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2008年8月31日 (日)

映画「明日への記憶」

 映画「明日への記憶」 主演 渡辺謙・樋口可南子 ・・・ 50歳目前のばりばりの働き手が、アルツハイマー病と診断され、それまでの人生が一変してしまいます。

 「俺が俺でなくなっても平気か?」 「平気じゃないわ、誰だって・・・ でも、私はここにいます。」

 備忘録を書き、若い頃に二人が結婚するきっかけとなった陶芸に久しぶりに取り組み・・・

 脳の海馬と呼ばれる、記憶をする部分がぽっかりと欠落していき、血流も悪くなる ・・・

 この映画は、既に観られた方もおありと思いますので、これ以上は略させていただきます。

 ここからは、友人に聴かせてもらった実話です。ヨーロッパのある修道尼が、アルツハイマーになり、だんだん記憶が薄れていくことに気がつき、一つのことを恐れていました。

 「私がイエス・キリストを忘れてしまう日が来たらどうしよう・・・」

 ただ、そのことだけを恐れ、沈んでいた彼女の顔が、ある日、突然、輝くように明るくなりました。

 「何が・・・ 何があったの」 と尋ねる人たちに彼女は答えたそうです。

 「聖書を読んでいて、私、はっきり分かったの。確信したの。たとえ、私がイエス様を忘れても、イエス様は決して私を忘れないことが、そして愛していてくださること・・・・・・

 何という恵み、そして何という平安でしょう。私もその恵みの内に生かされているのです。   そして、あなたも・・・。

 今日は、日曜日、キリスト教会では聖書に基づくメッセージが語られます。

 よき日となりますように。

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2008年8月30日 (土)

魂を開くもの

 NHkの朝のドラマ「瞳」に、会社人間だった人が、うまく退職後の生活に着地できていない祖父として登場してきました。

 主人公が「ダンスの力」を見てもらい、それを感じたその人は表情も生き方もやわらかくなっていました。これはドラマの世界ですが、ある本にこんな記述がありました。

『ひとり5分で読める ピアニストおもしろ雑学事典』(萩谷由喜子 著・ヤマハミュージックメディア 発行 2008年4月1日 初版発行)

 以下は、上記の本の「遠藤郁子」さんの項目の記述の一部です。

 ・・・1990年に病を得て外科手術を受けたが、術後3週間からピアノに向かい、カムバックを遂げた。この体験から心身の悩みを抱える人々にピアノ演奏を通じて生きる力をもたらすことをライフワークとし、1996年には「松本地下鉄サリン事件被害者支援チャリティコンサート」でショパンを演奏、サリン事件被害者で意識不明の河野澄子さんに反応を呼び起こした。

 この文を読んで、魂から発する音楽は魂に届くのだと思いました。

 ピアニスト遠藤郁子さんの談話か対談を以前ラジオで聞いたことがあるように思うのですが、ぜひ、生演奏か、それでなければCDで聴かせていただきたいと願うようになりました。

 今日も、よい日となりますように。 

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2008年8月29日 (金)

雷雨

 28日の夜、岐阜市も激しい雷雨でした。一時間に100ミリを越える大雨で浸水被害が豊橋市、岡崎市などに出ていることが報じられております。人命の安全が気遣われます。

 自然の猛威がもとにありますが、河川の構造によるのでしょうか、急激に水位が上昇した地域があったとのことで、この夏の水難事件と合わせて課題を感じます。

 皆様の無事、安全を願います。

 アフガニスタンで4年半にわたる農業指導を続け、地元の方の信頼を得ていたペシャワール会の伊藤和也さんに敬意と哀悼の意を表します。

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2008年8月28日 (木)

食生活の大切さ

 帰宅途中にカーラジオを聞いておりましたら、食事に詳しい小泉たけおという方がこんなことを語っておられました。

 食生活の変化というのは、たいへんなことで、長寿の上位(おそらく1位)にあった沖縄だったのに、2007年11月の調査では、男性の平均寿命は全国の27位に下がった、肉をたくさん食べるようになったことが原因と思われる ・・・・・・

 毎日の食事の内容は、積み重なって健康、寿命を大きく左右することを改めて感じました。

 私としては、できるだけ、野菜を多く食べるとともに、歌ったり、朗読したりして腹筋、肺、のどなどを鍛え、軽スポーツを継続したいと思います。

 中学時代、同じ卓球部だった友人は、人間ドックでオールAを記録するなど、食事、運動を大切にしている成果を目に見える形で示してくれています。

 法隆寺の回廊の柱・・・中央が太めになっているエンタシスを思わせる体形を少しはスマートに整え、トレーニングを積んで、彼と久しぶりに卓球を楽しめるように自分を鍛えていくことにしました。ちょっと時間はかかりそうですが、友よ、息切れしないで球が打てる体になるまで、しばらく待っていてください。

 今日も、よい日となりますように。

 

 

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2008年8月27日 (水)

ある老人保険施設にて

0003 0004 0005                                           ある老人保険施設 を訪問しました。ガーデンが花で彩られ、フェンスに夕顔などが咲いておりました。

 すてきな環境だと思いました。

 ロビーに自動演奏を奏でているピアノがあったので、弾かせていただきました。「シバの女王」と「秋桜」です。お礼を言って帰ろうとしますと、連弾を、と声を掛けてくださる方がありました。楽譜をもって駆けつけてくださったので、初見で弾ける自信はありませんでしたが、「それでは」とピアノに向かいました。CDに吹き込むというようなことでは、ないので、勇気(暴勇?!)を出して・・・ 明るい方で、その方は上手に弾かれました。私はもっと練習が必要です でも楽しいひとときでした。

 曲は、♪「崖の上のポニョ」 ・・・明るい旋律でしたから、機会があったら映画を見に行こうと思います。                         

 音楽は、いろいろな出会いを作ってくれ、2分ほど前まで知らなかった方と一つの曲に力を合わて取り組む時間をもたせてくれました。

 小さな器ですが、もっと腕を磨いていこうと思います。

 今日も、よい日となりますように。       

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2008年8月26日 (火)

東京・北京

 北京オリンピックが終わったなあと考えていたら、東京オリンピックのことを思い出しました。 若い方は「登場でオリンピックをしたんですか? これから誘致するんじゃないですか?」とおっしゃるかもしれませんね。

 1940年に東京で開催することが決まっていたのですが、戦争などの関係で返上し、結局、他の国での開催も中止になったことがありました。

 そして、下記のように、1964年(昭和39年)に東京オリンピックが開催されたのでした。

東京オリンピックの開催期間
1964年10月10日~10月24日(15日間)

参加国数 90
参加人数 5151名 (男 4473名、女 678名)

 開会式が開かれた日を記念して「体育の日」と定めたのですが、現在は、ハッピーマンデー法で、日が動くようになりましたね。

 北京では204国 ・・・ おそらく参加選手の男女の比率は大きく変わっているのではないかという気がします。設定されている競技種目によるところが多いのでしょうけれど。

 古代オリンピックは、選手も観客も男性に限られていたのでしたね。

 オリンピックをたどってみることで、世界の歴史も見えてくる ・・・ 改めて、そう思いました。

 ちなみに、東京オリンピックの年、私は高校3年生でした。個人の歴史、思い出にもオリンピックの存在は大きいことを感じます。

 重量挙げの三宅選手の金メダル、マラソンのアベベの優勝、円谷選手の銅メダル、大会の最後を飾った大松監督率いる女子バレーチームの優勝などが昨日のことのように思い出されます。オリンピックに間に合わせようと、東海道新幹線の工事が急ピッチで進められたことも覚えています。海外の関係者は、日本式の突貫工事を知らないので、いろいろな競技施設が開会までに間に合うのだろうかと心配したという記事も掲載されたように思います。

 好成績はともかく、期待に応えられなかったチーム、選手も、決して卑屈になることなく、胸を張ってオリンピックでともされた聖火を、今後の自分の人生へと引き継いで胸の中で赤々と燃やし続けてほしいと思います。

 たとえ、メダルがとれなかろうと世界の歴史はかわるまい ・・・ 個人の生涯の行く手を照らさずにいて、オリンピックに何の価値があるでしょう。 そうですよね、クーベルタンさん (^_^)

 Photo 今日も、よい日となりますように。

 クリックすると写真が少し大きくなって、部分的ではありますが、虹が見ていただけると思います。25日の夕方に、思いがけず見かけたのでした。

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2008年8月25日 (月)

夕空

0003_3 0002_2            8月24日の夕空の写真です。

  飛行機雲は、もっと鮮明なのを撮りたかったのですが、電線のないところまで行く間に、撮影者に気を使ったのか太めになってしまいました。

 北京オリンピックの閉会式 ・・・ 2004カ国の選手が混然一体となって、ラグビーの試合終了の「ノーサイド」・・・敵味方なし を思わせました。

 平和の祭典を協力して成し遂げた力を、これからは世界全土が平和になるように、日常的に生かしていくことができますように。

 聖書のことば マタイによる福音書 第5章 9節

平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。

 宇宙から見ると、国境はなかった ・・・ 宇宙飛行士の名言です。

 今日も、よき日となりますように。

 

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2008年8月23日 (土)

秋の気配

0004 0006  0008                    「処暑」にふさわしく、43日続いた連続夏日も途切れたようです。

 今年も沢山の実を提供してくれているシシトウ、そして水引草、秋海棠とヤブランが、しっとりと雨に濡れた姿をしていたので、撮ってみました。

 雨滴をいっぱい乗せた萩も撮ったのですが、家内が「まだ花が咲いてないから」と申しますので、なるほどと思い、掲載しませんでした。

 秋が近づいていることを植物たちも敏感に感じているのですね。

 岐阜市には中将姫誓願さくらというのがあるのですが、その近くの「せいがん」というお店が、23日から群馬の赤城山で収穫された新そばを出すとのことで、行ってまいりました。実りの秋の幕開けというところでしょうか。おいしかったです。ざるそば定食、かけそば定食1250円 ・・・ 他にも湯葉サラダそばなど、いろいろなメニューがあります。よろしかったら、どうぞ。

 今日は日曜日、キリスト教会では聖書に基づくメッセージが語られます。

 よき日となりますように。 

    

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連続真夏日、ストップか

 今日は「二十四節季の「処暑」 ・・・ 暑さを納める日なのだそうです。

 真夏日・・・30度以上を記録した日が、岐阜・名古屋はともに43日続いているのが、この「処暑」に敬意を表して、ストップするかどうかが今日の見所の一つだとのことです。

 見所 ・・・ といえば、ソフトボールが待望の金メダルを獲得、上野由岐子投手、堅い守備と集中力抜群の打撃でもり立てたチーム全員での悲願達成 ・・・ 感動いっぱいでしたね。

 金メダルが取れれば最高でしょうが、それに手が届かなかった選手、チームも、燃える心で練習を積んできた日々そのものが幸せだと感ずることができますように。

 スポーツは、勝ち負けを越えて、それに打ち込む人の体も心も含めて、そして周りで支え、応援する人の人生を幸せにするものでありたいと思います。

 北京オリンピックもあと少しになりました。そして子どもたちの夏休みもあと少し ・・・

  さわやかな秋、実りの秋 ・・・ この実りも夏の暑さがもたらすのですね。

 私たちの一日、一日も、夏に負けぬ熱き心がよき実りをもたらすものとなりますように。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2008年8月22日 (金)

ある夏祭り

 8月20日の夜、ある病院の夏祭りに参加させていただきました。

 何年か続けて参加させていただいているのは、友人がその病院に関係していること、そして祭り全体がウオーミングハートと言いますか、心が温まり、そして楽しいからです。

 0002_2 0003 左の写真は、模擬店の一つ ・・・焼鳥屋さんです。列が絶えないほど、最初から最後まで繁盛していて、暑い中、焼き手さん、材料運びの方々はたいへんだっと思いますが、終始、笑顔で、丁寧に心を込めて焼き上げ、おもてなしの心でおいしい焼き鳥を提供しておられました。

 受付で、引換券が無料でいただけるのですから、模擬店は純然たる奉仕です。特長は、たいへんおいしいことと、店員さんがお医者さん、看護師さんなど、この病院の職員さんたちであることです。

 模擬店は、焼き鳥、たこ焼き、フランクフルト、かき氷、あんみつ ・・・ どれもおいしかったです ・・・ 食べる楽しみもあることがこれで紹介できましたね (^o^)

 輪投げでジュースやカップラーメンなどがいただけるコーナーもありました。

 家内は、盆踊りを踊りながら、やぐらの周りをいったい何周したことでしょうか。生き生きとしておりました。

 

  もう一枚の写真はこの夏祭りのために来てくれた清翔高校の高校生と先生たちの沖縄の踊り「エイサー」です。太鼓、踊り ・・・ 心を込めて精一杯練習の成果を披露してくれる姿に、そして躍動する若さに感動しました。何曲も疲れを見せずに一生懸命に演じてくれたのです。

 私は高校生のとき、誰かに喜んでもらうために時間とエネルギーを注いだことがあったかと自問してみました。すると、「なかった」と自信を持って言わざるを得ないことに気がつきました。

 そう思うと、この高校生たちの奉仕、改めてすごいことですよね。 

 この病院の、地域に開かれた在り方に敬意を表します。数年前は、お医者さん、看護師さんたちの仮装ダンス ・・・ 驚くほどカラフルでエネルギッシュ 羽目の外し方 ・・・ そしてフィナーレを花火が飾っていました。

 出し物や運営の仕方は工夫され、変化していますが、おもてなしの心は不滅です。

本当にありがとうございました。

 今日もよい日となりますように。

 

 

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2008年8月21日 (木)

涼を呼ぶ花たち

0001 0002 0003                   暑い時間帯もあるのですが、朝夕、秋の気配が漂い始めたような気がいたします。これは、そうあってほしいという希望を抱いているせいもあるでしょうけれど。

 写真は、フウセンカズラ、秋桜、キキョウ・・・我が家の庭に咲いているということで、登場させていただきました。

 それぞれの季節にそれにあった花が咲く ・・・ 当たり前のようですが、考えるとすごいことに思えます。

 北京オリンピックもフィナーレが近づいてきています。その晴れ舞台に自分のコンディションが最高になるように、どの選手も努めてきたことと思いますが、必ずしも全選手がベストコンディションで試合に臨めたとはいえません。

 そのことを思うと、可憐な花が、まさに咲くことが期待される季節に花開くことに神秘を感じないではいられません。

 卓球女子チームはメダルを逃しましたが、三位決定戦への出場をかけた香港戦で、2勝2敗となって、最後のシングルスで相手チームのエースと対戦した平野選手には感動しました。それまで勝てたことのない相手に気迫をみなぎらせ、苦しい試合でしたが見事にチームに勝利をもたらしたのでした。

 中学、高校と私は卓球部でした。テレビをつけたら、上記の対戦をしていたので見るともなく見始めたのですが、ぐんぐん引きつけられました。格上の相手にはなかなか勝てないのですが、勝負の世界では、ときに強者が倒れることがあるのですね。この試合がまさにそうでした。

 その試合を見ていて、私が中学校に勤めていて、卓球部を率いて岐阜市の大会に臨んだときのことを思い出しました。団体戦で相手のエースと当たったのは、穏やかな性格のキャプテン・・・カットマンでした。相手のエースは、県でも屈指の実力のある選手でした。

 でも・・・チームの勝ち上がりをかけた試合で、我がチームのキャプテンは、見事に相手エースを破ったのです。責任感と練習の成果が最大限に前面に出た試合でした。

 相手エースは、その後の個人戦では県のチャンピオンになったと記憶しています。団体戦でその彼を破った我がキャプテンは偉業を成し遂げたと言えましょう。

 花とオリンピックとがない交ぜになった文を書いてしまいました。

 20日の夜、卓球の個人戦で平野選手が惜しくも敗れ、男子の水谷準選手はミラクルプレーが最終セットで出て、勝ち上がりました。

 200メートル決勝で100メートルに続いて世界新記録(19秒30)で優勝したボルト選手にも感動しましたが、自分が打ち込んだスポーツ ・・・ 卓球は、また格別です。いい試合には血が騒ぎます。  おお、私にもまだ若さが残っているかも ・・・ そう感ずる事が出来るのは、幸せなことですね。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2008年8月20日 (水)

紅い花

0002  車での通勤路の脇にたくさん咲いているのですが、なかなか車を駐めて、写真をゆっくり撮りがたいところなので、この花のシーズンが終わるまでには、と思っていたら、我が家の近くに綺麗に咲いていました。

  百日紅 ・・・ 読み方は ・・・ ひらがな五文字です。

 私などより、皆様のほうが、写真をみてすぐに分かっておられることと思います。

 ついでに熟字訓をもう少し ・・・ こういうのは、国語教師の習性でしょうか、すみません。

 お急ぎの方は、ブログを読んでいただくのはここまでにして、、どうぞご用事を仕上げてください。

① 万年青

② 秋桜

③ 仙人掌

④ 心太

 答えは、「続きを読む」をクリックしてください。 

 今日もよい日となりますように。

続きを読む "紅い花"

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2008年8月19日 (火)

慰めの花

0001  散歩の途中で、白百合を見かけました。

 夏の太陽に照りつけられても、清楚に咲いている姿に

心が慰められました。

  若い頃、「小さな湯沸かしはすぐ熱くなる」と自戒のことばを考えました。

 灼熱の道路の脇に咲いても、赤くならないで、いよいよ白さを増す白百合 ・・・ 聖書にも、栄華を極めたソロモン王の装いでさえも、神様が咲かせてくださる一輪の野辺の花の美しさに及ばない と、百合を例に引いて書かれています。

 いきさつは省かせていただきますが、家内も、この花に特別の慰めを得ています。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年8月18日 (月)

月下の郡上踊り

 岐阜県の郡上市・・・郡上踊りで有名です。8月の13日から16日まで、は徹夜踊りが続いていました。雨もときおり降りましたが、かなりの人出だったようです。

 その人出をはずして、17日の夜に伴侶と郡上踊りに行って来ました。7時半から9時半まで、おはやしがやぐらに上がって「かわさき」「猫の子」「げげんばらばら」「やっちく」「さんびゃく」「春駒」など幾種類もの踊りが展開されました。

 おりしも、空には満月 ・・・ 写真の一枚に月が映っているのですが、お目にとまるでしょうか。クリックしていただくと少し写真が大きくなります。

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0004  郡上踊りは、鑑賞型でなく、自由参加型です。

  かわいい子どもたちも踊りに加わり、見よう見まねで楽しく踊っています。

 さて、我が伴侶は ・・・ 居ました、居ました。生き生きと踊っています。 うう・・・曲が代わっても代わっても、ちゃんとそれぞれの踊りを踊っています。いったい、いつ、このように沢山の踊りをマスターしたのでしょう。

 そして ・・・ あれよあれよと思っている間に終了時刻の9時半になりました。えっ・・ということは、2時間ぶっつづけで踊ったことになります。

 そうです。我が伴侶は、郡上踊りのときには特に底知れぬパワーを発揮するのでした。

 私は、といえば、美濃地鶏の串焼きを食べたり、お茶を飲んだり、時には踊りの輪に入ったり、踊りを見ている人と会話したり、写真を撮ったり ・・・ となかなか忙しかったですよ。

 丸っこい体型の私がうかれて踊ると、美しい月も輝いているので ・・・ ほら、証城寺の狸囃子のシチュエーションと重なってしまいますから、せっかくの郡上踊りの品格を落とさないように自重したのかもしれません。

 それは、ともかく、すてきな夏の夜でした。

 今日もよい日となりますように。

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2008年8月17日 (日)

まど・みちお さんの詩

 詩(だけではないのですが)は、それぞれの詩人の心、生き方の発露ですから、一人一人の詩人の詩は、固有の世界をもちます。

 今日は、まど・みちおさんの詩を紹介させていただきます。あの名曲、♪「ぞうさん」の詩の作者ですね。

けしゴム まど・みちお

自分が 書きちがえたのでもないが
いそいそと けす

自分が書いた ウソでもないが
いそいそと けす

自分がよごした よごれでもないが
いそいそと けす

そして けすたびに
けっきょく 自分がちびていって
きえて なくなってしまう
いそいそと いそいそと

正しいと 思ったことだけを
ほんとうと 思ったことだけを
美しいと 思ったことだけを
自分のかわりのように のこしておいて

※ 大学のたくさんの教室、広いキャンパスを美しく整えてくださっている数人の働き手を思い浮かべました。一つ一つの机もクレンザーでしょうか、洗剤で美しくしてくださっています。

 めずらしいチューリップの球根をさがして、その色とりどりの花で私達を迎えてくださいます。

 ゴミ箱に溢れるほどのペットボトルがあっても、顔をしかめず、明るい表情で黙々と美しくしてくださいます。

 何カ所もあるトイレには、折々の花を飾ってくださっています。

 炎天下で、草をむしり( ・・・というか、根っこから抜いておられます)、雨の降らないときは草花に水を与えておられます。

 ・・・ そうしたすばらしい姿に気づく若者たちも増えてきました。誰かの棄てたごみを拾って処理する若者も ・・・

 今の働き場所が好きです。そして若者たちが巣立って働く社会、学校、そこで出会う子どもたちも ・・・

 教員の採用試験第2次が進行中です。 1次試験に合格しなかった若者も胸を張って 道を切り拓くことができますように。

 私も 今日を生きます。私なりに・・・

 今日は日曜日、キリスト教会では聖書に基づいて神様のメッセージが語られます。

 よき日となりますように。

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2008年8月16日 (土)

詩人 茨木のり子 ーその2ー

  昨日に引き続き、茨木のり子さんの詩を紹介させていただきます。

「自分の感受性くらい」  茨木のり子

 ぱさぱさに乾いてゆく心を 
ひとのせいにはするな 
みずから水やりを怠っておいて

 気難しくなってきたのを 
友人のせいにはするな 
しなやかさを失ったのはどちらなのか

 苛立つのを 
 近親のせいにはするな 
 なにもかも下手だったのはわたくし

 初心消えかかるのを 
  暮らしのせいにはするな 
そもそもがひよわな志にすぎなかった

 駄目なことの一切を 
  時代のせいにはするな 
 わずかに光る尊厳の放棄

 自分の感受性くらい 
  自分で守れ 
ばかものよ

◇ 最後の「ばかものよ」は強い響きなので、作者が自分自身に向かってこの詩を書き、自分を激励しているのだ ととるのが、気の休まる解釈です。

 でも、勇気を持って、自分の生き方、心の在り方をこの詩と正面から向き合って振り返るとき、新しい自分を切り拓くことができるかもしれませんね。

 以前、「くれない族」ということばが生まれました。「誰々が何々してくれない」という調子で自分の周囲が何々してくれないと不満ばかり言いつのって、自分は誰かのために何をしているのかという視点が欠如しているか、ひ弱いというか ・・・ そういう人をさしていることばでした。

 聖書はいいます。「自分のしてほしいようにあなたの隣人にもしなさい」

 戦争 ・・・ 多くの人が無念にも自分の望む生き方、したかったことをすることができずにその人生を閉じさせられました。

 その人たちに恥じない生き方を、自分の人生にしっかりと向き合うことで築いていきたいと思います。

 今日もよき日となりますように。

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2008年8月15日 (金)

詩人 茨木のり子 ーその1ー

 来週、中学校の国語科の先生たちにお話しする機会をいただいています。

 せっかくですから、私の個人的な懐旧談に終わらないよう、自分が燃えて、そして先生方とともに燃える時間としたいと準備を進めています。

 当日は、私が出会って「おお、そんな読みをしたのか」と感動させられた生徒のことなどを中心に、国語の力を育て合う魅力ある教室をどのように創り出し続けるかを先生方と一緒に考え、光の見える会にしたいと願っています。

 一方的でなく、双方向、もっと申しますと参会した方々の間で国語教育を正面に据えて深め合えたらいいな ・・・ と思いますが、あまり欲ばると何も出来ないことになるので、よく煮詰めて臨みますね。

 前置きが長くなりましたが、その会で、どなたかに詩を朗読していただきたいと思い、久しぶりに詩集をひもといていましたら、次の詩に出会いました。

 国語の研究会に、詩が朗読される ・・・ これは、なかなかいいではありませんか。

その詩をご紹介して、今日のブログとしたいと思います。

 「汲む」   茨木のり子

      ー Y.Y  に ー

  大人になるというのは

    すれっからしになることだと

  思い込んでいた少女の頃

  立ち居振舞の美しい
 
  発音の正確な

  素敵な女のひとと会いました

  そのひとは私の背のびを見すかしたように

  なにげない話に言いました

  初々しさが大切なの

  人に対しても世の中に対しても

  人を人ともおもわなくなったとき

  堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを

 隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました

  私はどきんとし

 そして深く悟りました

 大人になってもどぎまぎしたっていいんだな

 ぎこちない挨拶 醜く赤くなる

 失語症 なめらかでないしぐさ

 子どもの悪態にさえ傷ついてしまう

 頼りない生牡蠣のような感受性

 それらを鍛える必要は少しもなかったのだな

 年老いても咲きたての薔薇 柔らかく

 外に向かってひらかれるのこそ難しい

 あらゆる仕事

 すべてのいい仕事の核には

 揮える弱いアンテナが隠されている きっと・・・・

 わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました

たちかえり

今もときどきその意味を

ひっそり汲むことがあるのです

◇ いかがでしょうか。明日、もう一つ同じ詩人の詩を紹介させていただきます。私の精神的な贅肉をふるわせるような、鋭くも厳しい詩なのですけれど。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年8月14日 (木)

『モーツアルトの声を聞いた夜』

 『モーツアルトの声を聞いた日 Age30,ツェルニー30番、アメリカ音大の歩き方』(片岡ユミコ著 三樹書房発行 2004年6月10日 初版第一刷発行)0004

 著者の片桐ユミコさんは、愛知県生まれの方。題名にあるように、30歳間近でアメリカの音大・・・ニューヨーク洲立大フレドニア校に留学し、応用音楽を専攻し、学位をとるまでのいろいろな体験が飾りなく読みやすく綴られています。

 この大学の卒業生の一人ロベルタ・ガスパリさんは、ニューヨークのイースト・ハーレムにある小学校に臨時音楽教師として雇われ、50挺のバイオリンを持ち込み、熱心に課外授業でバイオリンを教えました。10年続けてそのバイオリン教室が軌道に乗ったころ、教育予算削減のため、バイオリン教室の存続が難しくなります。ロベルタは、運営資金を捻出するため、コンサートを企画し、その志と熱意に多くの一流音楽家たちも賛同して出演してくれます。コンサートの会場は、あのカーネギー・ホール・・・

 この感動的な実話は、メリル・ストリープ主演で映画化されました。ご覧になった方もおありかと思います。『ミュージック・オブ・ザ・ハート』がそれです。

 片桐ユミコさんが在学中に、上の実話のカーネギー・ホールでのコンサートに多大な貢献をしたバイオリニストのアイザック・スターンに感謝して博士号を贈るセレモニーが行われ、そのときのことも上記の本には書かれています。

 すばらしい先生、仲間、ピアノとの出会いが書かれており、よい本だと思いました。

 書名になっている「モーツアルトの声を聞いた夜」の章には、特別なホールにあるスタインウエイに夜遅く向かってモーツアルトのピアノソナタ(ハ短調K.・457)を練習していたときの体験が紹介されています。自分だけが居るそのホールで、そのソナタの2楽章を練習していると、ピアノに合わせて歌うような声でこう尋ねられたのだそうです。

「この曲が好き? ねぇ、この曲が好き?」「ぼくの作ったこの曲が好き?」

 最初は空耳かと思ったそうですが、そうではなく、声が確かに聞こえたとのことです。 「ぼくの作ったこの曲が好き?」 そう問いかけることができるのは ・・・ そうです。モーツアルト以外にはいないではありませんか。

 なんとすてきな体験でしょう。 そのとき、ホールは深遠な宇宙の中に浮かぶ銀河系のような空間になったように思えたそうです。

 さて、この本を読んで、学生時代 ・・・40年ほど前に読んだジャーク・ティボーという名バイオリニストの本に書かれていたエピソードを思い出しました。今も、ロン・ティボーコンクールという大きなコンクールにその名を残しているバイオリニストの自伝です。

 幼いティボーがバイオリンを練習していると、誰かが窓からのぞいているような気がしたそうです。ティボーは、その人物がモーツアルトだと感じました。それからはバイオリンを弾いていると、いつもモーツアルトが窓から自分を見守っているようになったそうです。

 ティボーが、あるときバイオリンの先生にそのことを話すと、先生はこうおっしゃったそうです。

「それは、すばらしい。いい話を聞かせてくれたね。・・・お礼に私からもひと言プレゼントしよう。窓の外にモーツアルトが見えなくなったとき、そのとき初めて彼は君の中にいるんだよ」

 なんてすばらしい会話なのでしょう。

 えっ、私がピアノを練習していて誰かの姿を見たり、声を聞いたことがあるかって ・・・ もう ・・・ 私がどの程度の器であるかは、先刻ご承知ではありませんか。

 あっ、でも、そういえば ・・・ 先日、ショパンの「雨だれ」をつっかえつっかえ練習していると、急ぎ足で遠ざかっていく人物がいたような気がします。

 何やら、ポーランド風の衣服を着ていたような ・・・ おお。お待ちくださ~い ショパン殿~ 

 失礼いたしました。せっかくの前半のすてきな内容が台無しになってしまう展開で ・・・ えっ、慣れているから後半は読み飛ばすことにしているから大丈夫だとおっしゃいますか。 ありがとうございます。(嬉しいような 悲しいような ・・・)

 ともかく、今日もよい日となりますように。

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2008年8月13日 (水)

たこ揚げ

 たこ揚げは、正月限定ではなくなっているのですね。

 いえ、タコの天麩羅ではなくて、英語で「カイト」と呼ぶ凧のことです。

 先日、ディズニー映画の「アラジン」に空飛ぶじゅうたんへと姫君をいざなうアラジンの「ぼくを信じろ」というひと言が気に入っていることにふれました。

 そしたら、先ほど、凧を地上に広げてそれに乗っかっている孫娘の写真を目にすることになりました。いえ、本当は空飛ぶじゅうたんとの因果関係はないのでしょうけれど、奇遇と呼んでもいいような巡り合わせに思え、心が弾んでしまいました。

 たこ揚げの上手な嫁が孫娘に凧のあげ方を伝授しようとしたのだそうです。そしたら凧を持たせて「手を上げて 走って」というと、孫娘はタタタタターッと走るのだそうです。惜しいことに、凧につながっている糸をもたないほうの手を挙げて ・・・・・

 やがて、揚げられるようになった凧が空を舞うのがうらやましくなったのでしょう。 地上に凧を広げて、その上に乗っかって、「私も空を飛びたいの  あがってー 」 と凧に話しかけている様子が写真となったのです。

Photo  この写真を撮ったり、動作を見たりしている嫁と息子が「ああ、ほんとに凧が気をきかせて飛んでくれたら」と思っているらしい気配が伝わってきます。

 祖父である私は・・・おもむろに魔法の杖を取り出して、言いたい気持ちです。「きっと飛べるよ」 「ぼくを信じろ」 と。

 うう、でも、いくらあまい祖父でも、それは言えません。でも。ああ、言いたいなあ、「ぼくを信じろ」

 ディズニーの世界では、象のダンボも、そしてピーターパンに誘われてウエンディたちも空を飛ぶではありませんか。

 空を飛んで、東北の孫娘たちに会いに行きたくなりました。魔女の宅急便を届けるか、トトロの猫バスに乗せてもらうか ・・・ メリーポピンズの映画のように、実写とアニメが混在しかけている夏の夜の夢状態のブログとなりました。  失礼を致しました。

 お話し変わりまして ・・・ 凧のことを「いか」とか「いかのぼり」という地域があるそうなのですね。長い足がついていることから、たことかいかを連想するのでしょうか。

 今日もよい日となりますように。

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2008年8月12日 (火)

「がんばれの日」

 8月11日は「がんばれの日」だと友人に教わりました。

「前畑 がんばれ 前畑 がんばれ  がんばれ  がんばれ  勝った 勝った 勝った 勝った 前畑 勝った」 ・・・ オリンピックの競泳でラジオの実況放送から流れた前畑選手が金メダルを獲得したときのこの放送を覚えている方も多いと思います。

 その日が、8月11日だったとのことです。

 まさに、その同じ日に北島康介選手が、100メートル平泳ぎで、見事、金メダル ・・・ インタビューで声をしばし詰まらせる姿が印象的でした。

 10日の予選の時から1秒近く早い記録、世界新記録で、アテネに続いての金メダル ・・・すごいですね。

 決勝直前のコーチの一言は 「勇気を出してゆっくり」 ・・・これは、「がんばれ」と日本で言うとき、「リラックス」と声をかける欧米風かと思ったら、そうではなかったようで、そのことをある民放で解説していました。

 昨日は、最初の50メートルを19ストロークで泳いで、後半に疲れが来た。200メートルでの泳ぎを100メートルに採り入れ、少ないストロークで前半行こう ・・・ そういう練習をしてきたけれど予選では力んでしまったから、「勇気を出してゆっくり行こう」というアドバイスになった ・・・ 決勝では、最初の50メートルを16ストローク ・・・それで折り返したとき、コーチは優勝を確信したそうです。

 そのコーチも、北島選手を讃えていました。考え方はそうだけれど、昨日の予選で出来なかったことを、決勝という本番で、完璧にやってのけるとは・・・彼だからできたのです」と。

 ライバルが記録を伸ばし、自らの壁はなかなか破れない、けれどオリンピックの連覇の期待は高く、プレッシャーは強まるばかり、スピードが出るという水着の性能はどうなのだろう・・・などなど ・・・ 苦しさに向き合い、乗り越えてオリンピックの連覇を達成した感慨は、計り知れないものがあるのでしょうね。

 声援する人たちも、自分の人生に向き合って、毎日をひたむきに歩んでいるのだと思います。

 生きている 一日一日(ひとひ ひとひ)が 晴れ舞台 

 相変わらず、季語が入らず 川柳でもなく 季語なし五七五になってしまう私です。

 りきみをとり、肩の力を抜いて、今日という日を大切に歩んでまいりましょう。

 よい日となりますように。

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2008年8月11日 (月)

映画「椿姫」

 DVDで「椿姫」を見ました。確か、原作者は小デュマ・・・ダルタニヤンの活躍する「三銃士」を書いたデュマの息子でしたね。

 臨終の床にあるマルグリット(グレタ・ガルボ)のもとに訪れたアルマン ・・・ 彼を待たせておいて忠実な召使いナニーヌは、マルグリットに告げます。

「He is here now !!」 ・・・ ぱっとマルグリットに生気がよみがえりました。

 この一言が印象に残りました。ヴェルディの歌劇にもなった名作のあらすじを書くのはやめて、他の映画での印象に残った一言

 ディズニー映画「アラジン」で、空飛ぶ絨毯に乗ったアラジンが姫君に手を差し出して彼女にも絨毯に乗るように呼びかけます。そのときの一言 ・・・ 「ぼくを信じろ」

 実際の人生では、そうそうすてきな一言は生まれないかもしれませんね。でも、生まれたときには、「事実は小説よりも奇なり」というのは少しニュアンスが違うかもしれませんけれど・・・「歴史の必然」も後押しして、すばらしい一言として末永く語り伝えられ、多くの人を鼓舞するものとなるのではないでしょうか。

 日常の生活の中で心を通わし、心と心を結ぶことばは歴史には残らないかもしれませんが、歴史に残ることば以上に重要かもしれません。

 考えてみますと語られた一言よりも、語られずに終わった一言 ・・・  そのことばを待ち望んでいた相手に届かなかった一言のほうが圧倒的に数が多いのかも知れません。

 発せられなかったことばを抱えて歩む人と、発してしまったことばを取り返せずに後悔して歩む人と ・・・ どちらが多いのでしょう。これは、数量の世界の対象ではなく、文学やそのほかの芸術の範疇に属することでしょうね。

 うーん、名画に心を動かされて、自分では簡単に抜けられない世界に思いを馳せてしまいました。 いつもながら、まとまらない文をお読みいただき、ありがとうございます。

 今日も、よき一日となりますように。

 

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2008年8月10日 (日)

オリンピック

 私はそれほどテレビにかじりついている訳ではないつもりですが、重量挙げの三宅選手があと一瞬でブザーが鳴るところで、失敗の場面とか、柔道の谷選手が、なぜ、谷選手だけが反則のポイントをとられるのかと私には見える準決勝の試合とかを見てしまいました。

  セリーグのチームに大量の点差で負けたオールジャパンの星野監督は、満場のフアンの前で「オリンピックでは、今日のようにぶざまな試合は、決してしません」 ・・・並んでいたオールジャパンの選手たちへの厳しいカツ ・・・ 胸の内は煮えくりかえっていたことでしょう。

 スポーツって、ストレスを解消するのがいいところだと思うのですが、なかな難しいものですね。

 でも、谷選手のコメントは、さすがだと思いました。誰をも非難することなく、さわやかです。

 オリンピックで三回連続の金メダルはなりませんでしたが、銅メダル ・・・ 立派だと思います。

 私は、恣意的にスポーツ観戦しているだけですが、実際にスポーツに取り組んでいる選手たちには、スポーツすること自体が人生なのです。

 長く苦しい練習を積み重ねて晴れ舞台に立ってプレーする選手たちのそのひたむきな姿 ・・・ それを観ることで、その真剣さをどれだけかでも私も受け取って自分の人生に向かう力としたいと思います。

 尊敬する方が、次の歌を教えてくださいました。

桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命(いのち)をかけて我が眺めたり  岡本かの子

  今日は、日曜日 ・・・ 一つ一つのキリスト教会に於いて神様とイエス・キリストの愛を信じ、人生をかけて語って下さる牧師先生の取り次いでくださる聖書に基づくメッセージが語られます。 ぜひ、お出かけください。

 よき日となりますように。

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2008年8月 8日 (金)

恵みの雨

0003 0004 0005                   8月5日の夕方から雷鳴がとどろいていたので、その日の夕方は、菜園や花のための水まきをしませんでした。(見込みは薄かったので、さぼったといってもよいかも・・・)

 ところが、(というか、やはりというか)いつまで待っても、雨が降ってきませんでした。雷の音だけで終わってしまうのは、紙切れがあってもお金に換えることができない空手形ではないかと、野菜たちにすまなく思っていますと、夜の11時ころに突然サーッと雨音がし始めました。

 待望の雨は、それほど長く続きませんでしたが、それでも、野菜、草花、そして私たちも一息つくことができました。  写真は、収穫間近なミニトマト、熟す前のミニトマト、そして青じそです。シシトウも昨年に続いて頑張ってくれています。

 私たちの人生にも、心がひび割れるような乾燥の時期が訪れますが、でも、きっとオアシスに到着できたり、恵みの雨が降り注いだりするときがきっとやってきます。

 暑さだけでなく、それゆえに味わえる一息つけるとき、そしてやがて来る涼しい秋、実りの秋を楽しみに歩んでまいりましょう。  今日もよい日となりますように。 

  ※ 8月8日は、夜7時台から激しい雷 ・・・ かなり、この雷が近く、そして10時ころになっても、遠ざかったとは言え、雷鳴が続いていました。

 雨もたくさん降りました。北京オリンピックの開会式を見るか、雷が治まるまで、テレビを切るかはなかなか決断を要することでした。

 遅くから見始め、夜中の1時過ぎまで見てしまいました。204カ国の中には、「そんな国があるのですか、知らずにごめんなさい」と申し訳なく思う国がいくつもありました。

 ほんとうに、健全な肉体に健全な魂が宿って、ドーピングもなく、培ってきた実力を発揮し合えますように。 

 そして、この期間だけでない、本当の平和が世界にもたらされますように。

 今日も、よい日となりますように。

  

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2008年8月 7日 (木)

音楽療法の講座 その13

音楽療法の講座 その13

 音楽療法における「倫理」について、その大切さ、必要性を学びました。2時間では、言い尽くせないので、この講義を学びのきっかけとして今後深めてほしいとのことでした。

 外から規制されるのではなく、人の内部に確立される自律的なもの、問題に対して解答を述べるためでなく、自分自身の行動について、継続的に疑問を投げかけることができるかどうかが真の倫理の命題である ・・・ 幅広く手ほどきしていただいた中から私としてはそのように受け止めました。

 音楽療法士になった場合にもインフォームドコンセントは大事なのだとのことでした。そのことに関して、私が思い浮かべたことを書かせていただきます。

 行列の出来るラーメン店などという番組を見たことがあります。その中に、長い時間待って、ようやくラーメンを食べることができるお客がとても静かに味わっている店がありました。なぜかというと、何かしゃべると、店主さんに「黙って食え」と叱られるからなのだそうです。

 職人気質のご主人の気構えには敬意を表しますが、店主とお客の関係ってそういうものだろうかとも思いました。ラーメンならば、他の店に行くことも出来ますが、訪問してくれる音楽療法士を取り替えることは現実には難しいと思います。

 ですから、音楽療法士には出来るだけいろいろな人の状況にあったメニューを提供できる力量とレパートリーの広さ、謙虚な心構えが求められると思います。

 相手の方を自分と同じ重さで大切にする ・・・ そのことがどれだけ実行できるかは、音楽療法だけでなく、いろいろなところでゆるがせに出来ないことだと改めて思いました。

聖書の言葉  マタイによる福音書 7章 12節

人からしてほしいと思うことを、そのとおり、人にもしてあげなさい。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年8月 6日 (水)

争いに終止符を打つ

 8月6日 ・・・ 広島に原子爆弾が、 そして8月9日には長崎に原子爆弾が落とされました。

 二度と、誰もこんな悲惨なめに合うことのないように ・・・ 「ノーモア ヒロシマ・ナガサキ」には憎しみを越えた強い願い、祈りが込められています。

 単純に比較は出来ないのですが、「リメンバー パールハーバー」(真珠湾を忘れるな)ということばを生んだ12月8日の開戦

 戦争が終結して 「ノーモア ヒロシマ・ナガサキ」

 この8月6日、静かに平和への思いを深めたく思います。

聖書のことば  マタイによる福音書 5章 9節

平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。

 リビングバイブルというわかりやすさを大切にした聖書では、同じ箇所が次のように訳されています。  

平和をつくり出そうとしている人は幸福です。 そういう人は神の子供と呼ばれるからです。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年8月 5日 (火)

松尾芭蕉と鵜飼

 金華山と長良川という取り合わせは、岐阜市が全国に胸を張ってよい景観だと思います。

 人口四十万の都市を流れる川が、鮎がはねるほど水がきれいで、その川に斎藤道三、織田信長、木下籐吉郎など歴史上の人物に関わりのある岐阜城が建てられていた金華山が姿を映しているのですから。

 そういう舞台で、宮内庁式部職に任じられている鵜匠たちが巧みに鵜を操り鵜飼を披露するのです。それを照らすかがり火のあでやかなこと。

 さて、以下は『芭蕉と岐阜・大垣』(大野国士著・まつお出版。1993年7月1日第1刷発行)を参照させていただきました。

 俳人、松尾芭蕉は、貞享5年(1686年)6月に岐阜を訪れ、鵜飼を鑑賞し、次の俳句を詠みました。

 おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな

 この句は、謡曲「鵜飼」を踏まえているのだそうです。

 謡曲「鵜飼」

 甲斐の石和(いさわ)川で、そこが殺生禁断の場所とも知らずに鵜使いをして殺されてしまった老人の亡霊が、行脚の僧に罪障懺悔(ざいしょうざんげ)のために鵜を使った漁をみせてくれるというのであるが、鵜が魚を獲る様子のおもしろさと、やがて、月が出たために悲しくも冥土へ帰って行かねばならない哀愁とが対比されている。

 ◇ なにか、サラリーマンが、給料袋を手にして喜び、けれど、それもつかの間で、鵜が鵜匠に鮎をはき出させられてしまうのと似た身の上 ・・・ というような思いをこの俳句と重ね合わせることがありがちですが、芭蕉は謡曲のことを下地にしてもっと深い境地を詠んでいたことを知り、さすが、と今さらのように思いました。

 最初に書いたすばらしい景観を生かして、花火大会が催されたので、改めてブログで鵜飼のことを書かせていただきました。チャップリンも3回でしたか、鵜飼を見に来たそうです。よほど気にいったのではないでしょうか。

 今日も、よい日となりますように。

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2008年8月 4日 (月)

指揮者カラヤン

 長年ベルリンフィルなどを指揮したカラヤン ・・・ 今年はそのカラヤンの生誕百年にあたっているのだと、先週の日曜日の朝のテレビ「題名のない音楽会」を見て知りました。(日曜日の朝は、忘れなければ録画の予約をしておいて教会に出かけます。)

 その番組によりますと、最初はピアニストを目指していたカラヤンは、大学生の頃から指揮者になろうと考え始めたようです。

 とにかく、大成功し、ヨット、高級自動車、そして何と自家用のジェット機も買って、またまた、なんとそのジェット機を自分で運転、いえ操縦していたそうです。

 ベルリンフィルと協演する予定だった歌手が病気などで他の人と余儀なく交替することになったときには、カラヤンの車やジェット機が役に立ったとか。

 目をつむって指揮をする時期のあったカラヤンは、そのために指揮台から落っこちて救急車で病院に運ばれたこともあったそうで、それからは目を開けて指揮をするようになったとか。 指揮台の後ろに指揮者が落下しないように柵が設けられるのが広まったのはカラヤンのこの事故がきっかけなのかもしれませんね。

 さて、この番組を見ていた方には、上記のことはもうお分かりですので、私が思い出した別の話を付け加えさせていただきます。

 CDの録音時間は、75分前後が標準になっていますが、この数字を決めたのは、カラヤンだそうです。

 それまで一般的だったアナログレコードに代わって音楽を録音してCDを売り出すために、何分ほど記録できるようにするのがよいかを技術者たちは指揮者として大きな業績を上げていたカラヤンに質問して、彼のいったことに基づいて決めたのだそうです。75分・・・カラヤンの判断の根拠となったのは、第九 ・・・そうです、ベートーヴェンの交響曲第9番が収録できる長さを、ということでCDの容量は決まったのだそうです。

 当時の音楽界でのカラヤンの占める位置の大きさが偲ばれるエピソードですね。

 学生時代、オーケストラの練習が終わって、近くの喫茶店に急ぎ足で何人もで駆けつけてテレビを見たことがあります。テレビには、来日したカラヤンと彼が率いるベルリンフィルの演奏が映っていました。懐かしい思い出です。

 カラヤンを帝王と呼んだ人たちがいます。でも、特に芸術の世界において、特定の個人が君臨するというのは、あってよいこととは思えません。カラヤン自身がそう呼ばれたかったかどうかは分かりませんのでこのことについて断定的な判断をくだすことはいたしませんけれど。

 カラヤンは、900のレコードアルバムを吹き込み、合計1億枚が世に出たとのことです。それを鑑賞して一人一人が借り物でなく、自分自身の感慨をもつ ・・・それでいいのではないかと、そんなことを思いました。

 今日もよい日となりますように。

 

 

 

 

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2008年8月 3日 (日)

声の現場

 昨日の本、『声の力』に詩人の谷川俊太郎さんが語った「声の現場」という章があります。その中に「マスメディアの語りへの影響という項目があります。今回は、それを引用させていただきます。

      ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○   □   ◇

 教室での授業を見ていても、先生の語りなんかには、すごくマスメディアの影響が強いと思うんです。ほんとうは、先生というのは一人一人の生徒に自分の肉声で語りかけなきゃいけない。そのつもりでいなきゃいけないんだけれど、アナウンサー的な決まり文句で語りかけをしている先生がときどきいるんです。

 そうやってマスメディアの影響を受けてしまうということは、一方で、人間として声を通しての対話の基本を学ぶ場が少なくなっていることも理由になってるのは確かでしょう。

 ほんとうは家庭の中で父親とか母親との対話を通して学ぶんだろうけど、父親、母親がすごく忙しいからめったに語り合うということはなくて、一方的に命令されたり叱られたりということが、きっと多いんだと思うんですね。

 大家族から核家族に移ってきたということも問題でしょう。はるかに年長のおじいさんおばあさんとか、親戚の子どもたちというふうにいろんな語りの変化みたいなことがなくて、親だけみたいになっていると子どももきついんじゃないかな。先生がそこで代わりをしてくれればいいんだけど、先生も忙しいから、なかなか子どもと一対一でじっくり話すことはできないと思うんです。だから、結局カウンセラーに、ということになっちゃう。カウンセラーがやっと話し相手になってくれるみたいなね。

      ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○   □   ◇

 特定の誰かを非難している内容、論調ではないのですが、それだけに胸にこたえるところがあります。

 最近起きている事件の中に、、対話が成立していない親子関係、教師と生徒の関係、職場での人間関係という要素が多くあるように思えてなりませんし。

 声の復権 ・・・ 肉声の声で顔を合わせて語り合う声の復権 ・・・時間をかけて考えてみたいと思います。

 谷川俊太郎さんは、ピアニストの息子さんと、歌うことも含めて活動を展開しておられるようですね。

 今日は、日曜日 ・・・ キリスト教会で、牧師さんの肉声を通して語られる聖書に基づくメッセージを聴いていただければ嬉しく思います。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2008年8月 2日 (土)

息から始まる声の表情

 『声の力』(岩波書店 2002年4月22日 第1刷発行)という本に今日の見出しのことばの章があります。著者は、河合隼雄、阪田寛夫、谷川俊太郎、池田直樹の四人で、それぞれが書いた章と四人で対談していている章から構成されています。

 以下は、四人の対談の中で声楽家の池田直樹さんが語っておられた内容で、私が特にに惹かれたところです。

  ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○    □    ◇

 1980年から1年間、文化庁の派遣でミュンヘンで勉強させていただいたことがありました。そのときにハンス・ホッターという世界的なバス歌手に1年間ついたんです。ハンス・ホッターの演奏そのものが好きで、彼のところへ行ったのですが、レッスンを受けてみると、とにかく四小節も歌わせてくれない。怒るんです。ワーグナーの「マイスタージンガー」の中にある「なんとニワトコの花の香りが甘く漂っていることか」というアリアを歌っていたときのことですが、私が歌うと、ふた言、み言でもう怒るわけです。まにがいけないの、どこが?ちゃんと楽譜どおり歌ってるじゃない、と思うんですが、もう一回、もう一回と言って、ちっともなちがいけないか教えてくれないんです。

 ほんとに困っていたら歌って聴かせてくれました。そのとき、ホッターが歌ったのを聴いて感動したんじゃなくて、歌う前に息を吸ったのを見て感動したんです。歌を歌う前のその瞬間、ほんとにホッターがニワトコの花の香りを嗅いだように見えたんです。

 ホッターはそれをそうとは説明してくれなかったんですよ。歌う前に白い息を吸わない。つまり怒る歌を歌うときには必ずその前に怒る息が入って歌い出す。笑うときには笑う息が入って歌い出す。悲しいときには悲しい息が入って、その悲しい歌が始まる。白い息が入って、声が出た瞬間から表情が始まるのではないというのを知ったのは、ホッターのそのレッスンのときです。それはもうほんとに衝撃的でした。

    ◇   □   ○   ☆   ※   ☆   ○    □    ◇

 以前に、「春の海」をヴァイオリンとピアノで演奏されるときに、ピアニストが弾き始める前に瞑想され、その瞬間、譜めくりの役目でそばにいた私は、確かに波の音が聴こえたという経験をしました。

 秀でた演奏家の場合には、音だけでなく、香りについてもそうした深いイメージの世界が事前にその魂の世界に描かれるのですね。すごいことだと頭がさがる思いがいたします。もっとも、そういう奥の深い世界だからこそ、取り組み続ける値打ちもあるのですけれど。

 今日も、よい日となりますように。

 

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2008年8月 1日 (金)

田所康雄さんの俳句

 田所康雄さんと聞いても、はて、誰だっけとほとんどの方は思われることでしょう。私もその一人でした。でも、この方の俳号が「風天」だとご紹介したら、「風天」・・・フーテン・・・ おお、ひょっとしたら「男はつらいよ」の寅さんのことか、と連想してくださるかと思います。

 そうなのです。フーテンの寅さんを演じた渥美清さんの本名が田所康雄さんなのだそうです。

 私生活を親しい方にもほとんど明かさなかった渥美清さん ・・・ その渥美さんが俳句に親しんでいたことを知る方も最近までごく限られていたとのことです。

 私が上記のことを知ったのは、今手元にある本『風天 渥美清の歌』(森英介著 大空出版 2008年7月10日 初版第一刷 発行)によってです。

 この本によりますと、朝日新聞社の週刊誌「アエラ」に縁のある人たちで構成された句会に熱心に参加し、十回で45句を残したとのこと。

 著者の森さんが熱心に俳人渥美清の作品や足取りを尋ね、「話の特集」というミニコミ誌(1965年から1995年まで続いた雑誌)の編集者などで作られた「話の特集句会」に渥美清さんが参加していたことが分かり、135句が新たに明らかになったそうです。

 ここにいたるまでに、「こもろ寅さん会館」や渥美さんの母校を訪ねるなどしておられる著者の熱心さとご苦労が偲ばれます。

 この「話の特集句会」の歴代のメンバーは、のべ60人くらいのようですが、現在も月に一回、句会を開いておられるそうです。

 少しだけ、渥美さん以外のメンバーとそれぞれの俳号を

 ・・・敬称は略させていただきます。お許しください

 岩城宏之(蕪李 ぶり)・吉永小百合(鬼百合 きゆうり)・冨士眞奈美(衾去 きんきょ)・岸田今日子(眠女 みんじょ)・吉行和子(窓烏 まどがらす)・中山千夏(線香 せんこう)・黒柳徹子(楼蘭 ろうらん)・下重暁子(郭公 かっこう)・山本直純(笑髭 しょうひ)・中村八大(大八 だいはち)・永六輔(六丁目) などなど

 永六輔さんが渥美さんをこの会に誘ったそうです。

 さて、かんじんの渥美さんの俳句を少し紹介させていただきますね。

 お遍路が一列に行く虹の中

 2002年発行の『カラー版新日本歳時記』講談社発行 全5巻の春の巻に掲載

 ほかに

 はだにふれとくしたような勝力士

 背のびして大声上げて虹を呼ぶ 

    ・・・宮崎県日南市のロケ地 油津(堀川運河)に句碑

 餅を焼くしょうゆの匂いひと恋し  

            信州の方へのはがきでの挨拶の句

 好きだからつよくぶつけた雪合戦

 花冷えや我が内と外に君の居て

 などです。 風天さんの俳句、どうしてもどこかで寅さんとつながってイメージをしてしまう私です。

 今日もよい日となりますように。

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