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2008年2月27日 (水)

ロッシーニ

 出勤中に聴いていたラジオから、ロッシーニのウイリアム・テル序曲が流れました。

 学生オーケストラでトランペットを吹いていたことのある私は、「スイス軍の行進」の冒頭のあのトランペットのかっこよいフレーズに今も胸が躍ります。 ・・・ ずいぶん古い話になりますが、「ローンレンジャー」というテレビの西部劇では、いい場面になるとこの曲が流れたものでした。

 そのラジオの解説を聞いて知った新事実に私は、つぶやいていました。「ロッシーニさん、ごめんなさい。」

 ベートーベンより22年後に生まれたロッシーニは「セビリアの理髪師」などの歌劇が人気を博し、若くして大金持ちになりました。美食家で、今でもフランス料理の仕方に「ロッシーニ風」などというのが残っているほどだそうです。

 その彼が、「ウイリアム・テル」を作曲した37歳以後、ぱったりと作曲しなくなったのは、お金が手に入って働く必要がなくなったからだ、と長年私は思っていたのでした。

 ところが、その日のラジオは言いました。ロッシーニは、不眠症になって、作曲ができなくなってしまったのだと。そして、作曲から離れて、何とか健康を取り戻した彼は、76歳で永眠するまでに時々は宗教曲などを書いていたのだと述べ、実際にそうした曲の一つを聞かせてくれました。

 私は、ロッシーニを誤解していました。「生活に困らなくなって、作曲をやめ、若いうちから悠々自適で暮らしたなんて、けしからん」 (実は、うらやましい)と思っていたのです。

 ロッシーニさん、ごめんなさい。

 ※ インターネットで調べると、ロッシーニは料理を追求するあまり、豚の飼育などに力を入れるようになり、作曲に興味を失ったのだとか、自分がもてはやされる時代はやがて終わるのだと早くから見切りをつけたのだとかいう説もありました。

 でも、作曲しようとすると不眠症になり、もはや大作を書こうにも書けなかったという説を私は採用することにしました。ラジオの影響は大きいものです。

 そして、どんな事情があるのかは本人にしか分からないことが多いのだから、軽々しく人を批判することは慎もうと自分に言い聞かせました。

 いつの日か、ロッシーニ風の料理 ・・・ヒレステーキフォワグラトリュフのソテーを添えた「トゥールヌド・ロッシーニ)などをウイリアム・テル序曲でも聴きながら味わってみたいものです。

 今日もよい日となりますように。

 

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