« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月30日 (水)

映画「象の背中」

 映画「象の背中」については、まず主題歌から知りました。CHEMISTRY(ケミストリー)という二人グループの「最期の川」というバラードで、お聞きになった方もおありだと思います。

 映画の主演は役所広司・今井美樹 ・・・ 役所広司扮するところの敏腕の企業戦士が肺がん、それも転移していて余命6か月と知らされて、亡くなるまでの家族などとの生き方が描かれています。奥さん役が今井美樹・・・皆様ご存じのように雰囲気のある歌を歌う歌手が本業ですが、何年ぶりかの映画出演でいい雰囲気で演じていると思いました。私の長男がこの人のフアンなのです。

 映画館に行くと60歳以上は千円という料金のところが増えてきています。・・・年齢を証明するため免許証の提示を求められるところと、顔を見て「はい、どうぞ」という感じのところがありますが、前者のほうが何となく、「あなたは本当に60歳以上ですか、若く見えますよ」と言ってもらえているような気がして(もちろん、こちらの都合のよい解釈ですけれど)嬉しいです。

 ついでながら、この「象の背中」のDVDは、一泊二日(旅行みたいですね)借りて260円と、夫婦で値打ちに観賞することができました。質のよい感動は心の滋養分になりますね。

 認知症のサインは物忘れが多くなることではなく、感動しなくなることであるBy茂木健一郎(脳科学者)  

 今日もよい日となりますように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月29日 (火)

懐かしの歌声

 4月28日(夜)、テレビでダークダックス・・・結成27年目のときのビッグショウを放送していました。

 私が小学6年生の時、担任の先生は、ダークダックスのロシア民謡のレコードをよく聴かせてくださいました。

 ダークダックスがデビューして間もない頃だと思いますが、若々しい歌声、綺麗なハーモニーは、今思い出してもしっかりとよみがえってまいります。

 カチューシャ・トロイカ・バイカル湖のほとり・黒い瞳・バルカンの星の下に・黒い瞳の・道・コサックの子守歌、ともしび ・・・  ダークダックスは、ロシア民謡の本場を何回か訪れて公演し、好評を博したとのことです。♪「すずらん」はそうした訪問のおりに仕入れてきたのではなかったかと思います。

 確か、NHKの紅白歌合戦では、雪山賛歌、銀色の道などを歌いましたね。すばらしい明日、アンジェリータなどもヒット曲になりました。「花のまち」「雪の降る町を」なども忘れることが出来ません。

 私の子どもがまだ小さいときに岐阜に来演したダークダックスを聴きに行き、公演後にサインをお願いしに行ったら、遠山さん・・・ゾウさんが、色紙にせっせと象の絵を描いてくださって、とても嬉しかったのを覚えています。

 つい、「小学以来のフアンです」と申しましたら、メンバーが顔を見合わせて「我々も年をとったねぇ」と微笑んでおられました。

 パクさん、マンガさん、ゲタさん、ゾウさん ・・・ すてきな歌声と思い出をありがとうございます。あなたたちの歌があって、どんなに私の人生はうるおいをいただいていることでしょう。あなたたちをわすれません。

 今日もよい日となりますように。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月28日 (月)

自重の日

 親知らずを抜いて三日 ・・・ よく晴れた日曜日となり、夕方、家内が、「今日は歩いてもいいでしょう?」とウオーキングに誘ってくれました。

 私も、そうだね・・・ と言いかけましたが、自重することにしました。化膿止めの薬と、口の中を清潔に保つためのうがい薬がまだ残っているのです。抜いた跡は順調にふさがりつつあるものの、まだ痛みがあります。

 「自分の命は自分で守る」ということばを、小学生にも言い聞かせてきました。私も、実行しなければと思います。・・・前回の親知らずの抜歯の後には元気に歩きすぎて、そのため、ずいぶん体調を悪くしました。何も事情を知らない人が顔色の悪さにおどろいたほどでした。

 それで、しっかりと自重して、ウオーキングにも出かけず、主に読書とピアノ練習ですごしました。

 あまりにもじっと動かずに本を読んでいたので、夕方には、まどろんで、テレビの「笑点」(多分、2113回目)を見逃したほどです。この番組を見逃すことは滅多にない私です (^_^;

 読書 ・・・ 宇江佐真理という作家の時代小説を読みました。江戸時代が舞台ですが、人情というか、とても人間がよく描けていると思うのです。現代人が時代小説を好むのは、そこにふるさとを感ずるからだということを別の本で読みました。なるほど、そうかもしれないと思います。 

 池波正太郎の剣客商売シリーズ、藤沢周平の「蝉しぐれ」などなどを読んできましたが、宇江佐真理という作家の作品は、まだ二冊しか読んでいません。けれど、図書館には何冊も並んでいるので、しばらく親しんでみようと思います。

 うーん、私はいろいろなことにおいて、雑食性であるように思います。

 ゴールデンウイークはいかがお過ごしになりますか。

 今日もよい日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月27日 (日)

鯉のぼり

 岐阜市の芥見東小学校のそばを流れる山田川 ・・・ 今の時期になると、ごらんのようにたくさんの鯉のぼりが泳ぎます。

0001 0002 保護者、そして地元の方たちの願い・・・子どもたちに元気に育ってほしいという思いが感じられます。

 特に、風を受けていきいきと泳いでいるたくさんの鯉のぼりを見るのが好きです。

 この山田川は、上流のほうでは蛍が見られます。藍川東中学校の生徒たちがその世話を今もしているのではないかと思います。

 少子高齢化がじわじわと進んでいます ・・・ でも、いい校区だと思います。小学生も中学生もよくあいさつします。散歩中にすれ違う大人のかたたちも。

 鯉は千丈の滝を登って竜になるといわれています。それもいいことなのでしょう。

 でも、鯉は鯉として大きくなっていくことがまず大切だと思うのです。

 背伸びせず、卑屈にもならず、一歩一歩、目の前のことに燃えてぶつかりながら。

 初夏 ・・・五月も目の前 、いい季節ですね。(私が五月生まれだからということもあるかもしれませんが、それだけではなく。(^o^)

 みなさんの住んでおられる地域はいかがですか。

 さて、今日は日曜日、できましたらキリスト教会の礼拝にお出かけください。

 よき日となりますように。

  

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月26日 (土)

親知らずの抜歯

 25日、親知らずを抜きました。

 せまい土地に無理に家を建てた感じ、と申しましょうか、左下の親知らずはほとんど横向きに生えていて、物を噛む用を果たさないばかりか、ゆくゆく隣の歯にも害を為す恐れがあるということで、決心して抜きました。

 隣の歯との間にあまり距離がないので、歯の上部を削って隣の歯との間に隙間を作り、そこへ根もとからの残りの部分を引き出す・・・そういう工事でした。

 丁寧に時間をかけ、ことばをかけて作業を進めてもらえて有り難く思いました。麻酔薬の注入のときにはピノキオの主題歌「星に願いを」のメロディが流れて緊張感をほぐしてくれるのですよ。

 歯医者さんに「自分の体でありながら自分では決して出来ないことをしていただいて・・・」とお礼を述べると、その返事がよかったです。

 「私も自分で自分の歯のことはできませんから」

 うーん ・・・ そうなんですね。人はそれぞれお互いに力を生かし合わなくては生きていけない存在なのだと改めて思いました。

 今回は、前回のようにウオーキングして翌日めまいがしたなどということにならないように、本を読むなどして、おとなしくすごすことにいたします。50代の人の親知らずは抜くが、60代の人の歯はできるだけ抜かないことにしているという歯医者さんもおられるようですから。 

明日は日曜日、よろしければキリスト教会の礼拝へどうぞ。

 ♪「星に願いを」 ・・・ いい曲ですね。そして、クリスチャンとしては、星に願いをかけたり、日の出を拝んだりするのでなく、その先に目を向け、星や太陽を造られた方、神様にまで心の目線、視野が広がることを切に願います。

今日も、すてきな土曜日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月25日 (金)

音楽時間パートナー

 24日、岐阜では雨の木曜日となりました。

 午後に、ある施設に音楽訪問をさせていただきました。

 ♪曲目は、チューリップ、ぞうさん、ぞうさんとクモの巣、幸せなら手をたたこう、明日があるさ、雨降り、アニメの歌を何曲か、おじいさんの古時計、ドレミの歌、ふるさと、こいのぼり などでした。

 あいだに、紙芝居「母をたずねて三千里」などもはさみました。 

 音楽を心から喜び、やわらかい表情で私のつたない伴奏に合わせて一緒に楽しんでいただくことができ、とても嬉しく思いました。

 音楽を通して人と人の心が通い合うときのぬくもり ・・・ これからも大切に求めたいと思います。改めて、音楽が好きになりました。

 夕方、ピアノのレッスンをしていただき、帰宅後、練習に励みました。

 25日、よき日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月24日 (木)

「新老人運動」

 『生き方の選択』 日野原重明著・河出書房発行を読み終わろうとしています。

 日野原先生は「新老人運動」というのを提唱されています。

 75歳以上の老人に呼びかけて、元気な人は、分数で言うと分子になっていないで、分母、つまり生産人口のほうにおりてきて若い人の負担を減らすと共に自分自身の生き甲斐を前向きに創り出しましょう、と働きかけておられるのです。

 三つのモットーが提示されています。

1.愛し愛されること

2.新しいことをクリエイティブに創り出すことを忘れないこと

3.耐え忍ぶこと

 人間には四億ほどの遺伝子があって、高齢者にも、まだ未開発の遺伝子がたくさん残っている ・・・ それは、新しいことに挑戦することによって顕在化してくるという考え方に裏打ちされているところが、お医者さんらしいですね。

 まだ会ったことのない自分に出会うために若々しく生活を楽しむ ・・・まだ私は新老人運動に入れてもらうまでに十数年あるのです・・・そう思うと活力が湧いてまいります。

 日野原先生の元気さに惹かれて、昨日で区切りを付けたつもりだった本に、もう一回、おつきあいいただきました。ありがとうございました。

 今日は、あるところで音楽時間パートナーとしての時間をいただいています。どうか、よい時間を創り出すことができますように。

 あなたも、よい一日を ・・・

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月23日 (水)

オスラー教授

 日野原重明先生に影響を与えた人として、日野原医師自身が語っているのが、オスラー教授です。

 ウイリアム・オスラー(1849~1919)はカナダ生まれで、オックスフォードの内科の教授だったそうです。・・・ 何人もの方との対談の中からの情報をつなぎ合わせていますので、もし、私の理解が間違っていましたら、お許しください。多分、大丈夫です。

 ここからは、『生き方の選択』の78ページからの正確な引用です。

 日野原「若い人のなかにはエネルギーがある。若い人には、あなたがそのようになりたい人を探しなさいといいたい。私はオスラーというカナダ生まれの医者の伝記を読んでその人の弟子に会いに行きました。オスラーという人は子どもが好きで、学生が好きでした。墓には『若い学生の友だったことを誇りに思う』と書いてあります。そういう海星、私はこのオスラーから医師像を学びました。医師として生きる道を示してくれました。ですから、若い人には、よい出会いをもちなさいといっています。でも、八十になった老人にも出会いはありますよ。」

 『若い学生の友だったことを誇りに思う』 ・・・ 何とすてきな言葉でしょう。

 オスラー教授を師とした学生が「あの教授から学んだことを誇りに思う」というのなら、さもありなん、と胸にすんなりと入ってきます。

 でも、おそらく卓越した師であったオスラーが『若い学生の友だったことを誇りに思う』と墓碑銘に遺したのです。

 日野原先生の著書を通して人生の奥深さ、幅広さを感じています。

 余談ですが、先々週のTV番組SMAP×SMAPに日野原先生が出演して、SMAPが二組に分かれてできばえを競う料理コーナーで、野菜料理とスープ、そしてステーキを注文して、「先生、ぼくたちのチームの作ったのも食べる余地を残しておいてくださいよ」と、後のチームが真剣に言うほど、前のチームの料理をしっかりとぱくぱく食べて、後のチームのも同じようにしっかりと食べて、そして堂々と理由を添えて判定を語っておられました。

 何と魅力的な存在なのでしょう ・・・ 96歳の現役医師なのですよ。

 成人病という名称を生活習慣病と改めさせ、大きな災害の起きたときに備えて緊急対応の態勢を整えているので、サリン事件の時には640人の患者全部を入院させることができたとか、日本における音楽療法のパイオニアだとか ・・・ 

 みなさんのほうがよくご存じのような気がしてきましたので、これにて日野原先生のことは一区切りとさせていただきますね。

 おつきあいいただき、ありがとうございました。

 今日もよき日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月22日 (火)

『生き方の選択』

 『生き方の選択』 日野原重明著・河出書房 2002年8月2日 初版

  この本では、心豊かに人生を生きるということについて、医療の在り方も含めて日野原医師が次の12人の方と対談しています。それぞれの章の名前と対談者を列記しておきますね。

 「医者と患者の間を隔てるもの」  遠藤周作(作家)

 「創(はじ)めることを知っていれば老いもまた輝く」 

                 木内信胤〈きうち・のぶたね〉(経済評論家)

  ※ なんと、この方は、日野原先生よりひとまわり高齢の方でした。

「しなやかな心で命を見守る」 内藤正久(伊藤忠商事取締役副会長)

「すこやかな死のために」 加賀乙彦(作家・精神科医)

「日本の病院は半世紀遅れている」  犬養道子(作家・ボランティア活動家)

「日本の病院は間違いだらけ」  内館牧子(脚本家)

「死」を見るまなざし  田中眞紀子(政治家・衆議院議員)

「すこやかな体はすこやかな心と習慣による」  廣池幹堂〈ひろいけ・もとたか〉(教育者)

「社会福祉は生と死にどう向き合うか」  

                長谷川匡俊〈はせがわ・まさとし〉(日本仏教史・仏教福祉学)

「新老人」の生きかたとして三つのことを提唱します  阿川佐和子(エッセイスト)

『葉っぱのフレディ』から学んだこと       島田歌穂(歌手)

数々の現場ルポで看護の重要性を実感   竹下景子(女優)

 この中のどの章か、あるいはどの人かに関心を覚えられたら、図書館ででも借りて、この本に、そして日野原先生の生き方に出会ったくださいますように。

◇ 章の始めや終わりに日野原先生のことばが紹介されています

・ 人間というのは、自分にあった畑に種が落ちると芽が伸びる

     ◇   □   ☆   ○   □   ☆   ◇

 また、阿川さんとの対談では日野原先生がこんなエピソードを語っておられます。

「僕が往診していた開業医の奥さんが36歳で亡くなった時、お子さんに『お母さんはもうあと間もなく息が止まりますよ』といったら、9歳の子供が『ママ、9年間ありがとう』といった。そしたら7歳の子供が『ママ、7年間ありがとう』といったの。それで僕は音楽をかけてお別れをさせたの。」

阿川 (涙ぐんで) 子供がどうしてそういうことをいえるの・・・・・・。

日野原 でね、おじいちゃんが少し難聴で、死んでいく娘の小さな声が聞けないの。そうしたら9歳の子が「おじいちゃん、聴診器をして、ママの口にあてると聞こえるよ」といったの。開業医の息子だけにすごいなと思うよ。臨終のときに、そういう会話があることがみんなにいいの。ちょっとユーモアがあるでしょ。ユーモアは死ぬ前でも必要なの。

阿川  素晴らしいですね。

      ◇   □   ☆   ○   □   ☆   ◇

 今日は、この本の紹介にとどめさせていただいて、次回、日野原先生の関連で、もう一度書かせていただきますね。

 よい日となりますように。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月21日 (月)

立つ 歩く 走る

 お世話になっている教会の牧師さんの息子さん ・・・ 生後5カ月半ですが、体を支えていると屈伸運動・・・スクワット運動のようなことをします。

 畳の上にうつむきにし、足の裏にこちらの手をあてがうと、手をぐっと押して前進します。

 足の力がついてきて、やがて、つかまり立ちが出来るようになり、立てるようになり、歩くようになることができるようになるのでしょう。

 私はピアノを弾いていて、スピードを上げると、音が抜けてしまうことがあります・・・これは、つまり、まだ歩けるようにしかなっていない足で走ろうとするから転んでしまうということではないでしょうか。

 地道に音階練習をすること、分散和音(アルペジオ)の練習をすることの大切さを幼な子に教えてもらっているように思います。

 4月20日は、卒業した高山の中学校の同期生で岐阜市やその近辺に住んでいるものが同郷会というのをしました。高山から飛騨牛の肉を携えて来てくれた友もあり、これまた同期生のシェフがおいしく焼いてくれ、楽しい時を過ごしました。漬け物・・・飛騨の赤カブも準備されました。

 キーボードを持参して伴奏し、皆で校歌を歌いました。卒業して47年目でしょうか。ちゃんと声がそろうのに感激しました。

 いい時間を過ごさせてもらって、帰宅 ・・・ 今週はあるところで音楽時間パートナーとしての働きをさせていただくので、友達より少し早く帰宅してピアノに向かいました。

 まだ、私の指は、足でいうと走れるだけの力を十分備えているとは言い難いのですが、自らも楽しみながら準備して臨みたいと思います。

 それでは、よき日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月20日 (日)

「ごくせん」

 「ごくせん」 ・・・ このタイトルを見たとき、食べることの好きな私は、おせんべいの仲間かと思いました。ふるさと高山のお菓子に、多分「穀煎」とかく(こくせん)というのがありますしね。

 でも、図書館に何冊かあったコミックを読み、「ごくせん」は「極道先生」の略らしいことが分かりました。

 そして19日の夜、第3シリーズに当たる「ごくせん」の初回をテレビで見ました。展開とか結末はおよそ読めますし、小柄なヤンクミが超人的な強さを発揮すること、正体を明かさないことなど、ある意味、水戸黄門とかよっているお約束のドラマという思いがしながら見ていました。

 けれど、「担任が教え子を信じなくてどうするんだ」「目を見れば嘘を言っていないことが分かる」 ・・・ などなど、ドラマの中で決めぜりふが光ると血が騒ぐのです。

 来週も見ようかという思いと、現実はドラマでは解決できないのに、そのギャップを目の前の先生に責任を負わせるような風潮が生まれても困るという思いなどが錯綜しています。

 こういう思いを引き起こすだけでも、この番組のスタートは成功しているかもしれませんね。

 映画館で時代劇や西部劇を見て町の中へ出てきた人は、怒り肩になって周囲に目配りし、超人的な強さを備えているような気分になっていることがありますね。実力の伴わない高揚感は、とてもあぶなっかしいですので、こつこつと歩みましょう。

 今日は、日曜日 よい日となりますように。

 キリスト教会では、聖書からのメッセージが語られます。極上の宣教 ・・・極宣 ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月19日 (土)

花の春

 岐阜大学のキャンパスも多くの樹木の新緑がきれいです。

 そしてチューリップも元気よく学生や私たちを迎えてくれます。0004

 球根を取り寄せて、いろいろ寒い時期から世話をしてくださっている方の心が、暖かい季節を迎えて花開いている ・・・ そんな印象を受けて感激している日々です。

♪ 咲いた 咲いた チューリップの花が 並んだ 並んだ 赤 白 黄色

  どの花見ても きれいだな

 今は、もっとたくさんの色のチューリップがあるのですね。

 教室で学ぶ子どもたちも、自分の中の可能性という球根を育てて、その子らしい個性の花を開かせることができますように。

 必ずしも、どの球根も肥沃な土に、そして暖かい陽光やほどよい水分などに恵まれるとは限りません。  でも、くじけずに花開いてほしいと願う気持ちでいっぱいです。

0002 0001 えっ、私ですか ・・・ ♪「花咲く乙女たち」という舟木一夫の歌のようにはいきませんが、(おお、例が古いかも)、ここ二、三日、ピアノに向かったときの指の動きがちょっとグレードアップしたように思います。 まだまだ、枯れススキとは違っていたいと思います。

 写真は、大学の構内です。クリックしていただくと少し大きい画像になります。

 今日も、よい日となりますように。 

 明日は日曜日、キリスト教会では聖書に基づくメッセージが語られます。

聖書のことば   詩篇 126篇 5節

涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月18日 (金)

蕪村の俳句

 行く春や重たき琵琶の抱き心 (与謝蕪村)

 春が進行するのを感じつつ、雨に打たれる新緑を見ていたら、蕪村の俳句が浮かんできました。

 春を詠んだ蕪村の句にはほかにどんなものがあるかを知りたくなって調べてみました。

  古庭に鶯啼きぬ日もすがら

 春の海終日のたりのたりかな

 行く春や撰者を恨む歌の主

 高麗船のよらで過ぎ行く霞かな

 菜の花や月は東に日は西に

 鶯の啼くや小さき口あいて

 春もややあなうぐひすよむかし声

 淋しさに花さきぬめり山桜

 妹が垣根三味線草の花さきぬ

 畑うつやうごかぬ雲もなくなりぬ

 などなど、たくさんあることがわかりました。

 あなたは、どの句が印象に残りましたか。

 私は、「行く春や撰者を恨む歌の主」というのが、おもしろく思えました。

 春が過ぎていくさびしさ、やるせなさ、物憂さに立ち向かって作った歌…けれど、それを選者にみてもらうと、本人の思ったほどの評をもらえなかった ・・・ 自分としては自信があっただけに、そして、尊敬する選者であるだけに、好評を得られなかったことを不満に思ったり、そう思う自分に嫌悪感が湧き上がったり ・・・ すべては行く春を舞台として展開すること  的外れかもしれませんが、そんな句に思えました。

 さて、今日、行く春の一日を皆様、いかがおすごしでしょうか。よき日となりますように。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月17日 (木)

平均寿命

 数学には弱い私です。それで、皆さんから聞かれる前に逆にお尋ねすることにしました。「攻撃は最良の防御」「先手必勝」 ・・・

 いえ、こういう問題です。先刻ご承知かも知れませんね。

 平均寿命はどうやって計算するのでしょう ?

 「今、生きている人の年齢を全部足して、総人数で割ればいい」 ・・・

とお思いになった方 ・・・ 私も最初、そう思ったのです。

 でも、少し、お待ちください。 その計算をして出てくるのは・・・そうです。現在生存している人の平均年齢ということになりますね。

 2007年のデータがもとになっていますが、ネット検索して次のページを見つけました。

 よろしければ、ご自分で平均寿命の計算方法をお考えになってから「続きを読む」をクリックなさってください。

 ややこしいブログに巡り会っていただきましたけれど、それはともかく本日もよい日となりますように。

続きを読む "平均寿命"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月16日 (水)

日本最長寿の桜

 岐阜県の根尾谷は、地震の時の断層が大きな規模で残っており、地質学者や地震の研究者には世界的にその名が知られているそうです。

 その根尾谷に、薄墨桜・淡墨桜(うすずみざくら)という、日本で一番樹齢の高い桜の木があります。何と、1500年だそうですから、すごいですね。作家の宇野千代さんが、この保存や紹介に努められたこともあってその存在が広く知られるようになりました。

0001 0002 0006 写真は、4月15日のものです。かろうじて少し残っている花は、こぶりで、淡く、少しくろずんでいるように見えました。

この薄墨桜の子ども、孫などが周囲に元気よく咲いていて、仲のよい家族のように見えました。

 この薄墨桜からほろほろ舞い落ちる花びらが地面に落ちてついてアースされる前に、直接手で受けとめて、1500年の命を感じ取ろうと、走り回ったのも30年以上前のことになりました。当時は、周囲に柵はなかったのです。

  近くには、おいしいこんにゃくなど、地元の特産品の店が並んでいます。

 岐阜市から向かう道には、織部の里の道の駅があり、新鮮なイチゴなどが値打ちに購入できました。織部焼きの体験などもできるようになっていました。

 この春は、何回か桜のことをブログに書かせていただきました。

 皆様も、たくさんの桜、そして春を満喫されたのではないでしょうか。

 今日もよい日となりますように。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月15日 (火)

高山祭り

 4月14日、15日は私のふるさとで春の高山祭りが開かれています。

 高山が天領だった時代に、高山の商人の富と心意気と飛騨の工(ひだのたくみ)のわざとが結集されて作られた屋台(やたい)・・・ ほかのところでは山車(だし)ということが多いようですね・・・ が現在も23台保存されていて、祭りには登場して町を練り歩きます。

 一度に23台の全部は登場せず、10月9日10日の秋の高山祭りと分担して引き出されます。 とても色彩が豊かで、特にからくり人形が演ずる時間は「黒山の人だかり」ということばがぴったりする状態です。

 高山は小京都とも呼ばれますが、それは盆地という地形だけではなく、飛騨を治めた金森氏、特に三代目が京都びいきだったことこともあって文化、ことばなどに京都の影響が残っています。

 高山祭りの画像は掲示しませんが、テレビのニュースなどでご覧くだされば、幸いです。

 ふるさとの山に向かいて 言うことなし  ふるさとの山の ありがたきかな

 今日もよき日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月14日 (月)

千本桜

 「義経千本桜」などという演目がありますね。今日、書かせていただくのは岐阜県関市武芸川町の千本桜です。

0001_2 0002_2 0003_2                     訪れて知ったのは、千本というのは決して誇張ではなくて、2000本かそれ以上の桜が実際にはあるようです。

 こんなにたくさんの桜が春を謳歌するようになったのは、1951年にサンフランシスコ条約が締結されたのを祝ってこの地域の方々がたくさんの桜を植樹されたからだそうです。

 歴史の学びにもなりました。

 「花より団子」といいますが、花も団子もたくさんの見事な景観、訪れる方もたくさんで、桜の季節ならではのにぎわいを見せておりました。0001_3

 行く春を惜しむ ・・・ でも、春をしっかりと味わい、それを夏を迎える糧としたいと思います。

  今日もよき日となりますように。

                                                                     

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月13日 (日)

修練

 岐阜市の最高峰、百々ケ峰の一番高いところに、今までとは別のルート ・・・ 三田洞(みたぼら)というところから登って来ました。高さは417.9メートルです。0002

 岐阜市の何校もの小学生たちが何年にもわたって道沿いに植樹した山桜が順調に育ち、かなり大きくなって花を咲かせているものもありました。

 このルートで気がついたのは、ウグイスがよく声を聞かせてくれるということでした。それは、このルートの特徴なのか、たまたまそういう巡り合わせだったのかどうかまでは分かりませんが、美しい声で鳴いて、楽しませてくれました。

 ふと、思いました。ウグイスはよい手本を聞いて、修練してあの声がでるようになったのでしょうか。それとも、手本がなくても美しい声で鳴けるように生得的なものが備わっているのでしょうか。

 美しくない鳴き方の先輩と、美しい鳴き方の先輩がいたら、どちらに影響されるのでしょうか。先輩の声の大小と美しさの質と、どちらに影響されるのでしょうか、それとも影響をうけないのでしょうか。

 ひとりぼっちのウグイスが居るとして、ちゃんと「ホーホケキョ」と鳴くようになるのでしょうか。

 ・・・ などと理屈っぽく考えるのはやめて、ウグイスの美しい声に聞き惚れ、人間は人間として、声にしても楽器にしても、磨き上げていくことが大事なのだ、その際によい手本、よき師に恵まれれば、そのことに感謝しながら励むことだ ・・・ そんなことを思いました。

 そうそう、かなり広いラベンダー園がこのルートにはあり、5月には花と香りが楽しめそうです。0001  

今日は、日曜日。よい日となりますように。

 キリスト教会では神様への礼拝が捧げられ、聖書からのメッセージが語られます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月12日 (土)

遠くからでも

0006  岐阜市の最高峰、百々ケ峰には28通りの登山ルートがあると聞きました。写真は、松尾池というなかなか美しい景観の池で、このあたりからの登山道も28ルートの一つです。

 一週間ほど前に撮った写真には、山の中の桜も写っています。花を咲かせていると遠くからでも「ああ、あそこにも桜が咲いているんだな」と眺めることができます。

 大学も新年度が始まってたくさんの新入生を迎えました。小学一年生だと「ピッカピカの一年生」ということになるのですが、大学一年生も、花があると申しますか、どこか初々しく、キャンパスを眺めていると「ああ、一年生だろうなぁ」と伝わってくるものが感じられます。

 さて、自分は遠くから視線を向けられたとき、目にとまるほどの花を咲かせているだろうか ・・・ と省みて思います。

 いえ、外観は、ともかく、心に花を咲かせていれば、枯れススキには見えないだろうと思うのですよ。

 桜は今の季節を終えたら目立たなくなります。人間は、それぞれの時期にあった花を咲かせる花壇のように年間を通して輝いていることができるでしょうか。 ・・・ うーん、それには、種なり、苗なり、球根なりを見通しを持って植えるとともに肥沃な風土を自らの内に養い続けていることが必要でしょうね。

 若さをまぶしく思うのは老いた証拠 ?  風格を感じさせる老木もいいものでしょうが、まだまだ成長し続けたいとの思いはあります。

 ちなみに、11日は合計で2時間半ほどピアノに向かいました。(これは、記憶にもないほどの最高記録です。)聞かせてほしいとリクエストしてくださるお客さんがあったこと、そして今月下旬に音楽時間パートナーとして訪問する予定があるのでその練習をしたことなどが重なったからですが、やはり自分の中に音楽を楽しむ心があるからでしょうね。打ち込めるものがあることの幸せを思います。(もっとも、後日、指に疲れが出るかもしれません。コンスタントなのが一番なのですよね。)

 さて、明日は日曜日、キリスト教会では礼拝がもたれます。

 よき日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月11日 (金)

中将姫誓願桜」

 岐阜市の芥見・大洞には今、「中将姫誓願桜」という旗が何本となく春風にはためいています。山桜の突然変異したものと言われ、花弁が数十と多いのです。名和博昆虫博士がめずらしい品種であることに気づき、鑑定を依頼され、国指定の天然記念物になりました。

 名の由来などを記した案内板と、今がみごろのその桜の写真とを掲載させていただきます。(文字が読みにくいかと思いますがご容赦を。)

 その桜の近くに「せいがん」という名前の桜餅、麩まんじゅう、お団子、そしてそば懐石など、心のこもったおいしいお店があります。お時間のとれる方は、桜の季節が終わらない内に、ぜひ花にも団子にも出会ってみてください。

 何回か今年は足を運んだのですが、中将姫誓願桜の写真は4月10日に撮ったものです。

0001 0002 0003 0004                                                                                                                                    

続きを読む "中将姫誓願桜」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月10日 (木)

パンのこと

0002  写真は、我が家のある記念日の朝食の一部です。パンとオムレツ、そして野菜サラダ、コーヒーが食卓に並びました。 写真がベース板のような形なのは、写っていたサラダの部分に家内が難色を示したからです。

(結果的にはサラダの掲載も許可してくれたのですが、この日の記念日の性格上、今度は私が遠慮しました。尊重しなくては・・・) 

 パン焼き器は忠実に定刻に焼き上がりのサインを発してくれるので、いそいそと取り出しに行くのが多くの場合、私の役目です。 ・・・ 目覚まし時計よりも効果がある と、家内は思っているかも知れません。

 時々、米粉を入れたり、果実を入れるなどバリエーションを楽しんでいます。

 おお、そうでした、今日のブログにパンを登場させたのは、つぎの聖書のことばをご紹介したかったからでした。

 イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」

 マタイ4章4節  

 有名なことばなので、ご存じの方も多いと思います。

 荒野での四十日四十夜の断食を終えたキリストに、悪魔が「あなたが神の子であるなら、石に命じてパンにかえてごらんなさい」と誘いをかけたときにキリストが答えたことばです。

 文語でも「人はパンのみにて生くるにあらず」とあり、パンを否定しているわけではありません。もし、パン(に代表される食物)を食べるなと命じられたら、私など、どなたよりも真っ先に音を上げてしまうことでしょう。

 英語で、こんなことばを教えて下さった宣教師さんがいました。

「 No Bible, No Bread」 ・・・ 私は「聖書読まずに 飯 食うな」と訳しています。

 体のための糧を摂取するのと同等かそれ以上に魂のための糧である聖書を読む ・・・ 少なくとも、新聞で、ひいきの球団が勝ったか、負けたかを確かめるより前に、まず、聖書を読む ・・・ そういう優先順位をあやまらない歩みが積み重ねられたら  と願うものです。 

 クリスチャンの場合に限らず、たとえば、子どもが懸命に話しかけているのに、目の前の目玉焼きの焼け具合を優先している ・・・ そういう逆転現象が私たちの生活には多く見られるのではないでしょうか。

 本末転倒にならないで、本当に価値あるものを第一にする、そんな今日という日になりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 9日 (水)

『パリ左岸のピアノ工房』

 『パリ左岸のピアノ工房』(T.E.カーハート著 村松潔訳2001年11月30日 新潮社発行)を楽しみながら読んでおります。 ・・・ ほかにしなければいけないことが確か、あるのですけれど ・・・ 

 分類としては、ノンフィクションに入ります。

 パリに住み着いたアメリカ人でアイルランド人でもある著者が、子どもの幼稚園の送り迎えのたびに通りかかるドフォルジュ・ピアノ店 ・・・ 何回か足を運んだ末に、やっと奥の部屋へ入ることが許された彼の目の前に広がるいろいろなメーカーのいろいろな時代に作られたピアノたち ・・・ 足を運ぶ内に、「あなたにぴったりのピアノを見つけておきました」と勧められたピアノに筆者は夢中になり、そのピアノを購入して弾いている内に20年ぶりに先生についてピアノを練習し始めることに・・・

 表紙裏の書評には「ピアノとピアノを愛する人々、弾く人々、作る人々、直す人々についての本。きわめて魅力的。」とか「もし著者の望みが、読者の音楽に対する愛情を甦らせることにあるのだとしたら、彼の狙いは実に見事に成功している。」などと書かれています。

 また、さりげなく 「本書は消えつつある職人芸の時代に捧げる賛歌である」とも書かれています。

 私は図書館で借りてこの本を読んでいるのですが、ピアノを通して音楽を語るところ、人生における出会いや学びについて、重苦しくなく、会話などを通してたくみに書かれていて、とても魅力的な本です。

 実は何年か前にも読んだことがあるのですが、ほとんど内容を忘れていて新鮮に読み直しているのです ・・・ 嬉しくもあり、ちょっと寂しくもあり ・・・

 でも、それはそれでいいと思うのですよ。上質の料理は食べている間、人を幸せにしてくれます。そしてエネルギーや血肉となってくれ、いつ何を食べ、どんな味だったかを覚えていなくても食べたことは確かなのです。  こういうと上手な言い訳に聞こえるかもしれませんが、でも、それだけに終わらないものが、この考え方を擁護してくれるように私は思います。

 ほかに、今借りてきている『まるごとピアノの本』(足立博著2002年4月25日発行 青弓社) は、題名の通り、ピアノについて選ぶポイント、手入れの楽しみ、日本のピアノ会社の製品、世界のピアノ会社の製品、そしてピアノ販売店などについて、幅広く、深い知識をもうらして紹介している本です。

 まだ会わぬ岐阜の和食店「布武」のベーゼンドルファーのピアノのこともこの本で読み返しながら、実際に会える日を楽しみに練習に励んでいる私です。

 今日もよき日となりますように。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年4月 8日 (火)

桜に雨

 桜が満開です ・・・ 今日入学式の学校も多いようです。

 けれど、岐阜では午後から雨が降り始めました。せっかく桜がきれいに咲いているのに ・・・ と思っていたら、次の短歌が浮かんできました。 

  明日ありと 思う心のあだ桜  世半に嵐の吹かぬものかは  親鸞聖人 作

 インターネットのあるページではこんな解説が書かれていました。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1111054066

 親鸞聖人は九歳で出家をされました。聖人は貴族の出身でしたが、下流貴族で、父母を亡くし生活にも困窮していたといわれています。出家の動機は今では想像するほかありませんが、その時のエピソードとして、こんな話しが伝えられています。
 聖人が得度(僧侶になること)するために青蓮院の慈円和尚のもとを訪れた時、すでに夜は更けていました。得度には時間もかかりますし、たくさんのお弟子を集めなければなりません。「もう遅いから明日にしよう」といった慈円和尚に、わずか9歳だった親鸞聖人は和歌を詠んで答えたといいます。


「この世は無常であり、今を盛りと咲く桜が夜中の嵐で散ってしまうかもしれません。同じように、私の命もいつなくなってしまうかわかりません。どうか、今ここで得度の儀式を執り行って下さい」という聖人のそのことばに心打たれ、慈円和尚はすぐに得度の手配をされたということです。

 もう一つ、ある方が教えてくださった岡本かの子の短歌をご紹介いたします。咲いている花をのどかに眺めているのが好きな私ですが、こういう桜への向き合い方もあるのですね。

桜はな いのち一ぱいに 咲くからに いのちをかけてわが眺めたり  

 全く重なるわけではありませんが、聖書には、つぎの話が書かれています。

 ルカによる福音書 12章

12:15 そして(イエス・キリストは)人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」
12:16 それから人々にたとえを話された。 / 「ある金持ちの畑が豊作であった。
12:17 そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』
12:18 そして言った。『こうしよう。あの倉を取りこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。
12:19 そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』
12:20 しかし神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』
12:21 自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」
12:22 それから弟子たちに言われた。「だから、わたしはあなたがたに言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。
12:23 いのちは食べ物よりたいせつであり、からだは着物よりたいせつだからです。

 この世でのいのちを大切にし、そのいのちを与えてくださっている神様の前に富む生き方 ・・・ そのことを、入学式の日の満開の桜に雨が降ることなどを通して私自身考える機会を与えられているように思います。

 素材が多くて、私自身、考えを煮詰めきれていないまま、書かせていただきました。お許しください。 皆さんは、どのようにお考えになりますか。

 今日もよい日となりますように。  いのちの一日一日を大切に歩みたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 7日 (月)

「天下布武」

 斎藤道三の娘婿であった織田信長は、それまで井之口と呼ばれていたところを「岐阜」と命名するとともに、「天下布武」(てんかふぶ)の号令を発しました。

 詳しくは私の手に余りますが、今日書かせていただくのはその「天下布武」ということばから名を取った「布武」(ふぶ)という和食のお店におかれている白いグランドピアノのことです。

 象牙の鍵盤、細密な彫刻が施されているこのピアノは、オーストラリアのベーゼンドルファーというメーカーの製品で、この仕様のものは世界に数台しかないのだそうです。

 その名品を「布武」のオーナーは、来店者に開放しておられるのです。「特に、音楽を勉強している子どもたちに弾いてもらい、感性を磨くきっかけになればうれしい」とのことで、すてきな志が伝わってまいります。森田眞次郎さんというこのオーナーご自身はハーモニカなどを演奏される方で、音楽が流れるまちづくりに力を入れ、「布武」でも年に数回の音楽会を開いておられるそうです。

 写真なども入れてご紹介したいのですが、実は、私自身、まだそのピアノとの対面を楽しみにしているところで、まだ会っていないのです。

 本当は、そのピアノに会ってから書くのがいいのですが、この待つ間も楽しみなので、その楽しみを皆様とも分かち合いたかったのです。

 待つといっても、その店の営業時間に訪れれば弾かせていただけるようなのですが、それほどの名品との出会いには、それなりの心の準備をしてから出かけるのが礼儀のような気がしています。

 ウイーンフィルとピアニストが協演するときは、ウイーンを代表する音色(ウインナトーン)のこのベーゼンドルファーが用いられるのが通例だそうです。アルプス山麓で育つフィフィテという貴重な樹木を響盤というピアノの大事なところに用いていることもあって、1828年の創業以来生産台数は4万数千台・・・これは、スタインウエイの十分の一、ヤマハの百分の一の生産量だそうです。

 武力をもって世を制するのでなく、文化をもって世界に貢献する ・・・ 宮城谷昌光という作家がある著書で「正しいことが必ず力をもつ、文化とはそういうことだ」と書いています。信長の「天下布武」にちなんだお店の「文化貢献」 ・・・ 何だか、いい話だとお思いになりませんか。

 えっ、いつ、そのピアノに会いに行くのかとお尋ねですか。 ・・・ 何年も前から、いつか弾けるようになりたいなと思い、ほとんどあきらめていた曲に向かい始めました。その曲がある程度形になり始めたら・・・それを手土産に  と思っています。

 今日もよき日となりますように。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 6日 (日)

フリーマーケット

 フリーマーケット・・・略してフリマというようですが、六十台の男性が「フリマ」などというと、何だか、無理矢理、若者の仲間にしてもらおうとするみたいで、座をしらけさせてしまうように思います。

 岐阜祭りというのが開かれているのですが、それを見に行くと同時に毎月第一土曜日に♪「柳ケ瀬ブルース」という歌もある柳ケ瀬の一角、金公園(こがね公園)で開かれるフリーマーケットに行ってきました。

 あたたかい春の陽射し、桜も満開、岐阜祭りで賑わう人通り ・・・金公園のフリーマーケット、そこには、衣料品、おもちゃ、靴、時計、装身具、双眼鏡などなどの品物が並んでおりました。0004

 そしてそこからほど近い八幡神社の境内では、手作りクッキーや、絵はがき・・・クラフトが多く並んでいました。そちらの店が並んでいる写真は、取り損ねました。

 お店の人たちと会話を楽しんでいて写真を撮ることを忘れてしまったのです。でも、購入した作品をご紹介します。0005

 手編みのエコたわし・編みかご・小さな洗濯ばさみ・ブタさんのランチョンマット です。

 作品を通して作り手とお客が和やかにことばを交わす ・・・ それがフリーマーケットのよさの一つのように思えます。

 出かけてばかりのようですが、午前中は、庭の草引きなどに家内を中心として取り組んだことをご報告いたします。

 ゆく春を惜しみつつ、歩んでいる毎日です。

 今日は日曜日、キリスト教会の礼拝にお出かけくださるとうれしいです。

 よき春の日となりますように。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 5日 (土)

各務原の春

 岐阜市の隣り、各務原市は公園などが多く、そして、よく整備されている点では、世界有数の市であるということがテレビで紹介されていたようです。

 それで、「学びの森」というところと、満開の桜がすばらしい新境川の堤防へ足を運び、春たけなわの景観、雰囲気を味わってまいりました。

0001 0002

0003 0004

 春休みなので、子どもたちが元気に遊んでいる姿が見られたのも嬉しく思いました。

 テレビやパソコンの前に座っている時間が増える傾向にあるので、できるだけ自然の中で過ごす時間を作りたいと思います。

 大画面のテレビをもっていないので言うわけではありませんが、何インチという世界ではなく、何百メートル、何キロメートルというスケールの景観を眺める時間をもてることはやはり、幸せなことだと思います。

 花粉症と闘っている方には何と申し上げたらよいか分かりませんが、どうぞ、お大事になさってください。マスクをして山に登っている方、花見をしている方も見かけます。

 花粉にも、春の嵐にも負けず、花々を愛でて春を満喫できたらうれしいですね。

 よき一日となりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 4日 (金)

六分の二(ろくぶんのに)

 六分の二 ・・・ろくぶんのに ・・・約分すると さんぶんのいち なのですが、そのように約分できない思いが私にはあります。

 そのことをお話しいたしましょう。

 私が、岐阜県のふれあい会館内で音楽療法研究所で受講するための試験を受けている間に、家内は岐阜県ふれあい会館のキャラクターマスコットの名前が募集されているのを知り、応募用紙を記入していました。マスコットのデザインは、すでに選ばれていました。744通の応募の中から決定されたのだそうです。

 そのマスコットの名前を家内は「サーラちゃん」と考えていました。私にも考えろと申しますので、試験に奮闘した後の頭で少し考えて、言いました。「サーラちゃん」 ・・・家内は、まねしないで自分で考えてと言いましたので、「いや、日本に誇るサラマンカホールの名前をはずしては考えられない。主体的に考えた結果、サーラちゃんだ」と答えました。

 ・・・こういう調子で書くと長くなるので、ちょっとはしょります。

 この企画の担当者から「サーラちゃんに決定しました。おめでとうございます」と電話が入り、4月3日のオープンセレモニーで、抽選で賞金受け取り者を決定します」とのことでした。531人の応募者の中に「サーラちゃん」と書いた人が6人いたのですね。

 それで、冒頭の「ろくぶんのに」となるのです。

 抽選の結果ですか ・・・ オープンセレモニーの会場で、まず、キャラクターのデザインを考えた方に賞金授与がありました。デザインの賞金は・・・25万円です。

 そして、その名付け親たちから一人が抽選で選ばれました。強力チームの私たちではなく、単独の六分の一の方の名が呼ばれました。えっ、賞金ですか・・・5万円です。

 でも、いいのです。考えた名前が選ばれたこと自体がとても嬉しく、名誉なことだから・・・と家内は申しております。そして、私にも、もちろん異論はありません ・・・ と書いておきますね。  (^_^;)

 そうそう、担当者の方は、ハンサムな好青年で、おみやげを用意してくださっていました。知る人ぞ知る岐阜県川辺町の養老軒のフルーツ大福 ・・・ イチゴ、バナナなどが入っている、とってもおいしい人気商品です。以前、この大福を届けてくださった方がおられて、この大福との喜びの再会が思わぬ形で実現いたしました。ありがとうございました。

 マスコットキャラクター「サーラちゃん」は紹介された後、早速、子どもたちが握手したり取り囲んだりしていましたよ。とってもかわいいのです。

 さて、写真は「サーラちゃん」です。(フルーツ大福の写真も考えましたが、文字通り、絵に描いた餅になってしまいますものね。)

Photo  頭は♪、みどりは、緑豊かな岐阜県のシンボルということで考えられたそうです。 「サーラちゃん」の六人の名付け親の二人としてお願いします。ぜひ、仲良くしてあげてくださいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 3日 (木)

春爛漫

 桜の花盛り ・・・ 見事ですね。写真を添えようと思ったのですが、多くの方は実際に咲いている桜を見ておられることでしょうし、まだの方は、桜前線が近づきつつあるでしょうから、野暮なことはやめようと、自制いたしました。

 例年より3日から10日早いのだそうですよ、桜の開花は。

 桜の開花の情報が全国放送で大切に報じられる ・・・ こういう国がほかにあるだろうか、こういう花がほかにあるだろうか、とさだまさしは感激しています。そして、桜前線の進むスピードは、1秒に23センチ前後、子どもたちにはお母さんの足どりのように春はちかづいてくるのだよと話してイメージを描かせたいと彼は書いていたように思います。(今、手元に本がないので、すみません。) やはり、彼は現代の吟遊詩人ですね。

 「桜」という題名の曲がここ数年でずいぶん増えたように思います。題名に入っていなくても、桜が歌われている曲も多いですよね。

 「花より団子」というより、「花を愛(め)でながらの飲食」、花も実もある日本の春を、卯月の数日間、住んでおられるところによって少し時期は異なるかと思いますが皆様と楽しめたら嬉しいです。

 まだ、桜が開花していないところの方へ  ・・・ 楽しみに、お待ちください。そのうち さくらぁ  などと、品位を落とすような洒落は書かないことに  ・・・ ああ、書いてしまいました。 

 春爛漫の日本列島 ガソリンも、少なくともしばらくは安値のようです。

 年度の初めでご多用の方も、どうか、のどかに過ごす時間がもてますように。 

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 2日 (水)

カップヌードル

 TVで日清食品の社長さんがこんなことを話していました。カップヌードルの会社のトップですね。

 うますぎると食べ飽きる ・・・ これ以上ないというほど最高の味にすると、すぐにあきられてしまう。ほどほどが長続きする。

 そのほかにもこんなことが印象に残りました。自社製品のなかで売れ行きがダントツのカップヌードルを打倒するために社内に競争するためのグループをほかに八つ作ってあるとのことです。何と、日新食品という会社の合い言葉が「打倒 カップヌードル」だそうですよ。

 外部の他社との競争に負けないために、内部でそれ以上の開発競争をさせるのだという考え方なのだそうです。カニバリゼーション ・・・ 共食い ということばも使われていました。

 追われる立場の「カップヌードルグループ」のリーダーは、王者ブランドをゆだねられているという誇りがプレッシャーより上回っているので、自分たちも前向きにさらに精進を重ねていると語っていました。

 ラーメンの新製品は年間800種類が売り出され、生き残るのはその一割以下、そして新製品は売り出して一週間の売れ行きで、売り続けるか、店先から回収するかを判断されるようです。

 各グループは仲が悪いわけではないけれど、お互いがどんな視点で何に取り組んでいるかは、一か月に一回の発表会のときにしか分からないそうです。

 うーむと思いました。

 企業は、利潤を追求するのですし、競争原理をこれだけはっきりと組織の根っこに据えて競争をあおっているのはむしろ痛快でおもしろいのではないでしょうか。

 ただし、これを教育にも適用しようとするのは、はっきりと間違っていると私は思います。企業は品物を作るのです。教育は人を育てるのです。

  東京、大都市では経済的に比較的豊かな親が子どもを私立に入れる傾向がずっと続いています。けれど、それは、あくまでも都市部にのみ見られることです。

 入学・入塾のときに試験を行い、かなり成績のよい子しか受け入れない塾や学校が入試での成績を誇り、「当塾はこのように成果を上げています」というのは、正しいことでしょうか。

 生徒を選ばずに懸命に育てている公立学校・・・それが日本の学校のとても大事な部分です。それなのに文部科学省までが「公教育の再生」などと声高に叫ぶことがあるのです。広い日本の中のいったいどこを見ているのか、という思いを抱かざるを得ません。誤解されないように申しておきますが、私立学校のよい面を否定しているのではありません。

 明治維新 ・・・ 鎖国していた日本が開国当時、世界でもめずらしいほど識字率が高く、生きることへの見識がきちんとしていて、学制が順調に整えられていったのは、江戸時代の寺子屋の功績だと言われています。現在の学校よりもはるかに多い数の寺子屋があったのですね。

 全国学力テストで岐阜県の中学生は5番目の成績だそうです。 ということを喜んで書くのは、競争にとらわれていることにつながりそうなので、深くは書きませんが、企業の競争原理を教育に適用することで教育を変えるのだという得意げなかたには、まず自らの認識を変えてほしいと私は強く思います。

 目に付く成果だけを教育に求めると、テストでいい成績を収めさせようとしている大人がテスト中にサインを出して子どもに正解を暗示、というより明示するようなあやまりが促進される実例がすでに報道されているのです。

 上にあげたのは、ほんの一例です。子どもの本当に大切に育てたいところを大人が見失って枯渇させてしまうことを私は恐れており、怒っているのです。

 つい熱くなり、失礼をいたしました。これも誤解のないように書き添えておきますが、カップヌードルをきらいではない私です。     よい日となりますように。 

 河合隼雄 『子どもの宇宙』より

 この宇宙のなかに子どもたちがいる。これは誰でも知っている。しかし、ひとりひとりの子どものなかに宇宙があることを誰もが知っているだろうか。それは、無限の広がりと深さをもって存在している。大人たちは子どもの姿の小ささに惑わされて、ついその広大な宇宙の存在を忘れてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 1日 (火)

夜景

0001  JR岐阜駅のすぐそばに、シティ43という43階建ての超高層ビルが2007年10月にオープンしました。最上階43階の展望台からの眺めが人気とのことを耳にしていましたが、このほど、そこからの夜景を目にすることができましたので、おすそわけさせていただきます。地上からの高さは163メートルだとのこと・・・・

 夜景が美しいのは、光と闇の対比があるからでしょうか。

 光の輝きが命を連想させて、いとおしく思われるのかもしれませんね。

 この夜景が朝の光に照らされるのは、新しく2008年度がスタートする4月1日ということになります。

 どなた様も、よき年度への旅立ちができますように。

  聖書のことば  マタイによる福音書 第5章  14節~16節

 あなたがたは、世界の光です。

 山の上にある町は隠れる事ができません。

 また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。

 このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父(神様)をあがめるようにしなさい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »