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2008年4月10日 (木)

パンのこと

0002  写真は、我が家のある記念日の朝食の一部です。パンとオムレツ、そして野菜サラダ、コーヒーが食卓に並びました。 写真がベース板のような形なのは、写っていたサラダの部分に家内が難色を示したからです。

(結果的にはサラダの掲載も許可してくれたのですが、この日の記念日の性格上、今度は私が遠慮しました。尊重しなくては・・・) 

 パン焼き器は忠実に定刻に焼き上がりのサインを発してくれるので、いそいそと取り出しに行くのが多くの場合、私の役目です。 ・・・ 目覚まし時計よりも効果がある と、家内は思っているかも知れません。

 時々、米粉を入れたり、果実を入れるなどバリエーションを楽しんでいます。

 おお、そうでした、今日のブログにパンを登場させたのは、つぎの聖書のことばをご紹介したかったからでした。

 イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」

 マタイ4章4節  

 有名なことばなので、ご存じの方も多いと思います。

 荒野での四十日四十夜の断食を終えたキリストに、悪魔が「あなたが神の子であるなら、石に命じてパンにかえてごらんなさい」と誘いをかけたときにキリストが答えたことばです。

 文語でも「人はパンのみにて生くるにあらず」とあり、パンを否定しているわけではありません。もし、パン(に代表される食物)を食べるなと命じられたら、私など、どなたよりも真っ先に音を上げてしまうことでしょう。

 英語で、こんなことばを教えて下さった宣教師さんがいました。

「 No Bible, No Bread」 ・・・ 私は「聖書読まずに 飯 食うな」と訳しています。

 体のための糧を摂取するのと同等かそれ以上に魂のための糧である聖書を読む ・・・ 少なくとも、新聞で、ひいきの球団が勝ったか、負けたかを確かめるより前に、まず、聖書を読む ・・・ そういう優先順位をあやまらない歩みが積み重ねられたら  と願うものです。 

 クリスチャンの場合に限らず、たとえば、子どもが懸命に話しかけているのに、目の前の目玉焼きの焼け具合を優先している ・・・ そういう逆転現象が私たちの生活には多く見られるのではないでしょうか。

 本末転倒にならないで、本当に価値あるものを第一にする、そんな今日という日になりますように。

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