オスラー教授
日野原重明先生に影響を与えた人として、日野原医師自身が語っているのが、オスラー教授です。
ウイリアム・オスラー(1849~1919)はカナダ生まれで、オックスフォードの内科の教授だったそうです。・・・ 何人もの方との対談の中からの情報をつなぎ合わせていますので、もし、私の理解が間違っていましたら、お許しください。多分、大丈夫です。
ここからは、『生き方の選択』の78ページからの正確な引用です。
日野原「若い人のなかにはエネルギーがある。若い人には、あなたがそのようになりたい人を探しなさいといいたい。私はオスラーというカナダ生まれの医者の伝記を読んでその人の弟子に会いに行きました。オスラーという人は子どもが好きで、学生が好きでした。墓には『若い学生の友だったことを誇りに思う』と書いてあります。そういう海星、私はこのオスラーから医師像を学びました。医師として生きる道を示してくれました。ですから、若い人には、よい出会いをもちなさいといっています。でも、八十になった老人にも出会いはありますよ。」
『若い学生の友だったことを誇りに思う』 ・・・ 何とすてきな言葉でしょう。
オスラー教授を師とした学生が「あの教授から学んだことを誇りに思う」というのなら、さもありなん、と胸にすんなりと入ってきます。
でも、おそらく卓越した師であったオスラーが『若い学生の友だったことを誇りに思う』と墓碑銘に遺したのです。
日野原先生の著書を通して人生の奥深さ、幅広さを感じています。
余談ですが、先々週のTV番組SMAP×SMAPに日野原先生が出演して、SMAPが二組に分かれてできばえを競う料理コーナーで、野菜料理とスープ、そしてステーキを注文して、「先生、ぼくたちのチームの作ったのも食べる余地を残しておいてくださいよ」と、後のチームが真剣に言うほど、前のチームの料理をしっかりとぱくぱく食べて、後のチームのも同じようにしっかりと食べて、そして堂々と理由を添えて判定を語っておられました。
何と魅力的な存在なのでしょう ・・・ 96歳の現役医師なのですよ。
成人病という名称を生活習慣病と改めさせ、大きな災害の起きたときに備えて緊急対応の態勢を整えているので、サリン事件の時には640人の患者全部を入院させることができたとか、日本における音楽療法のパイオニアだとか ・・・
みなさんのほうがよくご存じのような気がしてきましたので、これにて日野原先生のことは一区切りとさせていただきますね。
おつきあいいただき、ありがとうございました。
今日もよき日となりますように。
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