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2008年6月14日 (土)

「螢」は一日にしてならず

 岐阜市の東部 ・・・ 関市との境に私は住んでいるのです。山田川という川が流れているのですが、螢が見られるシーズンが来たとのことで、ウオーキングがてら、足を運びました。

 途中でやはり、螢を見に行く方々と一緒になって歩いていきましたその中に「昔は、螢の季節には、むしろをしいて、蛍を見ながらお酒を飲んだよ。飛んできて手にとまった螢に盃を近づけてやると飲むのかしらん、近づくのがいたけれど・・・」と話してくださる方がいました。

 雪見酒、花見酒、月見酒というのがあるのは知っておりましたが、新たに私の辞書に「螢見酒」(?!)ということばが加わりました。

 その方は、年配のご婦人なのですが、以前、螢の幼虫の餌となる川蜷(カワニナ)という貝を、関市からバケツで運んできて放流し、螢の育つ環境作りを続けてくださったのだそうです。そうした労力の甲斐あって、螢が育つようになり、それが嬉しくてシーズン中はたびたび螢の様子を見に来られるとのことでした。

 「8時15分頃から、またたく螢が多くなるよ」とのお言葉通り、川面に光が見え始めました。

 「す、すごい・・・・・」 ・・・ どう、すごいかですって ・・・ そうです、今までの60年あまりの人生でおりにふれて見た螢の数を、一夜で超えてしまったのです。感激しました。

 そこで一句 

 螢舞う カワニナまきし 人の前

 ちなみに、その方がカワニナを放流し始めたのは26年ほど前からだそうです。

 うーん、ローマも、螢も一日にしては成らないのですね。

 螢の群舞、乱舞を堪能して、同行者となった方々にあいさつをして帰途につきました。

  どなたですか、 ♪「螢の光 窓の雪」 を歌いながら 同行者と別れたのだろう とおっしゃる方は ・・・ あなたという人は もう ・・・ このブログの書き手の思考回路パターンをよく理解してくださっている方ですね。 (なんだか、複雑な心境ですが、お礼申し上げます。)

 今日も、よき日となりますように。

 

 

 

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