人に大きな力を与えてくれる存在として子どもたちをとらえているその構えに共鳴しました。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

聖書のことば  イザヤ書  43章  4節

 何かを為したから大事にする、認めるということでなく、存在することそのものがすばらしいのだということ ・・・ doingではなく being 神さまの私たちへの愛は、まさに私たちの存在そのものに向けられている愛なのです。

 今日も、神さまの豊かな愛を身近に感じつつ歩むことが出来ますように。

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2008年1月17日 (木)

順調な発達

 このところ、三晩続けて、「老い」をテーマにした映画をテレビで鑑賞しています。

 「殯の森」(もがりのもり)・「老親」・「そうかもしれない」  ・・・ 人間、自分のこととして向き合わなければいけないことですよね。

 今、車いすに乗っているお年寄りも、かつては私など及びもつかないすばらしいランナーであったかもしれません。

 そうそう、ずっと以前、職場で「このごろ、夜、細かい文字がとんと読みにくくなった」と話しましたら、間髪を入れずに先輩がこう言いました。こともなげに ・・・

「うん、順調な発達や」

 うーん、確かにそうには違いないのですが ・・・ そのとき思いました。

 これからは、発達不順か、きわめて緩やかに発達したいものだ と。

 いえいえ、せっかくこの年まで成長してきたのですから、後戻りしたいとは思いませぬ。

  ウオーキングも、山登りも、ピアノの練習も、読書も ・・・

  食べ物をおいしく食べ、「ちりとてちん」なども楽しく見て、ブログを書きつづって・・・

 まだまだ健康で若いのに、ちょっと力んでいるような ・・・ 三夜続けての映画の影響でしょうかね。

夕暮れ時にも、なお光がある。

     聖書のことば    ゼカリヤ書  14章 7節  

 今日もよき日となりますように。

 

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2008年1月16日 (水)

旭山動物園

 皆さんのほうがよくご存じなのでは、と思うのですが、動物の自然な生活の姿を見てもらうということをテーマに作り替えて運営されている旭山動物園 ・・・ その園長先生がラジオで語っておられた話

  動物たちに与える食事を人間が調理すると、動物たちは、すっと食べてしまって、ひまでひまでぶらぶらしていることになる ・・・野生の動物は、食事を得るのが仕事で、それだけに一日中かけている ・・・ 

 それで、リンゴを丸ごとキリンに与えることにすると ・・・ 口にそのままでは入らないキリンは、リンゴが口に入るようになるまでなめて細かくしたり、葉の付いた枝の場合は実に不思議な唇の動きで折り曲げたりして、ずいぶん時間をかけて食事をするようになり、退屈しない生活をするようになったのだそうです。

 雪の降りしきる日も動物園に、多くの観客が足を運んで(年に3百万人でしたか・・・)歓声を上げながら動物たちの生活する姿を見ている ・・・ シロクマが泳ぎ、もぐる姿の見られる水槽などなど人気があるのですが、そうした水槽に数億円かかり、借財がなかなか返せないのだそうです。

 でも、明るく笑顔でこれからを語る園長先生をラジオと同じ日にテレビで見ました。

 本当に動物と向き合うって、どういうことなのかを学ばせていただくチャンスが、旭山動物園には、まだまだたくさんあるように思います。

 子供を懲らしめない親はその子を心から愛していないのです。愛している子なら罰するはずです。

聖書のことば   箴言 13章 24節

 

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2008年1月15日 (火)

車の名前

 昨日の山登りは、快い熟睡と、そして軽い筋肉痛をもたらしました。

 豊かな贅肉と、貧弱な筋肉の取り合わせ ・・・ それは、車で言いますと、軽自動車のタイヤにダンプのような車体を乗せているのに似ているかもしれません。

 (^_^;)  ウ、ウッ 、自分で書いたたとえなのに、なんだかあまりにぴったりで、 ・・・

 でも、こつこつと続けることを大事にしたいと思います。

           そうそう、軽自動車といえば、最近のブログを読んで、0001 「どんな車にされたのですか」と尋ねてくださった方がいますので、この場を借りて発表させていただきます。

 右の写真の青い車がそうです。 「i 」(アイ)という名前です。

 購入してから、車雑誌で見るとスタイルの評価はいいのですが、総合的には「move」(

ムーヴ)というのが、その雑誌ではよい評価を得ていました。(ちなみに、32インチの液晶テレビがおまけについてくる初売りをしていたのが、その車です ・・・ いえいえ、それにひかれて車を決めてはいけませんね。 一度決めたら振り返らずにその道を進むのが大事です ・・・ ) 

 さて、「アイ」は乗っていて楽しい車です。レストランで三つ星が付いているところが好きな人もあれば、そういうことにとらわれない人もいるでしょう? だから、もうすでにこの車は「愛車」です。 仲良く暮らしていきたいと思います。

 成人式を迎えた若者たちを見かけました。談笑する姿がさわやかでした。行く手に幸多かれと祈ります。

 若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。

聖書のことば  箴言   22章 6節

 

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2008年1月14日 (月)

登頂、最高峰

 昨日の日曜日、午後から山登りに挑戦いたしました。その山は、岐阜市の最高峰、百々峰(どどがみね) ・・・ 事前に、わかりやすいパンフレットをくださった方があり、そして、実際に何回も登っている人のアドバイスもあったので、登り口には迷うことなく行くことが出来ました。0003

 そして・・・頂上から、撮ったのが、先日登った岐阜市の金華山・・・クリックしていただくと写真が少し大きくなって、岐阜城がみえると思います。

 やればできる ・・・ この日は、風がけっこうあり、それも冷たい風だったのですが、それは予想できたので、セーターなどを重ね着して準備したのが役に立ちました。

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 爽快感が味わえ、そして自信が得られたことを喜んでいます。登り始めたのが1時半、途中で何人かの方にコースを確かめさせていただきながら頂上に着いたのがちょうど3時でした。下りは引力が助けてくれるのか、早くおりることができました。3時25分に頂上を出発し、4時10分下山完了。慣れた方に比べると、時間はかかっていると思いますが、でも自分の体力、ペースで、というのが大事だと思うのですね。さりげなくサポートしながら同行してくれた伴侶に感謝します。

このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。

 聖書のことば  ルカによる福音書  6章  12節

 山は、心を静めることもできる特別な環境でもあるのですね。 

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2008年1月13日 (日)

初心

 友人に譲ってもらった車を同じメーカーの軽自動車 ・・・ 約3千キロを走っただけの中古車 ・・・ と換え、自動車保険の切り替わる時間が来て、自宅まで運転してきました。楽しく車を走らせましたが、無事に「車庫に入れてほっとしました。

 車の大きさは身軽になったのですが、今度の車に慣れるまでは、慎重運転が続きそうです。

 というより、車の運転は、上達はしても、慣れてはいけないのでしょうね。初心に帰って運転したいと思います。

 軽自動車に切り替えて、1年分を払い込んでいた任意自動車保険がある程度戻ってくることになりました。車の大きさが変わった差額です。そして、自動車税が安くなり、ガソリン代も今までよりも節約が期待できそうです。

 年齢が上がって、それほど長距離をドライブすることもなさそうですから、小回りのきく軽自動車と親しむ機会は増えそうです。

 遠慮深い伴侶は申しました。「私が、この車に慣れるまで、あなたが乗ってね。」

 「は、はい」 ・・・  うーん、ここで問題です。いったい家内は、いつ、新しい車に慣れるのでしょう。

 それはそれとして、今度の軽自動車はエンジンの位置に特徴のある設計なので、車好きの同僚が、乗ってきて見せてくれとリクエストしてくれています。来週が楽しみです。

 さて、まずは私が今度の車に慣れることにいたしましょう。岳父は車好きで運転も上手だったのですが、車を新しくしたときには自動車学校のコースを借り、そこで十分に練習を重ねてから一般道路に走り出す人でした。

 初心忘るべからず ・・・ えっ、車の話は2回目だけれど、車種が明かされていない ・・・ そういうあなたも、かなり車が好きな方のようですね。

 エンジンが後部にあり、軽自動車としてはホイールベースが長く、なかなかしゃれたデザイン ・・・ これで、分かる方には分かり、分からない方には分からない ということで今回の結びとさせていただきます。

 今日は日曜日 ・・・ キリスト教会の礼拝に出られる方は、どうぞご出席ください。

 よき日となりますように。

 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。

聖書のことば  ローマ人への手紙  12章 3節

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2008年1月12日 (土)

♪「春の海」

 かなり以前、宮城道雄さんの名曲♪「春の海」がヴァイオリンとピアノで演奏される場に、楽譜めくりの役割で臨んだときのことです。

 弾き始める前に、ピアニストがごく短時間、瞑想されました。

 そのとき、私は耳を思わず疑いました。ザザーッと波の音が聞こえてきたからです。 ・・・ 演奏会場は、下呂の小学校の体育館 ・・・ 近くに海はありません 

・・・ どう考えても、 「春の海」を演奏するにあたってピアニストが、まず自分の内面に曲想を描いて、音を送りだそうとしたそのイメージが、そうした世界からは遠い段階にある私にまで伝わってきたとしか説明できないのです。

 優れたピアニストは、音符に魂を込めてこの世に音楽を送り出します。

 それにひきかえ、私は、文字を読めるようになった子が文をつっかえつっかえ、拾い読みをしているような、ようやく音符を音にしているような段階でしかありません。でも、本物への憧れをもって、そして楽しみながら、ピアノに向かい続けたいと思います。 

 ♪「春の海」が聞こえてくると、いつもその思いがあらたにわき起こります。

・・・願わくは、弾き手の私だけでなく、聞き手にも音楽の楽しみが湧きあがるようなところまで私が成長できますように (^_^;)

 そうそう、あるお琴の先生が宮城道雄さんの曲などを織り込みながら日常のエピソードを綴っておられるブログ「ワンちゃん大好き」に巡り会いました。まだ、開設されて日が浅いようですが、音楽と宮城先生への深い理解が伝わってくるとてもすてきなブログです。よろしかったら、ぜひご訪問ください。

http://wanchan129.cocolog-nifty.com/blog/

 たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。
 また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。
また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。
愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。

 聖書のことば  コリント人への手紙 第一  13章 1節 ~ 4節

 「愛の章」と呼ばれている箇所です。冒頭のところは魂のこもらない演奏を連想させますね。そして、もっと深いところまで考えを導いてくれます。

 さて、明日は日曜日、キリスト教会の礼拝に足を運んでくだされば嬉しいです。

 今日も、よき日となりますように。

 

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2008年1月11日 (金)

インプット・アウトプット

 インプット・アウトプット ・・・入力と出力 と訳してしまうと、それだけのことなのですが、今回はそのことで書かせていただきます。

 ピアノの練習の仕方やレッスンの在り方の本を何冊か読んだなかに、

 「インプットが正しければ、アウトプットについては口やかましくとがめない」といった内容の箇所がありました。私は、次のように受けとめて納得しました。

◇ 楽譜の音符の長さや音の高さは正しく認識しているなら、それを実際に弾けなくても、 正しい練習を続けていれば、ちゃんと弾けるようになるので長い目で育てていけばよい。

□ けれど、楽譜を誤って見ているなら、それに基づいて練習しても正しく弾けるようにはならないので、即座に誤りを指摘して改めさせる必要がある。

 交通ルールのような場合は、命に関わりますから、即、その場で厳しく指導、ということになりますが、時間をかけてじっくり醸成というような場合には、活用できる構えではないかと思いました。

 そのほか、インプット・アウトプットから思い浮かべたことを書かせていただきます。

 大きな山の麓からわき出る水の中には、雨としてその山に降り注いでから百年かそれ以上もかけて濾過されて地上に出てきているものがあるそうですね。

 テレビに顔を出している評論家のなかには、(大半は立派な人なのですけれど)以前に他の人の論文の無断拝借などで問題になった人もあります。そこまではいかなくても、誰かに聞いたことをそのまま受け売りとも意識せずに自分自身の考えのように話している場合が私にも皆無とはいえません。

 百年ほどをかけて山裾からわき出る清水のことを思うと、インプットからアウトプットまで、何と性急で、消化されることのない、根の浅い情報、考えが飛び交いやすい世の中になってきているのでしょう。

 ただし、人間は大自然と違って、自分の人生を何百年というスパンで考えるわけにはいきません。それで、せめてインプットとアウトプット ・・・ そのバランスを考え、できるだけ上質の内容をインプットする日々を歩みたいなと思う次第です。

 すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません。

 聖書のことば  コリント人への手紙 第一 10章 23節

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2008年1月10日 (木)

携帯の不携帯

 うーん、朝持って出た携帯が夜は不携帯であることに気づきました。・・・心当たりをさがした末に、そういえば腕時計も姿を見せないので、二つまとめて大学に置き忘れたのだろうと、落ち着くことにしました。帰りがけに机の上は忘れ物がないかどうかを確かめるまなざしで見た覚えはあるのですけれど。

 朝になって、そのむね、依頼をすると、幸い、マナーモードを解除してあったので、コールに応えて私の携帯がつつましく名乗りをあげたそうです。

 おかげで、安心して取りに行くことが出来ました。

 着信が三つと、メールが三つ ・・・ 着信の二つは、携帯の所在を確かめるための我が家からと、同室に勤務する人からの電話でした。

 メールのほうも、急ぎの内容はなく、そして、すぐ返事しなくても人間関係がこわれるようなことのない間柄の相手からだったので、まずはめでたしめでたしです。 

 実は、このところ、よく知っている人が、ある人は携帯を洗濯物にまぎれて洗ってしまい、ある人は、しっかりと踏んづけてしまってそれぞれが携帯買い換えの事態を招いたので、心しなければと思っていたのです。データがたくさん詰まったままで紛失したら、多くの人に迷惑がかかる可能性もあるので、洗濯したり、踏んづけたりするよりも始末が悪いですよね。

 この際、古いデータは消してすっきりさせておこうと思います。

 伴侶をはじめ、さがしてくださった方々、申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました。

 携帯やパソコンがなくても、確かな絆を結ぶことができる関係が最高ですね。そして、祈りは、まさに、いつでも、どこでも神さまと向き合うことのできる道、架け橋なのです。

 何事も心配してはなりません。 むしろ、どんなことでも祈りなさい。 神様にお願いしなさい。 そして、祈りに答えてくださる神様に感謝するのを、忘れてはなりません。

 聖書のことば  ピリピ人への手紙  4章  6節

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2008年1月 9日 (水)

寸分たがわず

 1月2日のことです。

 駅まで、久しぶりに帰省する息子を迎えに出掛けました。正月のこととて、道路が割合空いていて、駅で待つ時間が多めかなと思ったとき、車に同乗していた人生の同伴者が申しました。

 「ここのローラアシュレイ、何十パーセント引きとかの初売りをしているんだって」

 「おお、それなら、少し、時間があるから、行っておいでなさい」

 車で周辺をぐるっと回って、約束の場所へ戻るまでの時間 ・・・ それは、なんと15分間でした。

 時間が短いので、下見程度かな、と私は思い、家内もそのつもりだったのだそうですが、よい品物を見ると、「あっ、これはいい」とインスピレーションが働いて、購入してきておりました。それは、スーパーで野菜を選ぶよりもはやわざだったかもしれません。

 驚いたのは、それからです。

 帰宅して着用してみると ・・・ サイズが、本当にぴったりだったのです。

 教会でクリスマスの礼拝の後、2007年を振り返って語り合ったとき、

「悲しいこともありましたが、神様の恵みは、それぞれの状況において、寸分たがわずそそいでいただけました。」と語ったクリスチャンがありました。

 試着する暇もなく、急いで選んで購入した服がサイズがぴったり、というのと上記のことばを結びつけるのは、あまりに直線的かもしれません。

 でも、本当に神様ってすばらしいなあと思ったのです。どうしてかといいますと、その日、家内が短時間のうちに選んで購入した服は三つあり、それがどれもサイズに過不足がなく、ゆっくりと眺め直すとますます素敵だったからです。まさしく、神ワザではないでしょうか。

 ブログに家内を登場させるときには、事前に目を通してもらうことになっています。でも、今回のは許可が下りない可能性もありますので、事後承諾というか、事後謝りにしたいと思います。  ただし、普段は、私の衣料品ばかり買うことを勧め、自分のものはめったに購入しない家内であることは、書き添えさせていただきますね。

  わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──【主】の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。

聖書の言葉    エレミヤ書  29章 11節

 

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2008年1月 8日 (火)

車選び

 友人に値打ちに譲ってもらった車・・・4WDで、バッテリーも寒冷地仕様でたいへん気に入っています。荷物がたくさん積めるので、家内とリサイクルセンターに古畳を運んだり、家具屋さんで購入した家具が、ちょっと無理かなと思ったのに、うまい具合に積んで運べたり、たいへん重宝しています。

 けれど、12か月点検で、もうしばらくしたら不具合が起きそうな状態が見つかり、部品を取り替えても全体が古くなってきているから、その後も修理が必要になる可能性もあると診断されました。

 それで、同じメーカーの軽自動車に買い換えることにしました。中古ですが、走行距離も少なく、機能もデザインも先進的なところが気に入りました。燃費も期待できます。

 カーナビがついているのもありましたが、必要になったら、カーナビは取り外しも出来るタイプのものを購入しようということにしました。幸い、同一メーカーの下取りということもあってかなり値打ちに購入できることになりました。

 実は、正月に出掛けた大型マーケットで、32インチの液晶デジタルハイビジョンが付いてくる新車の初売りを見かけ、ググーッと引力を感じたのです。念のために申し上げますが、テレビを取り付けた車ということではありません。付録としてテレビもついてくるということです。

 けれど、懸命な我が伴侶が「テレビに惹かれて車を決めるものではありません」と優しく諭してくれたので、おまけに目がくらんでお菓子を買うような行動をとることはひかえました。・・・今も、ちょっと惜しい気がしないではありませんが、やはり本末転倒でしょうかねえ (^_^;)

 来週にはその車に切り替わる見込みなので、今週中に大きなものでリサイクルセンターに運ぶとよいものは運び、現在の愛車とのなごりを惜しみたいと思います。

 『間違いだらけの車選び』というベストセラーがありましたが、いろいろな方のアドバイス、ご好意のおかげで間違いなしの車選びができたのではないかと感謝しています。

 それほど車には執着していない人間だと自分のことを思っていたのですが、やはり、来週が楽しみになっていることに気がつきました。うーむ、そういうところもある自分だったのですね。

 人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。

 聖書 コリント人への手紙 第一 8章 2節

 

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2008年1月 7日 (月)

美濃市のフォカッチャ

 日曜日の礼拝の後、美濃市に行きました。うだつの上がる町並みは、歩いていてなかなか楽しいのです。

 以前には気がつかなかったのですが、写真のお店もありました。

0005  この写真では、ちょっと「うだつ」がわかりにくいと思いますので、

もう一枚、掲載させていただきます。0007

 さて、美濃市の魅力は建物だけではありません。今日のタイトルのフォカッチャを写真でご紹介いたします。このお店はケーキ類もおいしくて、以前、訪れたあるアイドル女優さんが同じスイーツをおかわりしたこともあるそうです。(氏名はちゃんと覚えていますが、名前は伏せておきますね。)

  「フォカッチャ」・・・私には分からなかったのですがオリーブオイルで焼き上げたぱんのことだそうです。 なんだか、洒落を言いたくなりましたが、つつしむことにいたします。

0008  レタスとベーコンと目玉焼きがはさまれており、イチジクのジャムとヨーグルト、そしてコーヒーなどの飲み物がセットになっていました。

 おいしかったですよ。

  うだつの町並みの散策で結構歩いたのですが、帰宅して一休みしてから、ウオーキングに出かけました。年賀状の返信を出しに ・・・ せっかくだから片道30分ほどのところにあるポストまで  ・・・ ほどよく運動したので、ぐっすり眠れそうです。

 健康によいことをしている爽快感があります。ただし、それによって疲れて息切れしてはいけませんので、楽しんでできる範囲で出来るだけ健康志向の2008年にしていきたいと思います。

 陽気な心は健康を良くし、陰気な心は骨を枯らす。

聖書  箴言  17章 22節

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2008年1月 6日 (日)

2008年最初の日曜日

 今年、最初の日曜日です。

 キリスト教会での礼拝に出かけてまいります。

 ある外国の人が日本人の宗教心を批判というよりも不思議がって次のように言ったことがあるそうです。

 日本の人は、あまり意義を知らずにクリスマスを祝い、除夜の鐘を聞きながら一年を振り返り、そして神社に初詣に行く ・・・ 一週間ほどの間に三つをそれと意識せずに渡り歩いていることに気がついているとは思うのだけれど ・・・

 それは、ともかく、行ってまいりまーす。

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2008年1月 5日 (土)

金華山

 080104_13380001           各務原の権現山に登ったので、今度は、岐阜市民としては金華山に登ろうというわけで、1月4日に登ってきました。写真は岐阜城です。

 斎藤道三、その娘婿にあたる織田信長や若き日の豊臣秀吉・・・木下藤吉郎などなどが活躍した舞台でもありますね。

 井之口という地名を「岐阜」と定め、楽市楽座で町おこしを進めたのが織田信長でした。

080104_14470001 ふもとの岐阜公園には、「板垣死すとも自由は死せず」の名言を残した板垣退助の像もあります。  

 また、先年、NHKの大河ドラマの主人公となった山之内一豊

の妻、千代を記念したモニュメントも建てられておりました。

 松尾芭蕉が詠んだ句の碑もあり、歴史を感ずる金華山登山でした。すぐふもとを流れる長良川もいい川ですね。

 連日の山登りで、体は弾むように進むというわけにはいきませんでしたけれど、息はしっかりとはずみました。

 本日は、体を休めたいと思います。

 なぜ着物のことで心配するのですか。野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。
 しかし、わたし(イエス・キリスト)はあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。
  きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。
  そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。


 聖書のことば  「山上の垂訓」から  マタイによる福音書 6章 28節 ~ 31節

  

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2008年1月 4日 (金)

山頂のコーヒー

 1月3日に登山をしてきました。各務原市の権現山という山です。それほど高くない山(317メートル)ですが、登り口からの距離は1000メートルと書いてありました。どういうふうに計るのかはよくわかりませんでしたけれど、休憩しながら登って約1時間で山頂に着きました。登りあり、尾根道あり・・・最後に少しけわしいところがあって山頂にいたると達成感が湧いてきます。

 眺望もなかなかよくて、名古屋駅のところのツインタワーが霞んではいますが見えました。家族連れや本格的な服装をしたグループなど、たくさんの人と出会って、あいさつを交わしたり、会話したりしました。

 先導してくださった家内の友人が、山頂で、なんとコーヒーを淹れてくださいました。折りたたみ式のコーヒーフィルター支えと申しますか、それを持参され、一人分ずつを淹れてくださったのです。

080103_12270002 080103_12320001

 とてもおいしく、豊かな気分で味わわせていただきました。

 虎穴にいらずんば虎児を得ず というと大げさですが、がんばって登ったからこそさわやかさとともに過ごせたよき時間でした。

 1月4日、よき時間をおすごしになることができますように。

 聖書に「山上の垂訓」という箇所があります。イエス・キリストが山にのぼって、多くの人たちに語ったメッセージです。コーヒーは出てきませんが、その一節を掲載させていただきます。

 空の鳥を見なさい。 食べ物の心配をしていますか。 種をまいたり、刈り取ったり、倉庫にため込んだりしていますか。 そんなことをしなくても、天の父は鳥を養っておられるでしょう。 まして、あなたがたは天の父にとって鳥よりはるかに価値があるのです。

 マタイによる福音書 6章  26節

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2008年1月 3日 (木)

吹雪の旅人

 これは、かなり以前に東南アジアで実際にあった出来事だそうです。

 吹雪の山道を越えようとしていた旅人は凍えそうになっていました。一歩一歩を踏み出すのがやっとの状態になってしまったそのとき、彼は凍えて倒れていた人に出会いました。自分が歩くのもままならぬ状態でしたが、彼は倒れていた人を見過ごしにできず、背負って足を踏み出しました。

 力の限りを振り絞ってかろうじて進んでいると ・・・ どうでしょう、背負った人の重みに耐えて歩いていることで体があたたまり、背負われている人も体にあたたかみが戻ってきて、ついには、二人とも遭難することなく目的地にたどり着くことができたそうです。

 なかなかできることではありませんが、そういうことが実際にあったのだということ、心を励まされますね。

 【 『岳』(ガク)という漫画 石塚真一 作・小学館 には、民間救助ボランティア 島崎散歩 という主人公には命がけで大きな働きをする場面がたくさん出てきます。】 ・・・正月で帰省している息子に勧められて読んでいるのですけれど。

 そうそう、多くの遭難者を救ったセント・バーナード犬が、最後には助けようとした人に狼と間違われて撃たれて命を落とした実話を、これを書いていて思い出しました。

  2008年の3日目・・・ 命が寄り添って生きることのあたたかさを感ずる日となりますように。

 だれでも、いのちにしがみつく者は失い、いのちを投げ出す者が、かえって自分のものにできるのです。  聖書 ルカによる福音書  17章 33節

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2008年1月 2日 (水)

雪の道

 年の交代時期を待っていたように雪が各地で降り始めました。除雪に力を注いでおられる地域もたくさんあるようです。

 ずっと以前に読んだ話ですが、ある男性が妻がありながら不倫をしていたそうです。その彼がある日、雪が積もった道へ出て少し歩いたそうです。

 何か気配がしたのでしょうか、家のほうを振り向いた彼の目に追いかけてくる娘さんの姿が映りました。ある程度の深さの積雪だったのでしょう、幼い娘は、彼の足跡をたのみにして一歩一歩進んでいたのです。彼がまっすぐ進んだところはまっすぐに。彼がよろけたところはよろけたように・・・。

 そのときです、彼が電気に打たれたように感じたのは。

 雪の道だけでなく、人生という道を自分が記した足跡の通りに娘が歩いたらどうなるのか・・・彼は心を改め、親として、子どもに跡をたどられて恥じることのない生き方をしなければと決心したそうです。

 写真は、家内が講習を受けて作った落雁です。少し見えにくいかと思いますが、松竹梅の竹の形です。足跡とは違いますが、これも型の通りに落雁ができるのですね。

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 080101_19510001                                                                        

 ゆっくりでも、胸を張って歩くことのできる足跡を人生の道に記したいですね。

 ねがい  八木重吉

 どこを

 断ち切っても

 うつくしくあればいいなあ

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2008年1月 1日 (火)

新しいノートのように

  2008年、明けましておめでとうございます。

  本年もよろしくお願いいたします。

  1月1日 ・・・ 12月31日の次の日ではありますが、やはり、新しいノートを前にしたときのような、ちょっと引き締まるいい緊張感がありますね。

  あるいは、まだ誰も歩いていない雪の道に足を踏み出すような心地よさと、いいのかなあ、跡をつけてしまって というような思い ・・・

  飛騨の高山で育った私は、歩いていけるところにスキー場がありました。ですから、スキーのシュプールを新雪に記したこともあります。 ・・・ そのシュプールが自分の思ったような美しいものだったかどうかは武士の情け、どうか訊かないでください ・・・ 同学年には、国体級のスキー名人がいたり、ついでにいうと版画の名手たちもいたのです

 あっ、元日早々、話の方向がぶれかけましたね。 美しい軌跡でなくても、しっかりと、一日一日、足跡を真摯に記し続けるこの2008年をと願っています。

 どうか、今このブログを読んでくださっているあなたの一年もよき一日一日で紡がれますように。

  いつまでも残るものが三つあります。 信仰と希望と愛です。 その中で一番すぐれたものは愛です。   ー 聖書 コリント人への手紙 第一 愛の章より ー

 

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