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2008年6月30日 (月)

サマーコンサート

0007  岐阜大学の管弦楽団のサマーコンサートを聴きに行きました。岐阜県庁近くのサラマンカホールが会場です。小ホールとは申しますが、確かおよそ千人が入る会場で、日本で三つの指に入る名ホールといわれています。

 プログラムは、ブラームスの悲劇的序曲、ビゼーの歌劇カルメンからの抜粋、そしてカリニコフの交響曲第一番、熱烈な拍手に応えてのアンコールは、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」からトレパーク ・・・ どの曲も若々しい情熱に支えられた感動ある演奏でした。

 この管弦楽団は、今年42年目に入っています。この楽団の1年目と2年目 ・・・ 私は聴衆席でなく、ステージ上におりました。サラマンカホールは出来ていませんでしたが、大学3年の時に岐阜市民会館ができて第一回の定期演奏会でドヴォルザークの交響曲「新世界より」を演奏する一員として出演していたのです。

 40年を経て、管弦楽団がすてきな演奏をしているのを聴きながら感無量でした。

 ちなみに、昭和41年までは、岐阜大学管弦楽団は、その前進である岐阜交響楽団を一般社会人、OB、高校生、そして岐阜大学の学生とで構成しており、昭和42年に発展的に岐阜交響楽団と岐阜大学管弦楽団とに分かれたのでした。

 岐阜交響楽団は、その後岐阜県交響楽団となり、芥見に専用の練習場をもって活動を続けています。

 若々しい演奏を聴きながら、感動を味わったサマーコンサートの夜でした。最初の曲の学生指揮者、そして客演指揮者もすてきでした。

 ステージ上での演奏者たち、輝いていました。これからも力を合わせて新しいプログラムに演奏の命を吹き込み、そして一人一人がよき人生を切り拓かれますように。

 もちろん、私も元気に歩んでまいります。管弦楽団の演奏会のステージからは降りました。けれど、生きることを通して最高の音色を奏でようとしています。

 私も、あなたも、みんな   みんな 現役で 人生というステージの上にいるのです。

 一つ一つの楽器が 最高の音色を奏でるとき オーケストラは 最高の響きで 最高の音楽を 送り出します。

 今日という日がどなたにもすてきな人生のよき時となりますように。 

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2008年6月29日 (日)

ラベンダーの香り

 岐阜市の最高峰、百々が峰の登り口の一つである三田洞からの道沿いにラベンダー広場があります。

 今が花盛りで、29日(日)にはラベンダー狩りというのが企画されています。200円でリングを買うと、ラベンダーをその輪の中に入る量だけ摘めるとのことです。

 その舞台となるラベンダー広場に、家内と27日の夕方に行ってきました。きっと今が花盛りに違いないと思ったからです。

そして ・・・ 次の写真を撮ることが出来ました。

0006 0001

 目も楽しませてもらうと同時に、到着したすぐの時は、すてきな香りに包まれました。 ・・・ すぐに慣れてしまうのですけれど、ラベンダーは、花と香りがいいのですね。

 その芳香は、ラベンダーを刈り取る人にも、安らぎを贈ることでしょう。

 ふと、ルオー展を観に行ったとき、十字架にかかったキリストを描いた絵の題に、次のような言葉が添えられていたのを思い出しました。

 「白檀は、それを切り倒す斧にも芳香を移す」

 すべての人の罪を身代わりに背負って人を救うために十字架にかけられたイエス・キリストを、さらにあざける人たちがいました。その人たちのために苦しい息の下からイエス・キリストは、「神様、この罪を彼らに負わせないでください。彼らは自分がなにをしているのか分からないでいるのです」ととりなしの祈りを捧げられました。

 その様子を見ていた処刑の執行のその刑場における責任者といってよいでしょう、ローマの百人隊長は、心を打たれて言いました。次のように書かれています。

 イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「この方はまことに神の子であった」と言った。  

聖書 マルコによる福音書 15章 39節

 何と深い愛をイエス・キリストはその身をもって、生涯をもって、そして祈りをもって示していることでしょうか。

 今日は、雨でラベンダー狩りができるかどうか、分かりません。けれど、キリスト教会では、聖書に基づいて神様からの愛が語られます。

 よい日となりますように。

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2008年6月27日 (金)

杉 良太郎さん

 昨日のブログに「つばき茶屋」の写真を載せました。そこでの朝食待ちの時間に、たまたま日本経済新聞という普段読み慣れない新聞を読みました。

 その紙面に、杉良太郎さんの文章が載っていました。♪「すきま風」や♪「瞼の母」などをちょうど、27日夜も歌っておられる姿が放映されています。

 その記事を読んで、正直、驚きました。20年ほどにわたって杉さんがヴェトナムでいろいろな支援活動を続けてこられたことが書かれていたのです。

 日本人墓地の周辺整備と管理人の配置、ハンセン病の患者への支援 ・・・ 杉さんが近寄って握手するまで、感染を恐れて周囲の人は近づかず、患者さん自身も人から遠ざけられるのを仕方ないと思っていたようです。

 また、たくさんのヴェトナムの子どもたちを、幼いときから大学を卒業して活躍できるように援助しておられることも分かりました。

 そして日本語研修センターの設立と維持・運営もなさっておられるそうです。ヴェトナムとの往復も50回を越えているだろうとのことでした。

 杉さんと、妻である伍代夏子さん、秋川雅史さんなど日本から6組、ヴェトナムの歌手が6組出場するイヴェントを企画され、先日実施できたことも書かれていました。そういう顔合わせでの番組が2時間半にわたってヴェトナムで全国テレビ放送されたのは初めてのことだったそうです。

 実は、このブログの最初に書いた杉さんが歌う番組は再放送です。ご紹介させていただいた新聞を読んでいなかった初回には、あまり聴く気がしなかったというのが正直なところです。

 山や森に行って木を見るとき、その木が空に伸ばしている梢は目にとまります。けれど、高く伸びた木ほど、地下に深く深く根を張っている ・・・ 改めてそのことを肝に銘じたいと思います。   特に、杉の木を見るときには  

 今日もよい日となりますように。

 

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2008年6月26日 (木)

花菖蒲

 関市の百年公園に花菖蒲園があります。何年ぶりかで行ってきました。

 手入れする方が、「もう、いいときは過ぎてしまったなあ」とおっしゃいましたが、それでも、なかなかのものでした。

 その公園のみなみ入り口近くに「つばき茶屋」という和風カフェがあり、そこでモーニングサービス・・・ コーヒー、パン、果物などの格安セットをいただきました。

 花も団子も  ・・・ 相変わらず欲張りな動きではありました。

写真を添えさせていただきますね。

0001 0006

 0003 0010 今日も、よい日となりますように。

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ユニバーサルデザイン

 必要に迫られて、小学六年生の国語の教科書を読んでいます。

 光村という教科書会社の国語の教科書にみんなで生きる町という単元に「問題意識をもとう」というコーナーがあり、そこに「多くの人が使えるように」 古瀬 敏(こせ さとし)という方が書かれた文章があり、そこに「ユニバーサルデザイン」のことが書かれていました。

 それによりますと、ユニバーサルデザインは次の願いから生まれ、推進されていることが分かります。

 「ユニバーサル」 ・・・ 「すべての、共通にある」

 「デザイン」    ・・・ 「設計・計画」

 ユニバーサルデザインの提案は「物を作るとき、できるかぎり多くの人がつかえるということに重点をおいて考えましょう」 ということになります。

 さて、教科書に挙げられている例を中心に実際に身のまわりのユニバーサルデザインを探してみますと

・ 段差のない公共図書館  ・エレベーターの低い位置につけられたボタン

・ ドアのノブが長い柄になっているもの それと似ていますが、水道の蛇口の形状

・多目的トイレ

・シャンプー容器のぎざぎざ  リンス容器とは変えてある

などです。

 そういえば、家内が孫娘をあるショッピングモールに連れて行ったとき、抱きかかえて手を洗わせようとしたら足をばたつかせて「ちっちゃいほう ちっちゃいほう」と言うので、よくよく見たら、子どもの手の届く高さに設置された洗面台があったそうです。 「負うた子に教えられる」という表現がありますが、この場合は抱きかかえた子に教えられたわけですね。

 バリアフリーデザイン(障害の部位や程度によりもたらされる障壁に対処する)と重なる面もありますが、ユニバーサルデザインは「すべての人が人生のある時点で何らかの障害をもつ」ということを起点としているところが大きく異なるのだと、教科書で指導するときの参考になる指導書に書かれていました。

 こういう大きな考え方、視点をもつことは、とても大事ですね。

 なるほど、と学べることが小学校の教科書にも多く盛り込まれていることを改めて学ばせていただきました。

 えーと 我が家では、醤油とソーズの容器はどうなっていたかな ・・・ 家人には区別が分かるのですが、来客があったときにも説明抜きで分かるような工夫をしておくといいのでしょうね。

 「続きを読む」に、ユニバーサルデザインの提唱者と七原則を引用しておきました。関心のある方は、どうぞ。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年6月25日 (水)

音楽療法の講座 その7

 今回の講座は、「発達心理」 その1 乳幼児期 ~ 思春期 でした。

 講師は、音楽療法士で、そしてあずかり保育で毎日50人ほどの子どもと生活しておられる方です。

 たくさんの人の発達に関する著書を読み、たくさんの子どもとの実践を積み重ねておられる方なので、穏やかな温かさの中に知識の切り売りではないどっしりした奥深い世界がたたえられているのが伝わってました。

 学ばせていただいたことのいくつかを書かせていただきます。

 わがままと自己中心性とは異なること

 量の観念の成長過程にある子どもの目の前で、スイカを見た目にも公平に切るには

 4歳過ぎまで、子どもは自他を区別できない ・・・ 説明をうかがっていて、小さい子がかくれんぼをするとき、自分で自分に目隠しして、それで周りの人からも自分が見えなくなっていると思い込む姿が浮かんできました。

 特に、次のしつけのことについて、心に残りました。下の三つの組み合わせの中で、もっとも子どもの心が満たされ、安定し、しかも自己を制御する力が育つのはどれか、という、質問紙法による統計に基づくお話しです。

     親の権威       温かさ

 ①     高          低

 ②     高          高

 ③     低          低 

  ①②③  ・・・ 正解は②。

  いけないことは、権威を持って厳しく我慢させ、けれど、我慢できてえらかったねと認め、熱い心で一緒に喜ぶ  ・・・ 自分の成長を親とともに喜び合える歩みが築かれます。

 ①は、権威の押しつけ

 ③は、自主性を認めるという名のもとの放任 ・・・ 自分が認められ、ひとまわりずつ成長したという喜びを味わうことがありません。

 まだまだ、紹介された学者の本を読んでその学説を学ばなければ、本物にはなれません。

 分かった気になってしまわないで、問い続ける思いを燃やし続けること ・・・ それが大切であることを改めて教えていただきました。

 学びは、まだ端緒についたばかりです。

 うーん、 「少年老いやすく 学成り難し 一寸の光陰軽んずべからず」

 この言葉、真理ですね。

 焦らず、一歩一歩 

 今日も、よい日となりますように。

 

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2008年6月24日 (火)

あのビル・ゲイツが・・・・・

 全世界の九割のパソコンを動かしているウインドウズXPやビスタ ・・・その基本ソフトを開発、販売しているマイクロソフトという会社を創業し、総帥として活躍してきたのがビル・ゲイツです。

 富裕な王侯貴族は別として、ビル・ゲイツは、ここ10年ほど世界のお金持ちのトップ、あるいはそのあたりの位置をずっと占めてきました。

 その彼が、会社の運営は他の人にまかせ、今までに築き上げた膨大な資産を、医療福祉などの世界に役立てる基金とすることを表明したそうです。

 たとえば、エイズなどを地上からなくすための医療活動を経済的に支援するとか、構想は既に立てられているようです。

 彼は「自分の子どもに財産をたくさん残すのは、若い世代のためによいこととは思えない」とも語っています。

 利益を上げ、それを社会に還元するのが彼の親の教えだとも述べています。

 すぐには彼の言うことを信じられないという人も多いようですが、私は彼のその思いを支援したいと思います。 ・・・ 彼に私の支援が必要だとは思えませんし、できたら、その基金で私を支援して欲しいという気もありますけれど。

 かなり大きな国一つ分の予算に匹敵するといわれる基金 ・・・ それが、よいことに生かされますように。 ついでながら、ボランティアの訳語として私がいいなと思っているのは「善意の意志」という訳です。

 今日も、よい日となりますように。 

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2008年6月23日 (月)

映画「西の魔女が死んだ」

 映画「西の魔女が死んだ」を観てきました。梨木香歩 原作の小説は十数年前に発売され、ロングセラーだそうです。

 おばあちゃん役のサチ・パーカーさんは、女優シャーリー・マクレーンの娘で、12歳まで日本で生活していたのだそうです。

 実は、6月20日の新聞にこうしたことが掲載されていて、21日から上映ということだったので、上映初日に観に行くことにしたのです。

 映画を撮影したオープンセットは、山梨県北杜市・清里に建造され、この家も一般に公開されることになったと、これも新聞にありました。

 美しい自然の中で、出演者もきわめて少なく、大きな事件はないといってもよいような静かな日常が描かれています。家内は、もう一度観たいと申しております。映画の筋も気に入ったのですが、家の造りとか、調度品とか、食事などをゆっくりみたいということのようです。

 約2時間のこの映画、まだ観ておられなくて、行ってみようかなという方はどうぞ。

 新聞でも宣伝されていますし、特に映画については事前にあまり詳しく内容を紹介しないのがマナーでしょうね。時期も異なりますが、たとえば、NHKの紅白歌合戦、出場歌手、歌う歌、出場順まで事前に掲載されますが、本当は、できるだけ伏せておいたほうが観る楽しみが増すように思っているのは私だけでしょうか。

 言わぬが花  ・・・  秘すれば花

 奥ゆかしいことばがありますね。 場合にもよりますけれど。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年6月22日 (日)

梅雨の庭

0005  昨日少し書いた夏椿 ・・・ 沙羅双樹の花の写真です。『平家物語』の冒頭に

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」とある、あの花です。
   

0006 それから、くちなしの花も咲いていたので、撮りました。

 この時期に咲くのは、白い花が多いとおっしゃる方がありましたが、そうかもしれませんね。 衣替えの出来ない花は、涼しげな色で咲くのでしょうか。

 いえ、熱帯には原色の鮮やかな花も多いようなので、データに基づいてどうこうしようというわけではありません。

 火曜日の昼、12時20分から50分までに岐阜県庁近くのサラマンカホールのアトリウムで開かれている無料コンサートの写真も一枚添えさせていただきます。

0001 こんな雰囲気なのですね。すてきな歌と伴奏を聞かせてくれたのは岐阜発信のポップス系バンドNJKの皆さんでした。

6月24日は「こばと西幼稚園」の子どもたちが出演とのことです。

 本格的な夏を前に、花たちも子どもたちも元気 ・・・ 嬉しいことです。

 今日もよき日となりますように。 よろしければ、お近くのキリスト教会の日曜礼拝にどうぞ。

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2008年6月21日 (土)

♪「雨だれ」

 今日は、夏至なのですね。2008年も、ここまで季節が進んだのかと思います。我が家の夏椿 ・・・沙羅双樹という名前のほうが通りがよいかも知れませんが、今年はたくさんの花を咲かせてくれています。

 その写真を、と思ったのですが、日が暮れてしまい、またの機会に掲載させていただきます。

 19日、岐阜市は日中は高温多湿 ・・・ じっとりとした天候でした。夜になって、雷と激しい雨 ・・・ その音で、ご近所にピアノの音でご迷惑をかけるおそれがうすまったので、たどたどと「雨だれのプレリュード」を練習しました。雨だれは、英語ではレイン・ドロップとなるのでしょうか。雨の雫の音のように左手が音を連続させるので、この名が付いたそうです。作曲者のショパン自身の命名ではないようです。

 綺麗な曲なのですが、私が練習すると、雨しずくが途絶えがちになるのです。辛辣な聴き手がいたら「おお、梅雨明けか」とからかわれそう

 ・・・ でも、いつかは弾けるようになりたいなと思い、ピアノに向かっています。4ページある楽譜の1ページ分を、つっかえながら弾けるようになってきました。 希望をいだいて歩みますね。 名曲は、へたな弾き手をもカバーしてくれるよさを備えています。とても寄せ付けてくれない厳しい面ももっていますけれど、意地悪ではないのです。

 今日も、よき日となりますように。 

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2008年6月20日 (金)

カーナビ

 教育学部には、教師となることを志して入学してくる学生で満ちています。 ・・・ とはいえ、本当に教師に向いているのかどうかを学生自身が吟味し、確かめる機会が、いろいろな形で訪れます。

 大学4年生はそうした学生生活の集大成の時期であり、7月には採用試験も控えているのですが、自分の意志で教職インターンという形で小学校、中学校で体験を積み、見識を養うプログラムに参加している人たちが相当数います。

 大学3年生のときに、小学校、中学校で4週間ずつの教育実習に取り組み、希望者はさらに4年生の時に上記のインターンを経験するのです。 前向きの意志の持ち主、頑張り屋がそろっていますので、受け入れ先で好評をいただくことがほとんどで、学校を訪問させていただくのは、喜びです。

 さて、学生にこうした機会を与えてくださっている学校に足を運び、この実習が円滑に、そして意義あるものとして進行・終了するようにサポートするのが私の仕事の一つです。

 いくつかの学校を訪問させていただくのですが、校名は知っていても、今までに訪れたことのない学校があります。 ちなみに、岐阜県全体の公立小学校・中学校は、575校です。(3校が小中併設ですので、校長は572人います。)

 訪れたことのない学校へ行くにはどうするか ・・・ インターネットなどを用いて下調べはしましたが、実際に走ると、目印になる建物を見落としたり、信号を行きすぎたり ・・・ もっと正直に申しますと、まるで正反対の方向に向かっていることにかなり走ってから気がついたりするのが私の得意技なのです。 いえ、自慢しているわけでは、ありませぬ(^_^;

  ここで、くらくらっと欲しくなるのが、そうです、カーナビです。

 着脱式の、比較的安い値段のを購入しようかと思いつつ、使用頻度、回り道をするのに消費したガソリンの値段、無駄に使ってしまった時間との比較をしながら、まだ迷っております。

 人生のナビゲーターとしては、聖書を筆頭にあげる私ですけれど、ドライブのカーナビについては、もう少し考えてみることにいたします。

聖書のことば  ペテロの手紙 第一 5章 7節

 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

 今日もよい日となりますように。

 

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2008年6月19日 (木)

ファニー・クロスビー

 1820年にアメリカのニューヨーク州に生まれ、1915年に94歳で天に召されるまでにファニー・クロスビーは8000曲以上の歌詞を書いたと言われています。

 生後6週間ほどして、目に腫れ物ができ、かかりつけの医師が町を留守にしていたため、別の医師が手当てをしたそうですが、その処置がまずかったために、ファニーは失明してしまいました。

 さらに、彼女が1歳になる前に父親のジョンがなくなったそうです。

 けれど、彼女は、馬に乗り、木に登り、母の読んでくれる聖書などを記憶し、8歳か9歳のころ、こんな詩を書きました。

私の魂は幸せでいっぱい

私には何も見えないけれど

この世を必ず満足して生きていく

私には幸せがいっぱいある

ほかの人たちにはない幸せが

目が見えないからといって泣いたり ため息をついたり

そんなことはできないし、するつもりもない

 また、83歳のときにこう書いています。

        ◇  □  ☆  ○  ※  ○  ☆  □  ◇

 誤って私の視力をなくさせたこの医師は、いつまでも謝っていたという。しかし、もしいまその医師に会うことができたら、私はこういうだろう。「ありがとう、ありがとう。私の視力が失われたのがあなたのせいだったとしたら、あなたに本当に感謝します」と。

 これは本心だ。心からそう思う。もし、明日から完全に見えるようにしてやるといわれても、私は断るだろう。医師の側に誤りがあったとしても、神の誤りではないからだ。主を讃えて歌い、聴く人の心にも同じ気持ちをおこさせる日に備えて、闇の中で生きなさい、というのが、神の御心だったに違いない。視力があってあれこれ気が散っていたら、何千曲もの讃美歌を書くことはできなかったろう。

   ◇  □  ☆  ○  ※  ○  ☆  □  ◇

 また、スコットランドのある牧師が訪れたとき、こんな会話をしたことも伝えられています。

「私が生まれるとき、もしなにか一つだけ創造主にお願いできたとしたら、盲人として生まれさせてくださいといったでしょう」

「それはまた、どうして」

「私が天国に召されたとき、はじめて得た視力で見る最初の顔が、わが救い主、イエス・キリストのお顔なのですから」

 心の底から、神様を信じ、人生を歩んだファニー・クロスビー ・・・ 彼女の作詞した讃美歌に心の慰めを得ている人の数は、神様のほかには誰も数えることができないことでしょう。

 逆境を逆境としないで生きる ・・・ なかなかできないことですが、そういう力を与えてくださる存在を信じて受け入れることができたとき、人はどんなことができるのかを示す実例がここにあります。

 ファニー・クロスビーの眠る場所には次のように彫られた小さな石板があるそうです。

 ファニーおばさん

 ファニー・J・クロスビー

 力のかぎりをつくして生きた

 今日も、力を出して、歩むことができますように。 

【参考にした文献】 『魂のうた ゴスペル ー信仰と歌に生きた人々ー』チェット・ヘイガン著・椋田直子(むくだ なおこ) 訳  音楽之友社1997年9月10日 第一刷発行 

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2008年6月18日 (水)

音楽療法の講座 その6

 医学概論 Ⅱ というのが、今回の講座でした。

 末梢神経や内分泌の働きを知って、病気の成り立ちを理解し健康への関心を高める

が、今回の講座のテーマです。

 自律神経・脳神経・脊髄神経 そして内分泌(ホルモン)について、図や表をもとに学ばせていただきました。講師は、音楽療法士であり、そして看護師でもあるかたです。ご多用の中を先回、今回と後輩の育成のために時間をさいてくださっているのですね。感謝です。

 内容について詳しいことは省かせていただきますが、病気の治療の種類として次の七つをお聞きしました。

1.原因療法 2.対症療法 3.内科的療法 4.外科的療法 5.理学療法

6.作業療法 7.精神療法

 さて、ここで、私は考えたのです。「音楽療法」は、この七つと並列になるときがくるのだろうか、それともこの幾つかにまたがって寄与することになるのだろうか、と。

 答えは、性急には出さず、これからの講座で学びながら考えてみたいと思います。

 それは、ともかく、健康保持に関して大切なものが、WHO(世界保健機構)では大きく次の二つに分類されているそうです。

 1) 環境: 温度・湿度・大気・水・音

 2) 生活: 栄養・仕事・運動・休養・睡眠

 この考えのもとを作ったのは、あのナイチンゲールなのだそうです。やはり、先覚者はすばらしい存在なのですね。いろいろなことの源流になっている感じがいたします。

 源流にならずとも、さわやかな風のような存在に時々なるだけでも、すてきですよね。

 今日も、そんなときを一瞬でも創り出すことができますように。

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2008年6月17日 (火)

リストという人

  リストは、ピアニスト・作曲家として有名ですから、ご存じの方が多いと思います。たいていの音楽の本の音楽科紹介のリストには必ず載っているような人ですから ・・・ (冒頭から下手なしゃれをすみません)

 リストの伝記映画を見たことがありますが、かなりはっきり物をいう人だったようです。

その1. リストが指揮をしての演奏中に王侯貴族が話し始め、その声があまりに無遠慮になってきたので、リストは演奏を中止しました。

 「なぜ、演奏をやめた」と問われて、いんぎん(あるいは慇懃無礼に)「お話しの邪魔をしてはいけないと思ったものですから」

その2.軍人が「役に立たない芸術家も軍人が闘って守ってやっているのだ、ありがたく思え」と居丈高にいうと、リストは落ち着いて次のように応じました。

「芸術家の居ない国など、守る値打ちもないと存じます」

 上記の二つは、その映画の中の印象に残ったシーンからです。

 グリーグ作曲のピアノ協奏曲は人気がありますが、グリーグがこの曲を書き上げたとき、内心、「名人といわれるリストさんでも、この曲は難しいね、練習しなくてはというのではないかというのではないか」とちょっと意地悪な楽しみをもって訪問したそうです。

 ところが、リストは、さっと楽譜に目を通して、いきなり、グリーグがその曲の中でも特に難しいだろうと思っていた独奏者の腕の見せどころ ・・・カデンツア と呼ばれるところを、そのまま演奏会で披露できるレベルで弾いたので、グリーグは圧倒され、脱帽したそうです。

 初めての曲を弾くことを「初見」というそうですが、リストの実力の一端がうかがえるエピソードですね。

 リストとは比ぶべくもありませんが、私など、何回も練習している曲が、まるで初めてのようにいつまでも手強く、なかなか弾けるようにならないのです。 えっ、それも、新鮮味が薄れないのでよいではないか、とおっしゃいますか。  ・・・ どうも、ご親切に 。

 初心忘るべからず ですしね ・・・ どうも意味を故意に取り違えているような (^_^;

 今日も、よい日となりますように。

 

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2008年6月16日 (月)

♪「夏は来ぬ」

♪「夏は来ぬ」 佐々木信綱作詞・小山作之助作曲 は5番まであります。

卯の花の、匂う垣根に
時鳥(ほととぎす)早も来鳴きて
忍音
(しのびね)もらす、夏は来ぬ

さみだれの そそぐ山田に
早乙女
(さおとめ)が 裳裾(もすそ)ぬらして
玉苗
(たまなえ)植うる 夏は来ぬ

橘の薫るのきばの
窓近く 蛍飛びかい
おこたり諌
(いさ)むる、夏は来ぬ

(おうち)ちる 川べの宿の
(かど)遠く  水鶏(くいな)声して
夕月すずしき 夏は来ぬ

五月
(さつき)やみ、蛍飛びかい
水鶏
(くいな)鳴き、卯の花咲きて
早苗
(さなえ)植えわたす、夏は来ぬ

 この4番の 
「楝(おうち)」という花の写真を友人が送ってくれましたので、お裾分けさせていただきます。

 かわいらしい花が大きな木に咲くのだそうです。実際に足を運んで見に行った友人はその様子を次のように伝えてくれました。

0011   「亭々とそびえるような大樹に小さな薄紫の花がびっしりと咲いているのです。まるで薄紫の雲をまとっているようでとてもきれいでした。」

 私も機会があったら、歌詞や俳句、短歌などに登場する植物を実際に目にすることを心がけたいと思います。 情景を深く味わうためにも、「言葉」という葉を、根無し草にしないためにも大切なことだと改めて教えていただきましたから。

 それに、なんと言っても、懸命に生きて咲きいでた花々の命にふれると、心にその美しさが流れてくる幸せな時間をもつことができますから。 ・・・ 花より団子 の傾向が強い私でさえもそうですから、皆様は、なおのこと。

 今日も、よき日となりますように。

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2008年6月15日 (日)

美しい季節

Photo  写真は、花は咲いていないのですけれど、岐阜市の最高峰、百々が峰のふもとにあるラベンダー広場と木陰のベンチです。家族連れなど、多くの方がウオーキングや読書などを楽しむ憩いの場となっています。

 私の通う教会には、季節によってはカモが飛んでくるのですが、今は睡蓮の花が咲いています。モネが「ぜひ、描かせてください」と言ったとか・・・いえ、嘘です。(すみません)Photo_2

 それから、麦の収穫が進む場面を見ましたのでその写真も紹介させていただきます

Photo_3  聖書のことば ヨハネによる福音書 12章 24節

よく言っておきます。 畑にまかれる一粒の麦のように、わたし(イエス・キリスト)も地に落ちて死ななければなりません。 そうしなければ、いつまでたっても、一人のまま、一粒の種のままです。 だが、死ねば、多くの新しい実が生じ、新しいいのちが豊かに実を結ぶことになります。

 梅雨 というとじめっとした印象ですが、螢や花なども生活をいろどってくれる美しい季節でもあるのですね。

 今日は、日曜日、キリスト教会では、聖書に基づいた神様からのメッセージが語られます。

 よき日となりますように。

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2008年6月14日 (土)

「螢」は一日にしてならず

 岐阜市の東部 ・・・ 関市との境に私は住んでいるのです。山田川という川が流れているのですが、螢が見られるシーズンが来たとのことで、ウオーキングがてら、足を運びました。

 途中でやはり、螢を見に行く方々と一緒になって歩いていきましたその中に「昔は、螢の季節には、むしろをしいて、蛍を見ながらお酒を飲んだよ。飛んできて手にとまった螢に盃を近づけてやると飲むのかしらん、近づくのがいたけれど・・・」と話してくださる方がいました。

 雪見酒、花見酒、月見酒というのがあるのは知っておりましたが、新たに私の辞書に「螢見酒」(?!)ということばが加わりました。

 その方は、年配のご婦人なのですが、以前、螢の幼虫の餌となる川蜷(カワニナ)という貝を、関市からバケツで運んできて放流し、螢の育つ環境作りを続けてくださったのだそうです。そうした労力の甲斐あって、螢が育つようになり、それが嬉しくてシーズン中はたびたび螢の様子を見に来られるとのことでした。

 「8時15分頃から、またたく螢が多くなるよ」とのお言葉通り、川面に光が見え始めました。

 「す、すごい・・・・・」 ・・・ どう、すごいかですって ・・・ そうです、今までの60年あまりの人生でおりにふれて見た螢の数を、一夜で超えてしまったのです。感激しました。

 そこで一句 

 螢舞う カワニナまきし 人の前

 ちなみに、その方がカワニナを放流し始めたのは26年ほど前からだそうです。

 うーん、ローマも、螢も一日にしては成らないのですね。

 螢の群舞、乱舞を堪能して、同行者となった方々にあいさつをして帰途につきました。

  どなたですか、 ♪「螢の光 窓の雪」 を歌いながら 同行者と別れたのだろう とおっしゃる方は ・・・ あなたという人は もう ・・・ このブログの書き手の思考回路パターンをよく理解してくださっている方ですね。 (なんだか、複雑な心境ですが、お礼申し上げます。)

 今日も、よき日となりますように。

 

 

 

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2008年6月13日 (金)

「噛んで含めるように」、というけれど

 教師に限らず、人が人に何かを教えるときには、「噛んで含めるように」ていねいに、易しく教えるのがよいとされています。

 たとえば、親鳥がひなに餌を与えるときのように、ということでもありましょうか・・・鳥に歯はないかもしれませんけれど。

 その心構えは大切にしながら、次のことも大事にしたいなと思いました。

 いつもいつも離乳食を与えていたら、それ以外の食事を食べて消化する力は育たない  ・・・ ですから、歯がまだ生えていない乳児に固形食を与えるようなことは誰もしませんが、学校給食では、固い豆とか、するめなどを意図的に献立に入れるように工夫されています。

 易しいことを易しく教える  ・・・ これは、易しいようですが、ひょっとすると、工夫するあまり、易しいことを却って難しくしてしまって教えようとすることもないとはいえません。

 難しいことを難しく教える ・・・ これは、もとが難しいのですから、無理もありませんが、でも、いつもこうでは、芸がなさ過ぎるということになります。

 新聞にこんな言葉が載っていました。

「分かりやすく難しいことを言う」のがプロだ ・・・ 難しいことをかみ砕くだけに終わらないで微妙で複雑な事象を、複雑性を損ねずに分かりやすく伝える ことだそうです。

 抽象的なことを理解してほしいときに「もっと具体的に!」と注文をつける人がいます。

 でも、抽象化の必要なことをいつも具象化することを求めていたら、抽象の世界について考えを深めることは難しくなりますね。

 何事も、奥は深いものです。

 えっ、このブログはどうなのかって ・・・ その判断は、読んでくださるあなた自身におゆだねさせていただきます。

 今日もよい日となりますように。(^o^)

 

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2008年6月12日 (木)

花のハーモニー

0015  花は単独でも美しい  それが、センスよく組み合わせられて一つの世界を形作ると、それぞれが引き立て合って、単独のときとは別の次元の美しい世界が生み出されるのですね。

 写真は、「スパイラル・ブーケ」というのだそうです。フラワー教室で、家内が卓越した先生に教えていただきながら ・・・ というか、多大な助力をいただきながら完成にいたったものです。

 その先生は、牧師夫人という大役をになうとともにさらにいろいろなことで活躍されている方です。

 フラワー教室は、黙々と作業する場 ・・・ ではなく、あのオードリー・ヘップバーンの名作「ティファニーで朝食を」の主題曲♪「ムーンリバー」の流れるなか、おいしい紅茶などを淹れていただいて味わいながら制作に打ち込む という環境だったそうです。

0016 花と花が そして音楽が加わり 美のハーモニーを創りあげる ・・・

 そして、そのハーモニーを奏でている美しい花々とそれを美しいと感ずる人の心との織りなすシンフォニー ・・・ というようなことを思い巡らしております。

  今日も、美しいハーモニーを生み出しながら歩むことが出来ますように。

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2008年6月11日 (水)

音楽療法の講座 その5

 今回の音楽療法の講座は、「医学概論 Ⅰ」でした。講義の終わりのミニテストが5問ありましたが、もちろん、これに満点を取ったとしても、「パンパカパーン おめでとうございます。今日からあなたは医学博士です。」というわけにはいきません。

 講師の方も最初におっしゃいました。「音楽療法に関した最低限の医学知識の 初歩のさわりの入り口」とか何とか ・・・

 特に、脳の機能、それをどんなところが担当しているか、音の聞こえる仕組み、声帯のこと、失語症のこと、嚥下のこと、アルツハイマーなどの中枢神経系の病気 などについて、図を活用しながら、丁寧に教えてくださいました。

 脳のここ3年間ほどの記憶は、側頭葉の海馬というところに蓄えられ、その期間後は脳の他の部位に分散して蓄えられるのだということ、血液は骨髄で作られ、次の血液との交替はおよそ120日、ということ、などなどいろいろと学ぶことができました。

 医学ということで、少し他の本から印象に残ったところを紹介させていただきます。小説ではありますが『室の梅』(むろのうめ)【宇江佐真理著・講談社発行】に次の一節がありました。

 蘭学の草分けとも言うべき杉田玄白、あの『解体新書』を翻訳したその人が、華岡青洲に向けて教えを請う手紙をしたためた ・・・ 玄白翁、このとき齢(よわい)八十歳。その謙虚で真摯な医者としての姿勢に ・・・ 江戸の医者の誰しもが深く頭を垂れる思いであった。

 ※ 華岡青洲は、このとき五十歳、全身麻酔による乳癌の摘出手術に成功、とこの書 の中では描かれています。

 日本の医学界に高名並ぶ者のない存在、功成り遂げた杉田玄白が30歳年下の青洲に手紙で教えを請う ・・・ 高齢の身でなかったら、紀伊の国に住んでいた青洲のところまで出かけていったことでしょう。あるいは、威張っている人だったら自分のところへ呼びつけようとしたかもしれません。

 私は、その江戸時代の杉田玄白翁より二十歳ほど(アハハ、さりげなく若いほうへ端数を切り捨てました)若いということになります。

 夢あるかぎり、人は老いることがない  ・・・  その心意気で励みます。

 「初歩のさわりの入り口」のミニテストで、満点は取れなかったにしてもくじけてはいられませぬ ううっ ・・・

 今日も、よき日となりますように。

 

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2008年6月10日 (火)

川柳

 「その後は 翁は こわごわ竹を伐り」

 NHKの教育TVを見ておりましたら、竹細工をする方が竹を伐る場面がありました。

 そこで、ふと思い出したのが、冒頭の川柳です。

 説明するのは、野暮というものですよね。

 

 9日の午後は、岐阜市だけでなくいろいろなところで雷雨でした。

 「かみなりを 真似て腹掛け やっとさせ」

 というのもありましたね。

 「寝ていても 団扇の動く 親心」

 こんなのもありましたっけ

「猫でない 証拠に竹を 描いておき」

 川柳も、俳句とはまた別のおもしろみがあっていいものですね。

 私のように俳句を詠もうと思いながら、結果的に季語なし五七五とでもいうものになってしまうのとは、大きな違いがあります。

 今日は、時の記念日 ・・・ 「時は金なり」 という金言がありますが、お金で若さは買えないので、「時は命なり」 と言えそうですね。 でも、命そのものと言うより、「時は命を盛り込む器なり」というのがいいかな、と考えるようになってだいぶん経過しています。

 よき日となりますように。

 掲載させていただいた川柳の読み解き、迷われる方は、「続きを読む」をクリックしてください。ブログを訪れたばかりに、悩んでいただいては申し訳ありませんので・・・。

続きを読む "川柳"

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2008年6月 9日 (月)

『ショパンが弾けた!?』

 ショパンが弾けた!? ・・・ いえいえ、私のことではありません。伊能美智子さん著・春秋社1986年11月30日第一冊発行の『ショパンが弾けた!?』という本の題名のことです。

 ショパンが、どんな生涯を送り、どんな曲を残したのか、また、日本人になぜ人気があるかを考察しています。そして、ショパンが弾けるようになるには、どんな練習法があるかをいろいろな練習曲集の特長なども紹介しながら多様な方法を記した本です。

 もちろん、読むだけではショパンが弾けるようになりませんから、一つの道しるべとして、あとは練習あるのみです。

 内容のいくつかをご紹介させていただきます。

◇ ショパン国際ピアノコンクールは、5年に一度開催されている。

 1985年のショパンコンクールに、主催国のポーランドの参加者は12名、日本からの参加者は26名だった。

☆ ショパンは39歳で結核で亡くなった。妹のエミリアも結核で亡くなっている。

□ パリに出てきたばかりのショパンを、「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」と楽壇に紹介してくれたシューマン、そして『F.ショパン伝』を書いたリストなどよりも、ショパン自身に大きな影響を与えていたのは、バッハだった。

◇ 音楽史上のショパンの最大の功績は、「ピアノを歌わせた」こと

 ピアノのためにのみ曲を作り、ピアノの機能を最大限に活用すると共にピアノの演奏法を最大限に引き上げた。

 特に、私の心に残ったのは、ショパンが作曲するときの態度についてジョルジュ・サンドが記したことばです。

「一小節、一フレーズに膨大な時間と精神的苦悩を費やす」

 伊能美智子さんは、このことばの引用に続いて次のように書いています。

 このようなショパンの推敲の跡は音楽の上にはまったく残されていません。一見なんの苦労もなく湧き出るがごとくに作られた音楽のようにさえ見えます。

 でも苦労の跡のわかる芸術などというものは、ひっきょう真実の高みにまで達していないのではないでしょうか。

 ミューズの神という方はたいそう焼きもちやきだと聞いていますから、そうそう簡単に芸術作品など人間に作らせてはくれないだろうと思うのです。人並み以上の努力を勤勉に重ねる者にだけそっと微笑みかけてくれるのでしょう。

 うーん、すいすいと作品を生み出せるのが天才なのだという思いをいだきやすいのですが、そうではなく血のにじむような努力を重ねることができるのが天才なのではないかと、それこそ脱帽したくなる思いがいたしました。

 私には、「ショパンが弾けた!?」と言える日は来そうにはありませんが、「今の、もしかしてショパンを弾いたつもりだった?」と言われないくらいの一曲か二曲をレパートリーにできたらと思います。

 今日もよい日となりますように。

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2008年6月 8日 (日)

『人びとの中の私』

 『人びとの中の私』(曾野綾子著・集英社文庫 1980年3月25日第一刷・1993年第23刷) を読んでいます。

 次の一節は、曾野綾子さんらしさが出ていると思うので、少し長くなりますが、引用させていただきます。

        ◇  □  ○  ☆  ○  □  ◇

 日本人は、他の多くの国に比べて、青年たちが自分の職業を自由に選べる方途を持ちながらも、多くの当事者たちは、そのことに納得もしていなければ、満足もしていない、という奇妙な国である。どうしてそのようなことになるのだろう。

 一つには、私は、日本人は、自分の人生に夢を持ちすぎるのだと思う。「青年よ、大志を抱け」というのは悪くないが、大風呂敷を拡げ過ぎれば、満たされない不満ばかりが残る。どんな学者も、芸術家も、実業家も、一生にできる仕事の量は限られている。小さく守ってそこを充実させることの方が私は好きである。

 二番目には、日本人は、宗教を持たないからだろう、と思われる。パン屋の職人は、一生おいしいパンを焼き続けて、人びとに、実に多くのしあわせを与える。そのことを感謝し評価する人があろうがなかろうが、神の存在を信じていられれば、その人は胸を張って死ぬことができる。しかし神の存在のない人にとっては、パン屋より、大臣になる方が、はるかに体裁よく、虚栄心を満足させられる、ということになるのである。つまり、日本人の人生や職業に対する評価は、自分が満たされるかどうかより、他人がそれをどう思うかで決められる場合が多いから、一向に自足しないのである。

 青年が、自分が将来何になりたいかわからない、などと言っていることに対して、私はきわめて同情が薄い。自分が好きなものわからないようでいて、どうして生涯の設計など、できるものだろう。幾つかの好きそうな未来図を心に泛(うか)べつつ、自分がその一つ一つにたずさわっている姿を思い泛べてみると、これよりはあれ、、あれよりはそれ、という形に、より好きな道が、心の中に見えてくる筈である。というより、最後に、やはりこれだけは手放したくないという生活の姿が、わかってくるのが自然である。

 職業は、好きでなければならない。これが、唯一、最大、第一にして最後の、条件である・・・・・ (後略)

          ◇  □  ○  ☆  ○  □  ◇

 引用が長くなりました。何か、感じるところのあった方は、図書館などでこの本に出会ってくださいますように。

 今日は、日曜日。 キリスト教会へお出かけくだされば嬉しく存じます。

 よき日となりますように。

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2008年6月 7日 (土)

よき若者たち

 教育の道を志す学生たちの前向きの姿にふれるとき、その夢であるよき教師になることが実現するように支えるのが職務であることをうれしく思います。

 6月6日の午前中は、大学一年生が小学校に実習に行き、授業参観したり、20分休みに運動場で子どもたちと一緒に遊んだりする姿を見守りました。

 ほとんど20分、鬼ごっこで走り通す体力は、すごいものがあります。子どもたちも大喜びでした。

 午後は、大学四年生が教員採用試験に備えて面接練習する場面に少しの時間ですが立ち会いました。

 指導教官だけでなく、率直に、厳しく、そしてあたたかい意見を学生同士も交わし合う姿に心を打たれました。合格を競うことになるライバルなのですが、実に真剣に磨き合っているのです。

 学校に実習に行かないとき、あるいは面接練習のないときの彼らの服装は、現代の若者そのものですが、いざ、改まった場に出るときには、ぴしっとまじめな服装で決めてきます。

 私も経験にあぐらをかくのでなく、よき若者たちに、よきアドバイスができるように研鑽し続けたく思います。

 若きよき教師を送り出すことに喜びと誇りをもちながら。

 そして、教育に経済界で幅を利かせている競争原理が誤った形で適用されることの愚かさの進行を何とかして食い止めたいと思います。とても難しいことですけれども。

 今日もよい日となりますように。

 

 

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2008年6月 6日 (金)

関市のパン屋さん

 いつかご紹介した関市のパン屋さん・・・フランスで修行され、建物を「魔女の宅急便」の映画に出てくるパン屋さんそっくりに建てられた「ペイザン」・・・に行ってまいりました。

 今回は、お店の中のカウンターで、野菜のフォカッチャ、ポテトのフォカッチャ、スコーンなどを ・・・

0002 0003 0004                          真ん中がポテトのフォカッチャです。ほぼジャガイモ1/2個が埋もれているという感じでしょうか。おいしかったです。ちなみに私たちが居た間に来店した方のすべてが、前回、写真でもご紹介した野菜のフォカッチャ(235円)を求めていかれました。

 やはり人気商品なのですね

 お店の方に「魔女の宅急便」を話題に挙げたら、何と店内の梁の上にあの猫 ・・・ ジジのぬいぐるみがさりげなく置いてあるのを教えてくださいました。

 小さい子は教えなくても見つけるらしいのですよ。今回の新発見でした。 

 ついでに夕食のおかずの写真も、掲載させていただきます。 ・・・ 家内には内緒に願います (^o^)

0005    豆腐に鰹節をまぶしてあげた「豆腐のおかか揚げ」、そして「ハッカソウの和風天ぷら」などで、これを昆布ポン酢というのにつけて ・・・

 ああ、また孫娘に「おじいちゃんのおなか、どうしてそんなに大きいの?」と赤ずきん風の質問をされそうです。

 それでは、また。   今日もよき日となりますように。                                                     

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2008年6月 5日 (木)

美を創り出す人

 螢が飛び交い始めたとのニュースを耳にしました。

 自然発生的には、なかなか螢の姿を見ることはむずかしい環境が多いこのごろ ・・・ 水を綺麗にし、幼虫に食料を与え、いろいろな心配りをしてくださる方が居て、初めて螢の光を見ることができます。

 地域のちょっとした空き地に、花の種を植え、根気よく手入れをし、通る人の目と心を憩わせてくださる方がいます。

 先日、その方が、小枝などがしだいにたまっていく山裾で、せっせと枯れ枝などをからげておられるのを見かけました。まさに、労をいとわず、美を創り出してくださるその方の姿に頭が下がりました。

 いっぽう、世の中には大切に稲を育てている方の田んぼに空き缶を投げ込んだり、丹精込めて咲かせてくださった花をちょんぎって駄目にしてしまう人もいます。

  目立たないところで、こつこつと美を創り出してくださる方を見習って、及ばずながら自分にできることをしたいと思います。

聖書のことば  ヨハネによる福音書  第1章 1節~5節

1:1 初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
1:2 この方は、初めに神とともにおられた。
1:3 すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
1:4 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
1:5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

 闇は、光に打ち克つことはできません。小さな光であっても、螢のように大きな慰めをもたらすことができます。

 何か、美しさを創り出すことのできる今日となりますように。

 

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2008年6月 4日 (水)

音楽療法の講座 その4

 今回は「携帯楽器の伴奏」というテーマでした。

 ピアノは運搬できないことはないですけれど、携帯することはできないですよね。

 ギター、ウクレレ、大正琴、鍵盤ハーモニカ ・・・ これらは、弾いたことがあったり、弾いたことがないにしても目になじみがあります。

 今回の講座では、それに加えて「オートハープ」「一五一会」(一期一会にちなんでの命名のようですが、名称は一五一会だとのことです)、そして奏生(かない)という名前の楽器を初めて見たり、さわったりさせていただきました。

 ビギンというグループと矢入ギターが力を合わせてコードなどを弾きやすくした4本の弦の楽器 ・・・ それが、「一五一会」「奏生」でした。私には初めてでしたが、皆さんの中にはご存じの方がおありかもしれませんね。

 ギターとウクレレを合わせた感じの「ギタレレ」という楽器もありました。

 こうした携帯楽器のよさを音楽療法の視点から挙げると

 ・クライエントが楽器にふれやすい  

 ・セラピストが演奏しながらクライエントの輪に入れる

 ・クライエントにとって都合のよい場所で伴奏(演奏)できる

とのことで、講師の方もそのことを分かりやすく実演してくださり、なるほどと思いました。

 今回は、上記の楽器の他に、小さなシンバル、マラカス、鳴子、などを加え、「ふるさと」「きらきら星」「見上げてごらん夜の星を」の三曲を合唱奏するところまでいくことができ、講師の方におほめのことばをいただきました。

 楽器の他にも場の雰囲気をあたたかくしながら音楽の楽しさへと導入する小道具なども準備されていて、よき学びができ、感謝です。

 いろいろな楽器、いろいろな曲をレパートリーに加えられたら、持ち駒が増えますし、より多くの方との時間を充実できそうです。・・・ そういうことにどん欲でありたいと思いました。

 そうそう、6月3日は語呂合わせで「ムーミンの日」なのだそうです。一日遅れとなりましたが、明日はムーミンの主題歌を練習に加えることにいたしましょう。

 今日もよき日となりますように。

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2008年6月 3日 (火)

麦の秋

  麦秋 ・・・ 麦を収穫する時期  ・・・ それが近づいているようです。と申しますのは、私の家から遠からぬところに麦畑があって、よいほどに麦が実って、色づいているからです。

 気候・風土にあった種類というのが、やはり麦にもあって、日本の麦はうどんを作るのに向いているようです。ただし、小麦粉の値上がりによって、このところ、米粉によるパン作りにはずみがついているようですから、うどん向きの麦もパン作りの原料として既に活用されているのかもしれません。

 「麦秋」は、四季でいう秋ではなく、「小春日」も春ではない ・・・ こういうところ、ややこしやー、ややこしやー という面もありましょうが、日本語の味わいの深さ、おもしろさでもありますね。

 麦畑の写真を撮ろうかと思いましたが、タイミングや天候が折り合わないのですよ。

 代わりに、有名な歌のでだしをどうぞ

♪「だれかさんと だれかさんが 麦ばたで~」 

 名作「ライ麦畑でつかまえて」というのもありますね。

 通りかかってみると、日本の麦も結構、背が高いように見受けられます。

 自作のつたない俳句ですが、またまた書かせていただきます。(以前にも紹介させていただきました  進歩がないのです 私なりに気に入ってもいるのですけれど )

 麦立てり 踏まれし跡を とどめずに

 子どもたち、試練をも糧としてたくましく育ってほしいと願ってやみません。

 今日も、よき日となりますように。

 

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2008年6月 2日 (月)

木の上のサワン

 名作「黒い雨」を書いた井伏鱒二に「屋根の上のサワン」という作品がありますね。

 今日は、それをもじって、「木の上のサワン」というお話を ・・・いえいえ、すぐに終わります。

 私の通うキリスト教会のそばの池のほとりに、枯れてしまった松があり、なかなか、行政にお願いしても処置していただけないので、それならば、と思い立って私が脚立やその木に登って枝を切るなどして、何とか扱える大きさ、重さに分割しながら、池に落ちることもなく、無事に作業を終えることができた

 というそれだけのお話です。 ・・・ えっ、それは分かった、ご苦労さんだったね、ところで、「木の上の」までは分かったけれど、その後の「サワン」というのは何だ、原作では傷ついた鳥に付けられた名前だったと思うけれど、とおっしゃいますか。

 おお、よくぞ、お尋ねくださいました。おかげさまで、この話のオチをつけることができます。 「サワン」は「左腕」 ・・・ 何を隠そう、私はサウスポーなのです。  おあとがよろしいようで。

 もう、6月の2日となりました。  今日もよい日となりますように。

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2008年6月 1日 (日)

六月のスタート

 よいスタートは半分の成功 とか ・・・ 今日、6月1日はどんなスタートになるのかはわかりません。

 このところ、気温が低くなったり、梅雨前線の気配が現れたり、台風がけんせいしたり ・・・ でも、30日間ある6月、よい気候になり、健康に過ごすことができますように。

 今日は日曜日ですから、週の初め、月の初めにキリスト教会に足を運んでくださるのは、とてもよいスタートになると思います。

 それはそれとして今日は、何を書こうか、と考えています。そうそう、月初めなのに軽いスタートで申し訳ありませんが、こんなのはいかがでしょうか。

 『サザエさん』の長谷川町子さんに『いじわるばあさん』という作品があって、どうもそのおばあさんに英語で寿司ネタをどういうかを習って寿司屋さんにやってきた外国人が登場する場面があるのですね。

 さて、次の英語は、どんな寿司ネタをさしているのでしょうか。

 「レインコート」

 「ガレージ」

 おつきあいいただけて、答えの浮かんだ方は「続きを読む」をクリックしてください。ご用事のある方は、どうぞ、ブログはここまでで、どうぞ、用事をなさってくださいね。

 

 

 

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