« 音楽療法の講座 その10 | トップページ | 「香り会館」 In 山県市 »

2008年7月17日 (木)

『ひまわり』の復刻版から

S2511  写真は、中原淳一編集の『ひまわり』昭和25年11月号の表紙です。

 家内が復刻版を手に入れ、その豊かな内容に感嘆して読んでおりました。その中に、これから紹介させていただく文章が掲載されていたのです。原文の味わいを感じていただくために、「學校」・「希(ねが)い」などの漢字、表記をできるだけ用いました。

 少し長くなりますが、 終戦から5年経過した時代、このように平和を願い、その願いを発信し、それに応えた人がいたことをお伝えしたいと思います。

     □   ◇   ○   ☆  ※  ☆  ○  ◇  □

         トルーマン大統領を感激させたメッセージ
            ー平和を祈る廣島の少女達ー

 世界が始まってから、最初のしかも最も怖ろしい出来事ー一ぺんに幾万と云う人の命を奪ったあの怖ろしい原子爆弾が落とされてから、もう五年たちました。

 見渡すかぎり焼け野原になった街にも、やがて緑の芽がふき、家が建ち、平和の鐘の音が流れるようになりました。
 そして、人々はあの怖ろしい悪夢の様な戦争が、 残していった数々の悲しい出来事を思いうかべる度に、もう絶対に戦争等おこしてはならないとかたく心に誓うのでした、

 一番最初に原子爆弾を落とされた廣島の女學校では、學校が再び始められた日、その親しかったお友達の顔が餘りにも少なくなっているのに、お互いの肩を抱きながら泣き合ったものでした。あの元気だったお茶目のKさん、いつもにこにこと親切だったSさん ー でも、もうその人達は、この世の中の何処にもいないのです。
「どうして、こんな厭な戦争が起こるのかしら」
「私達の手で、戦争を防ぐ事は出来ないのかしら」
 何時か、こう云う真剣な悩みに、希いに心を痛める日が続くようになりました。
學校の礼拝堂では、毎日神様に平和を祈る声が、讃美歌が流れました。

 神様 ー どうぞこの世の中から怖ろしい戦争をなくしてください。そしてあなたの御光の中に、人々に安らいをお與え下さい ー

 ある日、上級生の一人がこうよびかけました。
「皆さん、私達の平和への希いを世界中に送ろうではありませんか。私共の犯した罪を詫び、再び世界が戦争をしあわないように。私達は、もう絶対に戦争は厭です。」

 早速、この声は全校の生徒の大変熱心な支持を得て、やがて四つのメッセージ(親書)がつくられました。
 一つはアメリカへ、一つはソ聯へ、他の二つはフランスと国際連合へ。宣教師のアメリカの先生や新聞社が、その度にいろいろと便宜を計って下さいました。
 そして、少女達はこのささやかな希いが少しでも平和の為に役立って呉れたらと念じながら日々を送っていました。ところが、ある日、はるばるとアメリカから、トルーマン大統領のお返事が少女達の手許に届いたのです。
「皆さんのお便り、嬉しく拝見しました。そして、貴女方の眞心には大層心を打たれました。お互いに世界の平和を希う気持ちは同じであります。
 皆さんのお便りをアメリカの議会で発表して、皆大変感激致しました。又、この事は新聞や雑誌にも載って、大きな反響を呼びおこしています。國民全体が、日本の廣島の少女達の気持ちを大切にしたいと思っています・・」
 少女達は、どんなに驚き喜んだ事でしょう。それにははっきりとトルーマン大統領自身の署名がしてありました。私達の手でも何か出来る ー そう云う喜びが少女達の胸に等しく湧きおこったのでした。メッセージを送った他の三つのところからは、別にお返事はありませんでしたが、この少女達の声は、人々の心を動かさずにはいない事でしょう。
                         (廣島女学院より)

     □   ◇   ○   ☆  ※  ☆  ○  ◇  □

 お読みいただいて、ありがとうございます。

 今日もよい日となりますように。

|

« 音楽療法の講座 その10 | トップページ | 「香り会館」 In 山県市 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『ひまわり』の復刻版から:

« 音楽療法の講座 その10 | トップページ | 「香り会館」 In 山県市 »