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2008年9月14日 (日)

動物の気持ち

 聖書を少しずつひもとくメッセージをメールマガジンで送り続けてくださる牧師さんたちがいます。

 今日は日曜日でもありますので、その一つ、関根一夫という牧師さんの「箴言」からのメッセージをご紹介します。この牧師さんは、ホームページもおもちです。作曲もなさって、幅広い活動を続けておられます。

 よき日曜日となりますように。

【癒す言葉:箴言 12章10節】
神に従う人は家畜の求めるものすら知っている。神に逆らう者は同情
すら残酷だ。
+++
 ペットは日本語では愛玩動物と言われていますので、ほとんどおもちゃのような取り扱われ方をしていますが、それでも「彼らの求め」よりも飼い主の思惑ばかりが優先していることがあるようです。

 「神に従う人は家畜の求めるものすら知っている」とは、思いやりが人々に対するばかりでなく、家畜にまで及ぶ人たちがいることを教えています。当時のことですから、犬や猫のことというより牛や馬のことだったと思いますが、自分たちの生活の延長線上に家畜のいのちと生活環境への配慮を持っていたのです。

 最近、ペットを捨てる人たちが増えていると言われています。いろいろな事情があるのでしょうが、出来ることなら、死ぬまでケアして欲しいものです。
 私のところにいる犬はビーグル犬ですが、前の飼い主に捨てられ、処分される2日前に救出されて、私たちのところに身請けされました。 来たばかりの頃の怯え方、人への不信感、食べ物への執着、落ち着きのなさは、自分の求めがことごとく拒否されてきたことで身についてしまった犬のそれだったように思います。2年半経って、ずいぶん穏やかで、人なつっこい、どこにでも安心して寝そべる犬になりました。

 犬も猫も馬も牛もしゃべりませんから、何を求めているのか、その表情や仕草を日常的に確認しながら考え出さなければなりません。
それには忍耐とか思いやりとか、寛容さが必要です。

 先日、ある小学校で4年生全体100名以上の子供たちにお話をする機会がありました。そこで私は質問しました。「あなたが自分の家のペットになったつもりで考えてみてください。病気になったり、おじいさんやおばあさんになったとしたら、家の飼い主にどのように取り扱われたいですか?」「もう役に立たないから捨ててしまおうって言われたいですか? 」「この犬は長く飼っていたけれど、病気になったからエサもあげずに、早く殺してしまおうって言われたいですか?」

 小学4年生の子供たちは、「せっかくかわいがっていたペットなのだから、最後まで大切にして欲しい」「捨てられたり殺されたりするのはいやです」と答えてくれました。
  まだまだ希望があると感じました。祝福がありますように。 

 牧師  関根一夫

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