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2008年8月 4日 (月)

指揮者カラヤン

 長年ベルリンフィルなどを指揮したカラヤン ・・・ 今年はそのカラヤンの生誕百年にあたっているのだと、先週の日曜日の朝のテレビ「題名のない音楽会」を見て知りました。(日曜日の朝は、忘れなければ録画の予約をしておいて教会に出かけます。)

 その番組によりますと、最初はピアニストを目指していたカラヤンは、大学生の頃から指揮者になろうと考え始めたようです。

 とにかく、大成功し、ヨット、高級自動車、そして何と自家用のジェット機も買って、またまた、なんとそのジェット機を自分で運転、いえ操縦していたそうです。

 ベルリンフィルと協演する予定だった歌手が病気などで他の人と余儀なく交替することになったときには、カラヤンの車やジェット機が役に立ったとか。

 目をつむって指揮をする時期のあったカラヤンは、そのために指揮台から落っこちて救急車で病院に運ばれたこともあったそうで、それからは目を開けて指揮をするようになったとか。 指揮台の後ろに指揮者が落下しないように柵が設けられるのが広まったのはカラヤンのこの事故がきっかけなのかもしれませんね。

 さて、この番組を見ていた方には、上記のことはもうお分かりですので、私が思い出した別の話を付け加えさせていただきます。

 CDの録音時間は、75分前後が標準になっていますが、この数字を決めたのは、カラヤンだそうです。

 それまで一般的だったアナログレコードに代わって音楽を録音してCDを売り出すために、何分ほど記録できるようにするのがよいかを技術者たちは指揮者として大きな業績を上げていたカラヤンに質問して、彼のいったことに基づいて決めたのだそうです。75分・・・カラヤンの判断の根拠となったのは、第九 ・・・そうです、ベートーヴェンの交響曲第9番が収録できる長さを、ということでCDの容量は決まったのだそうです。

 当時の音楽界でのカラヤンの占める位置の大きさが偲ばれるエピソードですね。

 学生時代、オーケストラの練習が終わって、近くの喫茶店に急ぎ足で何人もで駆けつけてテレビを見たことがあります。テレビには、来日したカラヤンと彼が率いるベルリンフィルの演奏が映っていました。懐かしい思い出です。

 カラヤンを帝王と呼んだ人たちがいます。でも、特に芸術の世界において、特定の個人が君臨するというのは、あってよいこととは思えません。カラヤン自身がそう呼ばれたかったかどうかは分かりませんのでこのことについて断定的な判断をくだすことはいたしませんけれど。

 カラヤンは、900のレコードアルバムを吹き込み、合計1億枚が世に出たとのことです。それを鑑賞して一人一人が借り物でなく、自分自身の感慨をもつ ・・・それでいいのではないかと、そんなことを思いました。

 今日もよい日となりますように。

 

 

 

 

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